はじまり
長い夢を見ていた気がする。
しかし意識がはっきりしていくほどにその内容は思い出せなくなってしまった。
目を開くが視界が定まらずぼんやりとする。
何か情報を得ようと周りを見渡そうするが、首を上手く動かせない。首だけでなく手や足までも自由に動かせず辛うじて指先が動く程度だ。
唯一自由に動かせる目を走らせるもまだ視界はぼんやりとして何があるかは分からない。
しばらくして目や体の機能が回復し、確認するとここはどうやら真っ白な部屋の中であることが分かった。自分が寝ているベットを含め全てが白で統一されており、汚れひとつ見つからない。体を動かすことが出来れば現状を把握できるのだがそれすらもままならない。
「お目覚めですか。」
突然真横に現れた燕尾服の似合う白髪の老人が丁寧な口調で語りかける。
「私はこの屋敷の執事であるセバスと申します。以後お見知りおきを。」
─────ここはどこなのか。
そう口にしようとしたが口が動かない。喋り方を忘れているのかもしれない。
「大変申し訳ありませんがこの場所の具体的な位置は私の口からはお伝えできません。ですが安全な場所であると保証致します。」
こちらの考えを読み取るようにセバスが答える。
─────私は誰なのか。
今度は口から息がこぼれるだけで言葉にはならない。しかしセバスは当然のように返答する。
「なるほど…ご自分が分からないとなると記憶喪失でしょうか。それは困りましたね。」
他人事のように言われ少しムッとしたが気を抑える。
「まずは私の主人の元へと行きましょうか。そちらにお召し物をご用意しましたのでお着替えになられてください。」
「そう……が……かせ…い。」
そうしたいが体が動かせない。と言いたかったが上手く発音ができなかった。
「そうでしたか。ふむ。ここはひとつ私がマッサージして差し上げましょう。幾らか体がほぐれて動かせるようになるでしょう。マッサージも執事の嗜みのうちなので腕には自信がありますよ。」
そう言って指の関節を鳴らすセバス。その提案を快く受け入れてしまった私は体の自由と引き換えに大変な苦痛を味わうことになった。