従者の主
セバスの施術が効いたのか体がある程度自由に動くようになった。
体を軽く慣らしているとふと立ち鏡を見つけた。自分への知識が欠如している今、自分の容姿を確認する必要がある。ややふらつきながらも立ち鏡の前に行くとそこに全裸の少年が現れる。
恐る恐る鏡に手を伸ばすとその少年は同じように手を伸ばして来た。老人のように真っ白だが艶のある頭髪に整った顔、澄んだ青色の瞳。中肉中背の体は傷ひとつなく白い肌が目立つ。先程の会話を思い出し机の上に置いてある服に手をかける。服のサイズはピッタリで、セバスの着ていた燕尾服に少し似ている。
「あー…あ…よろし…く」
着替えを終え、軽く発声練習をする。
相変わらず上手くは話せないが会話は問題なく出来るだろう。そこにドアからノックの音が響く。
「失礼致します。おや、お似合いでございますよ。予備の制服で申し訳ございませんがご了承ください。それから、準備が整いましたので主人の元へと参りましょう」
少しこちらを注視しながら語りかけてくるセバスに疑問を抱きつつも頷き、セバスの後をついて行く。
部屋を出ると長く広い廊下に出た。正面はガラス張りで中庭が見え、左右に長く続く通路には幾つものドアがある。廊下をセバスに先導されながら、ふと照明が灯いていないことに気づく。日が高いのかガラスから日差しが入り込んで隅々まで見えるほど明るい。やはり掃除が行き届いているのか部屋と同様にホコリ1つ見当たらない。私の視線に気づいたのかセバスが穏やかな口調で話す。
「綺麗な屋敷でございましょう。このお屋敷は中々に広く、私以外に10数名の使用人とでこの屋敷の衛生を管理しております。しかし今は多くの者が帰省していまして、私と数名の給仕、お嬢様の世話係の者しかおりません」
屋敷を見ても分かるがここは中々の豪邸のようだが普段はその人数で回すほどの広さなのかと少し驚く。
するとセバスが他の扉よりふた周り大きい扉の前に立ち止まり、ノックする。
「お客様をお連れ致しました」
「分かった。入ってもいいぞ」
セバスの声に男の声が答える。大きなドアを開けるとそこにはまた広い空間が広がっていた。部屋の中央には大きな食卓といくつかの椅子がありそこには髭の生やしたガタイの良い男性、長い髪をおろした整った顔立ちの女性、そして髪をふたつにまとめた幼い少女が座っていた。
「そこの席に座ってくれ」
そう言われセバスの引いた椅子に腰をかける。
「やぁ目覚めはどうだい?私の名前はアルベルト・グラウス。こちらは妻のグレイス、そして娘のリベルカだ。君をある人物から預かるよう頼まれ、我がグラウス家が君を引き取ったんだ」見た目に似合わず気さくに話しかけてくるアルベルトに少し驚きつつもあぁと返事を返す。
「セバスから聞いたよ。残念ながら記憶が無いようだね。なにか自分について分かることはあるかい?」
「何も、ない。むしろ教えてもらいたい、ぐらいだ」
ふむ。と短い顎髭を触りながら、
「記憶は無いが会話をしたり、服を着たりとある程度の知識はあるみたいだね」
言われて気づいたが、服の着方や鏡に姿が映る事など当たり前のようにやっていたが記憶は失っているが知識は持っているという不自然な状態だ。
「うん。まぁ不思議なことなんて今のご時世じゃこんなこと当たり前のように起きるからね。仕方ない。」
そう笑顔で話すアルベルトに対しこちらから質問をする。
「ここは、どこなん、だ?私は?預けた人は?ご時世と言っているが詳し、く説明して、くれ」
質問が多いなぁと頬を指で掻きながら丁寧にひとつずつ答えてくれる。
「ここは大陸南西にあるフラムという都市にある屋敷だよ。王都に比べ発展はしてないけどそれなりの所だと思ってるよ。君の名前は…確か…」
そこに妻のグレイスが手帳を取りだしアルベルトに渡す。ありがとうと受け取り手帳を開く。
「クリアと預けた人は呼んでいたよ。預けた本人のことは残念だけど口止めされていてね、教えることは出来ないんだ」
クリア…か変な名前だなと口にするとその人は少し変なところがあるからねと笑いながらアルベルトは答える。
「それで…今はどんな世の中なんだ?」
「それについてはいい頃合だし昼食の後、リベルカと一緒に勉学の時に学ぶといいよ」
そこに、えー!っと不満げな声が飛ぶ。
「お父様!午後からは護身術の稽古の時間でしょ!私勉強なんてしたくないわ!」
と、それまで大人しくしていた娘のリベルカが抗議し始めた。
「聞いたぞリベルカ、また午前の勉強をサボって外に出たんだってな。あれほど断りもなく外には出るなと言ってるじゃないか」
うっ…と黙るがその表情はまだ諦めていなかった。
「まぁまぁ、早くお昼を済ませて、それから決めましょう」
と議論が熱くなる前にグレイスが2人をなだめるように割って入る。わかったと2人が大人しく従う様子を見て思わず笑みがこぼれた。