第21話 ドッペルゲンガーの初事件
「おいっ!賢者の女以外になんかジジイがいるぞ!」
玉座に鎮座する王の前に三人の男が立っていた。その内の背の小さい丸鼻のふくよか体型の男が僕たちを指さしていた。
「こら!ソーマ!口の利き方に気をつけないか!」
その隣で蛇のようにひょろりとした男がソーマと呼ばれた丸鼻の男を叱責した。その二人のやり取りを少し離れた位置で赤髪の武人のような大男が腕を組んで静かに見ていた。
「彼はエレナ様の従者で、信頼の置ける男だ。エレナ様と私が保証する。」
ソーマは機嫌を損ねて首を横に向けた。
「ソーマ・コルラシア。もう一度状況を賢者エレナ殿に説明してくれないか?」
王の言葉にソーマは渋々と言った様子で頭を掻いた。
「馬鹿者!王の勅命であるぞ!さっさと説明しないか!」
ひょろりとした男が持っていた樫の杖でソーマの尻を叩いた。その痛さにソーマは上ずった声を上げた。
「分かったよ!とーちゃん!説明すれば良いんだろ!」
ソーマは咳を払って一呼吸置くと説明を始めた。
「俺の名前はソーマ・コルラシア。偉大な鉱山王であるスヴェン・コルラシア伯爵の三男坊だ。」
ソーマは胸を張って誇らしげだった。
鉱山王の呼び名は貴族の界隈では有名なのだろうが、何も知らない僕は黙って聞くほかなかった。
「お久しぶりですな。賢者エレナ様。スヴェン・コルラシアです。覚えておいでですか?以前、王城のダンスパーティーでお声をかけたのですが……」
ひょろりとした男が胸に手を当てて跪いた。
エレナのことだからパーティーで声をかけても無視したとか無礼な態度を取ったと容易に想像がつく。偽物の僕に少しでも気に入られようとする目の前の男に同情を禁じ得ない。
スヴェンは立ち上がると説明を続けろとばかりに息子のソーマに目で合図を送った。
「俺はとーちゃんからもらったアベルジャって町の鉱山を運営しているんだ。それでー……」
ソーマは言いづらそうにして頬を掻いた。
すでに王様に報告したことを繰り返すだけの簡単なことなのに、プライドが邪魔してそれができないのだろう。
「そこが山賊に乗っ取られてしまったんだ!」
ソーマの発言に僕は唖然としてしまう。
「坑道から逃げ出した俺の部下の現場監督の話によると、外から山賊達がやって来て、刑務所に収容されている死刑囚ヴェルグの解放を要求していて……。解放しなかったら坑道にいる作業員と共に自爆してやるって……」
ソーマの顔がみるみる青くなっていく。
動揺している僕にアルスが一枚の紙を差し出した。そこには死刑囚ヴェルグの顔写真と判決記録が書かれていた。囚人として髪を剃り上げられた大男は死刑囚とは思えない物憂げな目をしていた。
「ヴェルグ・カーティス。ソーマ・コルラシア殿が所有する土地を不法占拠し、拘束しようとした時に騎士団兵士一名を負傷させ公務執行妨害で現行犯逮捕されています。判決では当時、ヴェルグ被告が斧を所持して、拘束に来た騎士団を威嚇していたという目撃証言があり、原告ソーマ・コルラシア殿の求刑通り死刑判決が出ています。」
アルスがヴェルグ死刑囚について淡々と説明する。
騎士団の兵士達も斧を持った大男を取り押さえるのは怖かったことだろう。それで怪我までしたというのだから、さぞかし大変なけがだったのだろう。
「坑道ごと爆破されたらトロイ鉱石が採れなくなっちまうよ!俺は大損害だ!」
坑道にいる作業員の人たちはどうでも良いのか!
僕は思わずソーマを睨み付けた。
だが、ソーマが僕の怒りに気づくことはなかった。
「ガウス王!お願いします!ヴェルグ死刑囚を解放してください!」
ソーマの懇願に王は無情に首を横に振った。
「どうして!」
ソーマは王の前に跪いた。どこか大げさで自分に陶酔しているような動きだった。
「いい加減にせんか!」
ソーマの父であるスヴェンが杖で地面を叩いた。
「山賊ごときの要求に屈して死刑囚を解放していたら王国の威厳が失墜するだろう!王にも易々とできない事情があるのだ!」
「だったら!山賊の鎮圧のために王国騎士団のお力をお借りしたい!」
ソーマは先ほどから腕組みして立っている赤髪の男の方を向き直った。男は無言で跪くソーマを見下ろしていた。
「テリー騎士団長!何とか言ってください!」
それでも赤髪の男は何も答えなかった。代わりに王が口を開いた。
「今はエスタニア公国との戦争中だ。王国の最大兵力を無闇に使わせるわけにはいかない。申し訳ないが、ソーマ・コルラシア卿の領地に派遣されている騎士団の兵士で対応してほしい。」
「対応できていないから、ここに来たんでしょうが!」
ソーマは力強く床を叩いた。
「賢者エレナ。」
王の渋みがかかった声が王室に響き渡った。
「力をお借りしたい。山賊の鎮圧に協力してくれないか?」
僕はジェフの方に視線を送った。
ジェフは静かに首を縦に振った。
王の命令を断れるはずもなく、僕は首を縦に振った。
なし崩し的に山賊の鎮圧作戦の指揮をとる羽目になってしまった。
昨晩読んだ法律の本は何の役にも立たなかった。無駄な時間を過ごしたと今更後悔する。
「その山賊とヴェルグ死刑囚の関係とか分かりますか?」
取りあえず、情報収集だ。
蒸気機関車の時と同じで何かヒントが落ちているかもしれない。
あの時、エレナは気づけて僕は気づけなかった。
今度は僕が自力で気づく番だ。
「恐らくですが、不法占拠していたヴェルグの仲間だと思います。」
ソーマは力が抜けたかのように答える。
「人数は?」
「分かりません……」
「坑道の内部は分かりませんか?」
僕の質問にアルスが待っていましたとばかりに一枚の羊皮紙を広げた。
「今から一月前に報告を受けた坑道の見取り図です。」
「そういや、年に一回、王国への報告義務があったな……。まさかこんな形で役に立つとは皮肉なもんだよ……。はぁ……」
ため息をつくソーマと騎士団長のテリーはアルスが広げる羊皮紙を眺めていた。
「なるほど……。坑道の入り口は二つ。内部は複雑に入り組んでいるが、入り口同士はつながっているのか。」
テリー騎士団長はあごをさすりながら唸っていた。
確かに騎士団長が指摘する通り、中々に広い坑道だ。
「山賊達は坑道を爆破すると言っていますが、この広い坑道でそれはできるものなのですか?」
「坑道の中には新しいトロイ鉱石を見つけるために火薬がいくつか保管されてる。量は少ないけど、それをうまく使えばできるかもしれない……。」
爆破しようと思えば、いつでもできる状態にあると言うことらしい。
「解放の期限は要求してきているのか?」
テリー騎士団長の問いにソーマはおずおずと答える。
「今日を入れて後四日後までと要求しています。」
「シャロン号はまだ止まっているから、明朝に馬車を走らせて二日。そこから後一日ということか。」
「おい!今から行かないのか!」
羊皮紙を広げながら考え込むアルスにソーマが怒りを顕わにする。
自分よりはるかに若造のソーマの言葉にアルスは苛立ちの目を向けた。
「今すぐに長距離を移動できる馬車は王国からは用意できない。それに、賢者様を乗せるんだ。道中で万が一が起こらないように安全な道で行くとどうしても二日はかかる。」
アルスの言う通りなら、山賊達と交渉できるのはたった一日のみだ。王は死刑囚を連れて行けないと述べていたが、もし連れて行くなら今日中に判断しなくてはいけない。
すなわち……
今日一日で調べられることを調べ尽くさなければならないということだ。