第17話 ドッペルゲンガーと成金貴族
風でなびく旗の間を通り抜けると、僕が来るのを待っていたかのように城の入り口が開いた。
赤い絨毯が真っ直ぐ階段に向かって伸び、煌びやかなシャンデリアに照らされたガウス王の肖像画が僕を出迎えた。まるで別世界のような豪華な内装に思わず呆然としていると、後ろからジェフが押してきた。
「王室への行き方が分からないでしょう?」
僕はジェフを連れてきて本当に良かったと心の底からジェフに感謝した。右も左も同じような内装で、広大な敷地で迷子になったら一発で偽物とばれてしまうだろう。王様のお膝元とも言える城内に庶民が紛れ込んでいるなど誰も夢に思わないだろうが、偽物だとばれたら不法侵入で逮捕されるに違いない。
ジェフに小声で王室への行き方を教えてもらいながら、違和感がないように王室へ向かう。
「おやおや?これは賢者様ではないですか?」
最悪だ……
僕の行く手を阻んだのはシルクハットを被ったモノクルをかけたのっぽな男だ。いかにも貴族な風貌でずれたモノクルを直しながら僕に近づいてきた。
僕は思わず背後にいるジェフに目線で助けを訴える。
ジェフは一言呟いた。
「何と言われても断ってください。」
あまりにもヒントがなさ過ぎる……。
「24日飛んで8時間24分ぶりの再開ですな!賢者様!」
その男は僕の手を握ると、振り回すように握手をした。
「不肖、ワタクシ!オストワルド・ヒンダーが貴方を唸らせる商品を本日もお持ちいたしました!」
オストワルドと名乗るモノクルをかけた貴族は懐から一枚の羊皮紙を取り出して、僕に突き付けた。
その羊皮紙には『土地売買契約書』の文字が書かれていた。
「王国の南部ペテルゼウス山脈近郊の土地。今なら金貨140枚の所を特別に金貨120枚でいかがでしょう!」
金貨十枚で都会の一軒家が買えると言われているのに120枚は途方もない金額だ。すぐに断るべきだと頭では分かっているのだが、オストワルドの勢いに気圧されて呆然と立ち尽くしていた。
「ペテルゼウス山脈ではトロイ鉱石が見つかること間違いなし!賢者様の土魔法で鉱脈を見つけるのもたやすいでしょう!さらに今なら!鉱脈が見つからなかった場合は金貨20枚のキャッシュバックサービス付き!さぁ!いかが?」
まくし立ててくる男の情熱に負けそうになりながら僕は精一杯声を出す。
「いらないです……」
「そうですか。」
先ほどまでの勢いはどこへやら、オストワルドは拗ねた様子で羊皮紙をしまい込んだ。
「トロイ鉱石は王国の補償金制度もあるからお得だと思うのですがね……。」
そう呟くと、オストワルドの懐から次の羊皮紙が顔を覗かせていた。
まだ売りつけてくるつもりか……
ジェフが僕の背中をそっと押す。
そうだ……!断るなら今しかない……。
「申し訳ないですが、土地には興味がないので。」
そそくさと脇を通り抜けようとすると、オストワルドが突然僕の肩を掴んだ。
「次の物件はどうでしょう!都会の喧噪に疲れた!社会の人間関係に疲れていらっしゃるアナタ!田舎ののんびりスローライフに興味はないですか!」
僕は強行突破を決めた。
それに負けじとオストワルドは僕を放そうとしない。
引きはがそうとジェフが間に割って入ろうとする。
気高く上品な貴族のイメージが僕の中で一瞬にして崩れ去った。
荘厳な王城でも庶民の痴話げんかのようなことが起こるものだと呆れると同時に、僕はこんな輩に付き合わなければならなかったエレナに同情の念を抱いた。
「何をしている?」
鋭く張り詰めた声が響いた。