第11話 ドッペルゲンガーの初仕事
コツン……
皆が僕を責め立てる幻聴に呆然と立ち尽くす僕に小さな音が聞こえた。
コン……
また音が聞こえる。
どうやら幻聴ではないらしい。
音の出所を探すと、車庫の入り口の方らしい。
コン……
僕は音の正体に目を見開いた。
それは小石が蒸気機関車の配管にぶつかる音だった。
宙に浮いた小石が蒸気機関車の配管にぶつかる音だった。
カインズの怒気のこもった声と、職員達の慌てふためく声が混じって周りの人は誰も気づいていなかった。コツン、コン、コツンと小石が次々とぶつかっていく様子に僕は思わず苦笑していた。
「カインズさん。その配管の中って調べられますか?」
僕は小石がぶつかっていた蒸気管の方を指さした。
カインズが振り向いた時には、すでに小石は飛んでいなかった。
僕の指摘にカインズは腰に巻き付けた道具入れから厚手の革手袋とモンキーを取り出した。
「賢者様よぉ。この蒸気管の中に何があるって言うんだ?」
カインズは革手袋を嵌めながら僕を一瞥すると、その場にしゃがみ込んで蒸気管のボルトを回し始めた。ボルトを取り外すして、カインズは配管をゆっくりと地面に下ろした。
「これは……!」
カインズが驚きの声を上げた。一同の目が設計技師に向けられていた。
「黒い塊みたいなのが蒸気管の中をふさいでいやがる!」
カインズが見せた蒸気管の中には黒い汚れがべったりとこびりついて、配管を完全にふさいでいた。
「ボイラーの中の汚れが噴き上がって蒸気管の中に溜まっていたんじゃないでしょうか?」
ボイラーの水を温めようとも蒸気がピストンに届かなければ、蒸気機関車が動くことはない。
後は汚れを取るだけだが、発車まで時間がない。
開かれたガレージの向こうに見える駅の構内にはすでに多くの乗客が詰めかけていた。
間に合うのかが残る気がかりだ。
「ホーネス……!」
カインズ設計技師が整備士の三人を睨み付ける。その低くドスの効いた声に整備士達はすくみ上がる。先ほどまで顔が赤かったホーネスの顔もみるみるうちに青くなっていた。
「この汚れを三十分で取って配管全てを点検するのは不可能だ。だから、今日のシャロン号の運行は禁止だ。リーマス!今すぐお客さんに伝えろ!」
呆然と立ち尽くしていた車掌さんは自分の名前を呼ばれて飛び上がった。
「今から中止と伝えるんですか?すでにお客さんも並んでいるんですよ!」
「馬鹿やろう……。」
カインズがドスの効いた声を小さく発する。その場にいる誰もが震え上がった。
「事故が起こって誰かが怪我してからじゃ遅いんだよ……。運賃は払い戻しておけ。」
「はいっ!」
車掌さんは上ずった声をあげて駅の方へと駆けだしていった。
「ホーネス……」
「待ってくれよ!カインズさん!」
再びカインズから声をかけられた整備士のホーネスは噴き出る汗を拭って反論した。
「整備内容に配管を調べるなんて項目はないんだ!それでも、俺たちのせいだって言うのかよ!」
「ホーネス?何を言っている?」
カインズの張り付いた笑顔に整備士達は後ずさりする。
「配管の詰まりを確認する方法を考えなくてはいかんだろう?だから、今日は帰っていいぞ。」
怒られなかったことに三人の整備士達は安堵の表情を浮かべる。
だが、彼らは気づいていない。
設計技師の含み笑いに……
「今日の夜から緊急会議だ。酒を飲む時間すら与えるつもりはないから……覚悟しておけよ?」
「お疲れ様でしたぁぁ!」
カインズの脅しに整備士達は情けない声を上げて車庫から出て行った。
整備士達が出て行くのを見届けると、カインズが僕の方をゆっくりと振り向いた。
「俺はこれから配管の設計を一から見直す。あんたらはもう帰っていいぞ。ご苦労さん。」
職員達が歓喜の声を上げた。職員達は倒れた職員を抱えて軽やかな足取りで車庫を出て行った。
「さて、私たちも屋敷に帰るとしましょう。」
僕の目の前に微笑むジェフが映った。
次の瞬間、僕の目の前にはたくさんの赤茶色の小石が映った…。
ジェフが心配そうな顔で僕を見下ろしていた……