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ドッペルゲンガーの成り代わり  作者: きらりらら
炭鉱籠城事件
19/74

第19話 ドッペルゲンガーの魔法研究所

「お嬢様とアルス様が仲むつまじくしてくれればアレストラ家も安泰ですのになぁ……」

 王城の中庭でジェフが長いため息をついた。綺麗に狩り揃えられた植木の向こう側から兵士達の訓練する声が轟いてくる。そして、植木で造られた道の先には大きな塔、僕たちが目指す魔法研究所がそびえ立っていた。

 ジェフの話に寄れば、王の側近とも言えるアルス国務長官はエレナに惹かれている。どうすればエレナに振り向いてもらえるかアルスから相談を受けたこともあったそうだ。

「でも、エレナさんにその気はないんですよね?」

「ええ、おっしゃるとおりです。」

 ジェフは物憂げに呟いた。

「エレナさんに好きな人とかいるんですかね?好きな人がいるからアプローチを断っているとか?」

「お嬢様が人を好きになることは二度とないでしょうなぁ……」

 ジェフの言葉から諦めの気持ちが漏れていた。

「あれれ?賢者様じゃないですか!」

 前方から小さな丸っこい影がこちらに向かってきていた。それは昨日出会ったばかりの魔法研究所の職員ガイズであった。

「シャロン号の件ではお世話になりました!その後、体調は大丈夫ですか?」

「ええ。大丈夫ですよ。」

 王様に謁見するから内心緊張しているなどとは言えないので適当な言葉でごまかす。

「今日はどうしてこちらに?」

 ガイズの疑問にこれまで起きたことを説明すると、

「賢者様を待たせるとは王様も偉くなったものですな!」

 とガイズが声高らかに笑った。

「魔法研究所で時間をつぶすんでしたら、せっかくですし、案内しますよ。」

 ガイズの嬉しい提案に乗ろうとするもジェフが割り込んでくる。

「しかし、ガイズ殿。あなたが魔法研究所から出てきたのは何か用事があるからでは?」

「構いませんよ!今日は所長も副所長もいるし、ナンバー3の私は何もしなくても良いのです。」

 高らかに笑うガイズを見て、こんな人にも税金が支払われていると思うと無性に腹が立った。




 ハイドランド王国国立魔法技術研究所、通称「魔法研究所」は王城の中にそびえ立つ使われなくなった監視塔に拠点を構えている。魔法使いの人口が多いエスタニア公国に魔法が使える人材を奪われないように設立された組織で、魔法使いにとってはそこに就職すれば一生安泰とされるし、自慢もできる憧れの場所だ。

「これは最新の炎剣です。握力を検知したときだけ炎の刀身が出てくる仕組みです!」

 展示されている棒きれをガイズが取り出すと、その先から炎が勢いよく噴き上げた。そして、それをその場に放り投げると一瞬にして炎が消えた。

「これは閃光弾です。地面に打ち付けると強力な光を放ち相手の視界を奪います。」

 展示されている緑色の球体をガイズが床に勢いよく叩きつけると、暗闇にまばゆい閃光が一瞬にして広がった。その閃光に僕は思わず目をつむった。

 賢者であるエレナも魔法研究所の設立に携わっているのだが、最近はここに訪れても職員たちの開発品に目を向けることすらなかったらしい。久しぶりに自分たちが作った物を賢者様に見てもらえると思って、ガイズはやや興奮気味に開発品を紹介していた。

 ただの無駄骨なのにお疲れ様ですと声をかけてあげたくなる衝動を僕は必死に抑えていた。




 しかし、エレナがここを訪れないのも分かる気がする。

 



 紹介された魔法道具はいずれも人を殺すための道具だ。

 人を生かすため、元気にするため、幸せにするための道具はどこにもない。

 戦時中だから仕方がないとはいえ、あの蒸気機関車シャロン号のような人を笑顔にする道具がないことに庶民の僕は夢がないと思ってしまう。

 興味を示さない僕にガイズは不満げな顔を見せた。そんな彼を余所に僕は研究所の中を見渡した。展示ケースが陳列している廊下のガラス窓の向こうから多くの職員が僕の方に物珍しそうな視線を寄せていた。

 ふと廊下の奥に目をやると一人の職員が向かってきていた。

 その職員は僕を見るやいなや顔をそらした。

「元気でしたか?エリーさん。」

 昨日魔力を注ぎ込みすぎて倒れてしまった女性職員は歩けるようになるまで回復していたようだ。

 僕はそっと胸をなで下ろす。

 エリーは僕の言葉に聞こえないふりをして研究室に入ろうとする。




「すみませんでした!」




 僕は頭を下げた。

 咄嗟の行動にジェフは金縛りに遭ったかのように止まっていた。

 その様子を見ていた職員達にどよめきが起こる。

 エリーは取手を掴んだまま動かない。

 少しだけ頭を上げると歯を食いしばるエリーの姿がそこにはあった。

「謝ったからって全てが許されるわけじゃないのよ……。」

 エリーはかすれるような声で呟く。

 その様子を唖然として見ていたガイズが取り乱した。

「ほ……ほらっ!エリー君。賢者様が頭を下げているのだから君も何とか言ったらどうかね?いや、言いなさい!」

「何の騒ぎです?」

 エリーがやって来た階段の方からすらりとした足の長い女性が降りてきた。その女性は、水平に切りそろえられた前髪の下で光る眼鏡を上げて、腰までかかる長髪を揺らしながら歩いてきた。

「皆さん!じろじろ見てないで!仕事に戻りなさい!」

 その女性がパンパンと手を叩くと、蜂の子を散らしたかのように職員達が研究室の中に戻っていく。その機を見計らってエリーも研究室の中に吸い込まれていった。

「ガイズ。」

「なんでしょう!ソフィア副所長!」

 長身のソフィア副所長が小柄なガイズを見下ろしていた。

「騒ぎを聞いて駆けつけた所、私には賢者エレナ様が頭を下げているように見えるのですが……これはどういう状況ですか?」

 状況を今ひとつ飲み込めないガイズに代わって僕が答えた。

「ぼ……私の判断で彼女、エリーさんにはご迷惑をおかけしました。なので、今度会ったら謝っておきたいと思いまして……。」

 一人称に危うく僕が出てきて冷や汗をかく。

 魔法研究所の副所長ともなれば、少しのミスで見抜かれる恐れがある。

 ソフィア副所長は僕を訝しむように凝視してくる。心の奥まで覗き込んできそうな瞳に僕は苦笑いでごまかそうと試みる。

「おかしな賢者様ね……。」

 ソフィア副所長は僕から視線を外し、再びガイズに向けた。

「ガイズ。賢者様を所長の所へ案内してさしあげなさい。私はこれから先日の鉱山地質調査の報告書をまとめて、その後であなたたちが提出したシャロン号の調査報告を確認しますわ。」

 ソフィア副所長はきびすを返して階段を上り始めた。

 その時、階段の上から小さな影が僕に迫ってきた。



「エレナお姉ちゃん!」



 小さな少年が僕に抱きついてきた。




「お姉ちゃん、香水変えたの?」

 その少年は無垢な笑顔で首をかしげていた。


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