入選
楽しんで戴けたら嬉しいです。
ワタシは倖せ。
夕暮れになると京介は帰って来てくれて、ワタシを見てる。
本当はワタシを見ながら絵を描いているのだけど、いいの。
だって、絵を描きながら時々話し掛けてくれるから。
京介はカンバスに向かって走らせる筆を止めて言う。
「そう言えばさあ
似顔絵描いて渡すと、不機嫌になる女の人がよく居るんだよね
商売だから実物よりキレイに描かなきゃならないとは思うけど、限界あるよね
ああ云う女性って鏡見るとき、美人フィルターかけて自分をみてるのかな」
ふーん、そうなんだ。
「ミューズはどう?
オレが描いてるミューズに満足してる? 」
そう言うと京介は描きかけのカンバスをワタシに向けて見せた。
これがワタシ?
んー、ブス。
うそ、うそ。
その絵は見たこと無いくらいとても綺麗。
ワタシがとても倖せそう。
綺麗に描いてくれて有り難う、京介。
ああ、この想い伝えられたらいいのに。
でも、不思議なのだけど京介はワタシの気持ちが少し解るみたい。
「気に入ってくれたみたいで良かったよ」
京介はカンバスを元に戻すとまた、黙々と続きを描き始めた。
次の日も、その次の日も京介は夕暮れに帰ってワタシにお喋りしながらワタシを描いている。
なんて素敵な日々。
京介は三枚、絵を完成させた。
「ねえ、ミューズ
どの絵が好き? 」
京介は一枚、緑を基調とした絵を見せた。
んー、素敵。
「じゃあ、これは? 」
次に京介は、紫を基調とした絵を見せた。
やっぱり素敵。
「じゃあ、これ」
次に黄色を基調とした絵を見せた。
あ、暖かい感じがしてワタシがお花みたい。
「やっぱりこれだね」
京介は口から白い歯を覗かせ笑った。
「決めた!
この絵をコンクールに出展する事にするよ」
何故、京介には解るんだろう?
月明かりが消えた日、京介は夜遅く三人の男女を連れて帰って来た。
京介は困った様に言った。
「困るんだけどなあ
アトリエには人は入れない主義なんだ」
一人の眼鏡を掛けた銀髪の若者が京介の肩を叩いて言った。
「まあ、そう硬い事言うなよ
未来の画伯」
「へえ、この人形かあ………………」
金髪の垂れ眼の若者がワタシの傍に寄って来てまじまじとワタシを見詰めた。
「随分精巧に造られてるな
ねえ、これオッパイとかちゃんとできてるんじゃない? 」
キャーーッ!!
何するのっ!!
金髪の若者はワタシの胸を触った。
「止めろよ!! 」
京介が金髪の若者の手首を掴んで捻り上げた。
「いててててっ!
何すんだよ! 」
「彼女に失礼な事するからだろ! 」
京介が掴んだ手を振り払いながら怒鳴った。
金髪の若者は肩を摩りながら京介を睨みつけた。
「なんだよ!
たかが人形にマジ切れするなよっ! 」
たかが人形とは何よっ!
失礼な奴!
「京介、やり過ぎよ」
茶髪の女が言った。
眼鏡を掛けた若者が、金髪の若者と京介の間に割り込んで言った。
「まあまあ、そう熱くなるなって
京介が煮詰まってた時に霊感を与えた人形だ
いわば大切なパートナーだろ
大事なんだよ」
「バカバカしい
それでも人形は人形
それ以上でもそれ以下でも無いでしょう」
茶髪の女が言った。
この女、もっと失礼!
「悪いけどやっぱり帰ってくれないか
聖域に人が踏み入ると折角のインスピレーションが壊れそうだ」
眉間に皺を寄せ、京介は彼らを追い立てた。
金髪の若者が言う。
「お前、何様のつもりだよ! 」
眼鏡の若者が、金髪の若者の腕を掴んで引っ張った。
「芸術家は気難しいんだよ」
眼鏡の若者は京介を振り返って言った。
「京介
コンクール入選するといいな」
茶髪の女も微笑みを浮かべ言った。
「私も願ってるよ」
ワタシ、この女嫌い。
凄く失礼だし、京介ばかり見てる。
金髪の若者は膨れっ面で眼鏡の若者に連れられて部屋を出て行った。
三人が部屋を出て行くと京介はワタシの傍に来て言った。
「ごめんね、ミューズ
あいつも悪気は無かったと思うんだ」
どうして京介が謝るの?
京介は助けてくれたのに。
月明かりが強くなってまた弱くなって消える。
京介は毎日、ワタシを描く。
ワタシを描いたカンバスが幾つも増えて行った。
でもこの頃、京介は哀しそうな眼をしてワタシを見るのは何故だろう?
月明かりが増して来た次の日の朝、京介がいつも持ち歩いているつやつやの板が音をたてて、眠っていた京介が眼を覚ました。
京介が起き上がって板に触れると音が止んで、板を耳に当てた。
京介の顔に緊張の色が帯びて、板に頻りに相槌を打っている。
急に京介の顔がパアッと明るくなって、ワタシを見た。
「はい………………………
はい………………………
有り難うございます
はい、失礼します」
京介は板を握ったまま満面の笑顔でワタシの処に駆け寄って、そのままワタシを抱き締めた。
え?
ええ?
ワタシは慌てふためいたけれど無表情。
「ミューズ、入選したんだ!
キミを描いた絵が入選したんだよ!! 」
何が何なのか解らないけれど、京介がとても喜んでいるのだけは解る。
ワタシも嬉しくなって京介と踊り出したい気分になった。
できないけど………………………。
「キミのお蔭だよ! 」
京介はワタシの頬に思い切り口唇を押し付けた。
ワタシの胸がドキンと震えた。
京介は急に真顔になって、ワタシの顔を哀しそうな表情を浮かべて見詰めた。
ワタシから身体を離すとぶらんと手を下ろして俯いた。
それからノロノロと着替えると部屋を出て行った。
どうしたのだろう?
あんなに喜んでいたのに……………………………。
京介は、その日は酷く酔って帰って来た。
その日から何日か過ぎた或る日、京介は朝から落ち着かなくて、窓を何度も覗いて天気を気にしていた。
寝台の足元の方にある鏡の前に立ってボサボサの髪をキレイに整えて、京介が凄くカッコ良く見える服を着て、何度も身なりをチェックしてから出掛けて行った。
次の日の朝方まで京介は帰って来なかった。
眼鏡の若者に連れられて、京介はヨレヨレで帰って来た。
眼鏡の若者は京介を寝台に寝かせると靴を脱がせ、首の紐を解いて毛布を掛けると「おめでとう」と言って帰って行った。
京介は夕方まで眼を覚まさなかった。
眼を覚ました京介は上半身を起こしてワタシを見詰めた。
とても哀しそうな、辛そうな顔をして。
どうして?
訊きたい。
どうしてワタシには声も表情も無いのだろう…………。
読んで戴き有り難うございます❗
投稿がいつもよりとても遅くなってしまいすみませんでした。
この頃、夜眠いのが我慢できなくて、夕べも寝落ちしてしまいました。
すみません。m(_ _)m
この人形は、実は全く書く予定の無かった作品で、こうして形になったのは、とにもかくにも水渕成分さんのお蔭なんですよ。
前作の「月の恋人」をとても気に入って下さって、熱烈なラブコール戴いて、書こうと心に決める事ができました。
水渕成分さん、いつも影になり日向になり応援を戴いて本当に有り難うございます。
できたら、この人形も水渕さんに贈らさせて戴きたいです。
本当に有り難うございます。