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ドッペルゲンガーの成り代わり  作者: きらりらら
沈黙の蒸気機関車
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第15話 ドッペルゲンガーの月夜

 僕は丘の上に立っていた。

 遙か遠方に炎が上がっていた。

 また夢かと僕は直感した。

 故郷が炎に包まれている。蛍のように舞い上がる火の粉が幻想的な光景だ。

 そう言えば、この襲撃はエストニア公国によるものではないらしい。

 ならばと思って、僕は目を細めて炎の中立ち上がる旗を凝視した。

 旗に描かれていたのは斜めに向いた十字架を足で掴む鷹の姿。

 ……紛れもないエストニア公国の国旗だった。

「エスタニア公国の仕業じゃないか……。エレナの嘘つき……。」




 僕は目を覚ました。

 エレナの部屋の窓から月明かりが差し込んでいる。

「何だ……起きていたのかよ。」

 背後からする小さな声に僕はすぐさま振り返った。その勢いで椅子から転がり落ちてしまった。

「そんなに驚くことないだろ。私だよ。セラ。」

 一歩引いたところにそばかすの従者セラが蝋燭を持って立っていた。

「見回りに来ていたらお嬢様の部屋から明かりが漏れていたからさ。火を消しにお邪魔したの。」

「すみません。眠ってしまったみたいですね。」

 僕は立ち上がって椅子を直すと、セラから蝋燭を受け取った。

「気をつけろよ。部屋が火事になったらアイツにぶっ飛ばされるぜ?」

「はは、すみません。」

「それで、こんな夜遅くに何していたんだよ?」

 僕が蝋燭を置いた机の上をセラが覗き込んで、そこに置かれていた茶色の分厚い本を持ち上げた。

「なんだ?この分厚い本?」

「エレナさんが残したハイドランド王国の法律の本ですよ。」

「勉強熱心なことで……!」

 セラは汚いものに触れたかのようにその本を床に投げ捨てた。

「よだれの痕がついているじゃん!アイツに怒られるぞ!」

 僕は床に捨てられた本を拾い上げると、先ほどから気になっていたことをセラに尋ねた。

「セラさんって、口が悪いですよね?」

「べ……別に良いだろ!アイツの前では言葉遣いに気をつけているよ。」




「ほほぉ、今のアタシは影武者じゃなくて本物だけど?」




「おいっ!冗談か本気か分からないから止めろよな!」

 僕の物まねに慌てるセラを見て僕は思わず噴き出す。セラもクスクスと笑っていた。

「ミリィとか言ったっけ?ひょっとして賢者様のこと嫌いか?」

「セラさんも本人の目の前で舌打ちするくらいには嫌いですよね?」

「アイツは一つ一つがあまりにも正しすぎるからいまいち好きになれないんだよ。」

 そう言ってセラは椅子に腰掛けた。

 なんだか彼女とは良い友達になれそうだ。

「でも、セラさんはどうしてそこまで嫌いな主に仕えているんです?転職とか考えていないんですか?」

 僕の一言にセラは大きなため息を吐く。

「転職は無理。私は元奴隷だから。」

 そう言ってセラは右肩をはだけた。そこには罰印の入れ墨が彫られていた。

 

 僕もギルドで仕事をしていた時に元奴隷に出くわしたことがある。

 その人の話によると、戦争や災害で家を亡くした孤児が人さらいに会って奴隷商人に売り渡される。その時に奴隷の証として罰印の入れ墨を右肩に彫るそうだ。その後、使い捨ての人手がほしい商人や貴族に売り飛ばされ、過酷な環境で働かされるのだ。

 僕が出会った元奴隷の人は雇い主である貴族が乗る馬の世話をしていた。そんなある日、ハイドランド王国の襲撃が起こって雇い主が亡くなったため、その馬と一緒にハイドランド王国に逃げ出したそうだ。王国で職を探したが、どこも元奴隷という理由だけで断られてしまって冒険者をする羽目になってしまったと嘆いていた。


「すみません。」

 僕が謝るとセラはため息をついて首を横に振った。

「良いよ……別に。このことを伝えていない賢者様が悪いだろ。」

 セラは僕を見上げて更に付け加えた。

「後、ナターシャも元奴隷だから。そういう話はしない方がいいぞ。」

「ありがとう。セラさん。助かるよ。」

 セラは窓の外に視線をずらした。月明かりに彼女の物憂げな横顔が照らされていた。

「ところで、ナターシャさんで思い出しましたけど、エレナさんのご両親って?」

「おいっ!アイツ、自分の話もしてないのか!」

 無責任な奴……とセラが小さく呟いた。

 確かにエレナの両親がいないことは気になってはいた。

 朝と晩に出された料理の数は僕と四人の従者と合わせて五人分しかなかった。それに従者のジェフも変装する上でエレナの口癖や従者の名前を伝えていたけれど、家族構成には一切触れていなかった。

 親から勘当を受けてはいないだろう。王国の執政にも携わる賢者である娘と縁を切るはずがない。

 他に考えられるのは、地方に出張を繰り返して多忙なのか、別荘で療養しているか、もしくは……。




「アイツの両親はもうこの世にはいない。」




 セラの言葉にぼくはやはりと思った。

「中庭に生えているハナミズキの木が植えてあるだろう。その下で二人とも眠ってる……。」

 今朝、木の枝の手入れをしていたカーサスの姿を思い出していた。

 彼は頑なに木の手入れを他人に頼むことはなかった。

 それは主が埋まっている場所を踏み荒らされたくない一心からだろうか。

 アレストラ家に崇拝に近い忠誠を誓うカーサスに僕は尊敬の念を抱いた。

 エレナのご両親もさぞかし立派な人だったのだろう。

「亡くなった原因は何ですか?」

 セラからの返事はなかった。彼女は何も聞いていないかのようにじっと月を眺めていた。

 月明かりが照らす暗闇の中、虫の音だけが鳴り響く静かな時が流れた。

 しばらくして、セラは立ち上がった。

「悪いな。勉強の邪魔をしちゃったみたいだな。」

 そう言い終えると、彼女は僕に目を合わせることなく足早に部屋を出て行った。

 従者の立場では言いづらい話らしい。ならば、今度エレナに会ったときに聞くしかないようだ。

 



 無責任な奴……




 セラの声にもならない呟きが僕の脳裏から消えることはなかった。


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