表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドッペルゲンガーの成り代わり  作者: きらりらら
沈黙の蒸気機関車
14/74

第14話 ドッペルゲンガーの従者たち

 僕が賢者に成りすまし続けることを決めたその日の晩、僕はナターシャに連れられてリビングに向かっていた。

「お嬢様は頑張りすぎです!今日は晩ご飯を食べ終わったらすぐに寝ましょう!私も隣で一緒に寝ますから!」

 可愛い女の子からの誘いは嬉しいし、体調を気遣ってくれるのはとてもありがたいことだ。しかし、あまりにも過保護すぎるナターシャを見ていると逆に心配になってくる。

 今朝と同じようにナターシャが扉を開けると、三人の従者が今朝と同じように迎えてくれた。

 テーブルの上では白身魚のムニエルと温め直したカボチャのスープが湯気を上げて並んでいた。

 一同がテーブルに着く。

 そのタイミングを見計らって僕は声を張り上げた。

「皆に報告しておきたいことがあります。」

 三人の従者の視線が一斉に僕に注がれる。ただ一人ジェフだけが天を仰いでいた。




「僕はエレナ・アレストラではありません。」




 三人の従者が固まった。

「僕はラミィ・クレストリアと言います。賢者エレナ様の影武者です。」

 口を開けたままの従者を見ていると笑いがこみ上げてくるが、僕はグッとこらえる。

「本物のエレナお嬢様はどこに……?」

 一番初めに口を開いたのはナターシャだった。

「この屋敷にはいません。」

 その言葉に突然ナターシャは机を叩いて立ち上がった。

「お嬢様……!そういう冗談は良くないと思います!」

「では、僕にエレナさんとあなたしか知らないことについて何か尋ねてください。」

 従者と主との間にそんな秘密があるものかと思っていたが、彼女の口から出たのは意外と普通の内容だった。

「私を雇ってくださった方のお名前は?」

 ナターシャの雇い主か……

 彼女の見た目はエレナと同じ年くらいに見える。何でも一人でできますと言い張るエレナが従者を雇うことはないだろう。そう考えると、エレナの両親が彼女を雇った可能性は高い。

 しかし、エレナの両親の名前を知らないので僕には答えられない。

「分かりません。」

「では……お嬢様の母親の名前は?」

「分かりません。」

 僕の淡泊な答えにナターシャはかすかに肩を震わせていた。

 次の瞬間、彼女はリビングの扉に向かって走り出した。僕はすかさず彼女の後を追った。



「待ってください!」

 屋敷の玄関の前で僕は彼女の腕を掴んだ。

「離せよ!女装趣味の変態やろう!」

「好きで女装しているわけじゃないですよ!あなたの主に女装させられただけですよ!」

 僕が屋敷の従者に正体を明かすことをジェフに提案した時、ジェフはナターシャを説得すれば後の二人は大丈夫なはずと言っていた。

「お嬢様が私を見捨てて出て行くはずないのよ!」

「落ち着いてください!」

 僕は取り乱すナターシャを落ち着かせるように声をかける。

「声までお嬢様に似てるとか……もう!サイアク!」

「エレナさんは必ず屋敷に戻ってきます!あなたを見捨てたわけではありません!」

 僕は思わず口を押さえたが、遅かったようだ。

 それまで取り乱していたナターシャの動きが止まる。そして、ゆっくりとナターシャが僕の方を振り向いた。

「それは本当……?」

 必ずは言い過ぎたかと後悔するが手遅れだった。僕のでまかせをナターシャは信用してしまったらしい。半ばすがる思いなのだろう。

「事情をお話ししますから、リビングに戻ってください。」

 落ち着きを取り戻しても落胆を隠しきれない彼女を僕はリビングへ連れて行った。




 リビングに戻って僕は事情を三人の従者に説明した。

 すっかり冷めてしまった夕食には口をつけずに話を黙って聞いてくれている。

「つまり、戦争を終わらせるお嬢様の願いのために影武者として協力しているという訳か。」

 銀髪の従者カーサスが頭を掻きながら呟いた。

「お嬢様も突拍子もないこと良く思いつくわ。正直、ついていけねーわ。」

 そばかすの従者セラが音を立ててカボチャのスープを飲み干した。

 ナターシャは依然押し黙ったままだ。

 僕の立ち位置はエレナの窮地に居合わせた旅人で、彼女を助けた結果、彼女に気に入られてそのまま影武者として雇われたということにしておいた。

 後半部分の「気に入られて」と「雇われた」の二カ所に嘘が含まれるが、前半部分は概ね正しいので後で齟齬が生じても修正しやすい良い設定だと思う。

「ですから、僕には上流階級の知識がありません。他にも知らないことはたくさんあると思います。もちろん知識は身につけていくつもりですが、僕が困った時に助けていただけるとありがたいです。」

 そして、上流階級のこと、ひいては王都の情勢にも疎い「旅人」という設定は助けを求めたとしても違和感がない。

「お嬢様はいつ戻ってこられるのですか?」

 黙ったままのナターシャがようやく口を開いた。

「戦争の黒幕を捕まえた時には必ず戻ってきます。」

 僕が勝手にそう思っているだけだが、彼女を説得するためにはこれしか方法がないので黙っていることにする。

「分かったわ!さっさと事件を解決してお嬢様がすぐに帰ってくるよう協力しますわ!」

「でもさ……本当に黒幕なんているの?お嬢様の推測でしょ?」

 やる気に満ちたナターシャにセラが冷や水を浴びせる。

 迎え入れた時とはうって変わって主がいないと分かった途端、セラの言葉がとげとげしくなっているような気がする。

「僕はエレナさんの話を直に聞いて本当のことだと確信しています。僕と一緒に話を聞いていたジェフさんもそう思っていますよね?」

 突然話題を振られたジェフは首を縦に振った。その様子を見てセラはふてくされた顔をしていたが、納得はしてくれたようだ。

 とりあえず、三人の従者の内二人の説得に成功した。

「ミリィさん。一つだけ聞きたいけど良いかな?」

 最後の一人であるカーサスが徐ろに立ち上がった。

「お嬢様の意図はよく分かった。俺たち従者は主であるエレナお嬢様を信用して従うだけだ。」

 カーサスはそう言いながらゆっくりと僕の方へと歩み寄る。

「だが、アンタに従う理由が俺たちにはない。本当の主じゃないから当然だろ?俺たちがアンタに従わなければならない理由を教えてくれよ?」

 この従者、中々痛いところを突いてくる。

 ナターシャやセラとの会話では僕ではなくお嬢様を信じてほしいとごまかしていた。そう言われてしまえば、従者は主の意向に従うしかないからだ。従者の中で古株のジェフがいる前でお嬢様を信用できませんと異を唱えることはできないだろう。

 だが、従者達には赤の他人である僕に従う道理がない。

 だけど、その質問を想定していないほど僕は愚かではない。




「アレストラ家のために僕に従ってください。」




 僕の言葉にカーサスはあごをさすって僕を見下ろした。

「この家が安定しているのは土魔法使いで賢者のエレナさんのおかげです。でも、彼女が永遠に生き続けられるわけじゃない。この家の繁栄のために彼女に跡取りができたとしても、彼女と同等の魔法の才能と賢者の頭脳を持っているとは限らないでしょう?」

 エレナ本人がそう言っているのだから間違いはない。

 彼女に跡取りができたとしても、魔法は持って生まれた才能で決まるし、頭脳も賢者と謳われる程のものを親から引き継げるかは怪しいところがある。

 つまり、エレナがいなくなればこの家は衰退の一途をたどることになりかねない。

「ですが、国家を揺るがす大犯罪人をアレストラ家が突き止めたとしたらどうでしょう?アレストラ家は間違いなくハイドランド王国の英雄として扱いを受けることになりますよね。」

 あごをさするカーサスの動きが止まる。

 アレストラ家のために酒を断つほどの従者だ。その甘い言葉は彼にとって効果覿面だ。

「アレストラ家は衰退に怯える必要がなくなると思いませんか?」

 僕はさらにだめ押しを加える。

 しばらく無言で僕を見下ろしていたカーサスがため息をついた。



「今の話はアンタを信用する理由になっていない気がするが?」



「ははは……。赤の他人を今すぐ信用しろと言われても無理だと思いますので、他の理由を提示してみました。」

 やっぱり見透かされていたかと僕は観念する。

 昼過ぎに目を覚ましてから今の時間まで考えられる言い訳はこれが限界だ。

「今すぐには無理だとは思いますが、僕も信用を勝ち取れるよう頑張りますので見ていてください。」

 僕の言葉を聞くと、カーサスは黙って自分の席へと戻っていった。

「まぁ、アンタの言うとおり、俺はしばらく静観しているよ。」

 そう言うとカーサスはすっかり冷め切ったムニエルにかぶりついた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ