第24話 ドッペルゲンガーの威光
「あなたの娘さんはどんな人ですか?」
「俺の娘には勿体ないくらい優しい子だよ。いつも笑顔で周りに気をかけていた……。娘には辛い思いをさせてる……。」
ヴェルグ死刑囚はうなだれて、その場にしゃがみ込んだ。
「私は……彼女が利用されているのだと思います。」
僕の意見にヴェルグ死刑囚が檻の側に近づいた。
思わず看守が身構えた。
僕も平然とした態度を取りながらいつでも飛び退けるように左手を床に付けていた。
「まず、ソーマ・コルラシアさんは『山賊』と言っていました。」
ヴェルグ死刑囚は檻に手をかけたまま僕の話を聞いている。
「あなたの娘さんが坑道内部から反旗を翻した場合、坑道作業員の仕業とかクーデターが起きたと報告されるはずです。」
僕はさらに続ける。
「あなたの娘さんが犯人だった場合、『山賊』という外部の人間と娘さんが連絡を取り合ったということになります。坑道作業員の娘さんなら坑道内の通路や監視体制には詳しいはずですからね。」
「俺の娘を疑っているのか!」
ヴェルグ死刑囚は檻を揺らした。
僕は静かに首を横に振った。
「『山賊』はあなたを解放しなければ、作業員もろとも坑道を爆発させると言っています。あなたの娘さんが共に働いてきた仲間を巻き添えにすると思いますか?」
「俺の娘はそんなことは絶対にしない!」
「65番!暴れるんじゃない!」
看守が暴れる死刑囚から身を守るように僕の前に飛び出した。
ヴェルグ死刑囚がうなり声を上げている。
「二つの場合があると思います。一つは娘さんが自暴自棄になっている場合で、もう一つは娘さんが山賊の要求内容を知らない、あるいは知らされていない場合です。私はあなたの娘さんが山賊の要求内容を知らないのだと思っています。」
僕の前に立つ看守を後ろに下がらせて、僕はヴェルグ死刑囚の前に歩み寄る。
「なるほど。だが、その証拠はあるのか?」
「ありません。私のヤマ勘です。」
ヴェルグ死刑囚が崩れ落ちる。
「勘かよ……。適当なこと抜かしてんじゃねーよ……。」
「強いて言うなら、賢者エレナ・アレストラの勘。」
最強の切り札を出すならここしかない……。
「アタシの勘で王国の危機を幾度となく救ってきた。間違いないよ。」
いや、実際はどうか知らないんですけどね……。
僕が隠し持つ賢者の威光にヴェルグ死刑囚は目を丸くしていた。
「賢者様の噂は聞いたことはあったが、本物に会えるとはな……」
偽物の僕を賢者だと信じ込んでいるようだ……。後は本題に入るだけだ。
たたみかけるなら今しかない!
「あなたの娘さんがいる坑道に立てこもっている人たちに言っておくことはありますか?」
本物の賢者エレナであれば、得意の土魔法ですぐに片をつけるだろう。
だが、偽物の僕にそんなことはできない。
僕がほしいのは説得のための材料だ。
現地に派遣されている王国騎士団が手を焼いている相手だ。王国からの支援が望めない今、無理に兵士達を坑道に突撃させれば全員がれきの下に埋まるのは免れない。
ならば、相手に降伏してもらうしかない。
自爆覚悟の相手が犯行を諦めて坑道を明け渡すには説得するしか方法は残されていない。
犯人の可能性があるヴェルグ死刑囚の娘とその実行犯のどちらかを説得する材料がほしい。
「実行犯の奴らには言っておいてくれ……」
ヴェルグ死刑囚は口を開いた。
「どこの誰かは知らないが、そんなことをしても世界は変わらないって……。娘には……」
ヴェルグ死刑囚と僕の視線が合った。その目は父親の慈愛に満ちていた。
「俺のことは気にするな。そう伝えておいてくれ……」
僕は静かに頷くと、その場から立ち上がった。
「ああ。看守さん。」
僕を退出させようと動いた看守にヴェルグ死刑囚が声をかけた。
「俺から取り上げたロケットペンダントはまだあるか?それを賢者様から娘に渡してくれないか?」
看守はヴェルグ死刑囚をちらりと見ると、僕を外へ送り出し静かに扉を閉めた。