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ドッペルゲンガーの成り代わり  作者: きらりらら
炭鉱籠城事件
23/74

第23話 ドッペルゲンガーの面会

 アルスが呼び寄せた馬車に乗って王城を離れていく。

「あの法務大臣も人を疑うことを知らんな。エレナ様の名前を出した途端にコロッと態度を変えてすぐに面会許可証を出してくるとは……。」

「まぁまぁ、こうして賢者様の要望が即日叶うのだから願ったりではないですか……」

 国務長官の愚痴をジェフはうなずいて聞いていた。

 人を疑うことを知らないなら君も同類だけどね。

 馬車に乗り込んでいるアルス国務長官以外がその思いを共有していた。

 王城がすっかり影だけになり、王都の西側へと馬車は進んでいった。

「しかし、賢者様。お言葉ですが、あの死刑囚はあなたが直接お目にかかるほど価値のある男ではありませんよ。」

「それは私が判断するよ。」

 僕は馬車の窓を覗き込んだ。

 その先に見えたのは黒塗りのブロック塀に囲まれた無機質な建物だった。

 華やかな貴族街を抜けた先に突如として現れた黒塗りされた石壁の建物は異質そのものだ。

 ハイドランド王国収容所。王国騎士団に囚われた犯罪者達が収容されている薄暗い施設だ。




「賢者エレナ様ですね。法務大臣より連絡は受けています。こちらへどうぞ。」

 僕たちを看守が快く出迎えてくれた。

 看守の後をついて行き、窓しかない石壁の廊下を突き進んでいく。

 看守が鉄扉を開けると、目の前には檻が立ちはだかった。

「皆様はここから先には近づかないでください。」

 看守が僕たちを足止めすると、檻の方を振り向いて声を張り上げた。

「おい!65番!面会だ。」

 檻の向こうの石畳の上に黒い塊が見える。

 黒い塊が起き上がる。



 黒い塊は人間だった。



 全身に煤を浴びた男は手かせと足かせを付けられて背中を丸めて立っていた。

 煤にまみれた髪の毛の奥から濁った瞳が僕を物珍しげに見つめていた。

「アルスさんとジェフは退出願えないだろうか?二人で話がしたい。」

 突然突き放されたアルスは困惑した表情を浮かべる。何かを言おうとする前にジェフがアルスの肩を掴んで扉の外へと誘導した。

 


 ここまでは示し合わせたとおりだ。

 


 アルス国務長官は理由を付けて収容所までついてくるに違いない。一人で退出させようとしても反論して離れようとしないだろう。ならば、有無を言わさずに出て行ってもらうしかあるまい。

 打ち合わせしたとおり、ジェフがアルスを半ば強引に連れ出した。

 今、部屋には看守と死刑囚と僕しかいない。

 頼れるのは己自身だ。




「初めまして。ヴェルグ・カーティスさん。私はエレナ・アレストラです。」

 僕を雇った商人が言っていた。嘘はいつか自分に罰として返ってくる。

 看守がいる前で仕方がなく名前を偽るが、少しでも罰を少なくするため賢者であることは伏せた。

 僕は腰を落としてヴェルグ死刑囚に目線を合わせた。

「用件があるならさっさと言え。」

 囚人の目が物珍しげな目から警戒の目へと豹変した。



「あなたの仲間が助けに来てくれるそうですよ。」



 僕の言葉に看守は後ずさりをする。

 ソーマの坊ちゃんは秘密にしてほしそうだったが、秘密にすると約束を交わした覚えはない。

「仲間だ……?」

 少し考えている様子だった。もう少し揺さぶりをかけてみるか……

「あなたの仲間があなたを解放するために無茶をしています。」

「ふんっ……。残念だったな、お嬢ちゃん。国の偉い奴から俺の仲間を説得するよう言われたんだろうが、俺が応じると思うか?」

「いや。そんな話じゃないんですよ。」

 腰を落とした姿勢がしんどいので僕はその場にあぐらをかいて座った。斜め後ろに立つ看守を見ると、薄汚れた床の上に座る賢者に目を白黒させていた。

「じゃあ、何の用だ?」

 男は僕の態度に訝しむ。

「僕は明日、その仲間の所に行ってきます。」

 一呼吸置いた。



「何か伝えておくことはありますか?」



 僕の言葉にヴェルグ死刑囚は首をかしげていた。

「あなたがなぜ他人の土地を占拠していたとか分かりませんけど、あなたのために動いてくれる仲間に伝えておくことがあれば全部伝えておきますよ。」

「ふんっ!そんなものあるかよ!」

「ないんですか?では、私はもうここに用事はないので失礼しますね。」

 僕はすぐに立ち上がると、看守の方を向いた。

「看守さん。さっきの話は他言無用でお願いできますか?ソーマ・コルラシアさんは恐らく内密にしてほしいと思っていますので。」

 看守はあっという間に面会を終える僕に呆れかえっている。わざわざ国務長官まで連れて面会時間が三分も過ぎていないのなら尚更だ。

「おいっ!待て!」

 ヴェルグ死刑囚が慌てて僕を呼び止めた。

「どうしましたか?」

 僕は再び床の上に座り直した。

 取りあえず狙い通りだ。

 自分の仲間とも久しく会っていない状況で、ただ死を待つだけの死刑囚に自分の遺言を残せる千載一遇の好機を棒に振るはずがない。

 長い沈黙の後、ヴェルグ死刑囚は重い口を開いた。

「……娘がいるんだ。コルラシアの三男のクソガキの鉱山で働いている。」

「名前は?」

「クロエだ。」

 娘のクロエがソーマの鉱山で働いているのか……。

 死刑囚の父親の解放を求めて娘が領主に反旗を翻した。

 あり得ない話ではない。

「だとしたら、彼女が危ない。あなたの仲間が坑道の作業員達を人質に取り、あなたが解放されなければ作業員もろとも爆弾で吹き飛ばすと言っています。」

「そんな!クロエがそんなことを……」

「落ち着いてください!誰もあなたの仲間の正体を把握していません。あなたの娘さんが犯人かもしれないし、人質に取られているかもしれません。」

 可能性がある以上、断言することはできない。

 だが、僕の側に立っていた看守は違った。ヴェルグ死刑囚に向けられた目は猜疑に満ちていた。ヴェルグ死刑囚の娘の凶行と決めつけている目だった。

「彼女に言っておくことがありますか?」

 ヴェルグ死刑囚が僕を見上げた。

「なぁ、エレナさん……。あんたはクロエが……俺の娘が俺のために坑道に立てこもった犯人だと思っているかい?」

 僕は首を横に振った。

 



 あなたの娘が犯人なのではと心の中で九割くらい疑っていても、それでも僕は首を横に振った。

 必要なのは情報だ。

 僕は賢者でもないし、聖人でもない。

 多少の嘘は許してくれるだろう……。

 変なところで嘘をついた罰が当たらないよう祈るしかなかった。


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