第95話 先輩騎士
《ジャスミン視点》
少しずつ魔物の数が減っている気がする…。そう思わないとやっていけない。
もう! 鬱陶しいったらありゃしない!
不死者の魔物を消し飛ばす。もう見飽きた。骨とか腐った肉とか霊体とかもう嫌! 夢に出てきそう! 一生分の不死者を倒した気がするわ。
「ジャスミン様!」
近衛騎士団の女性騎士が私に追いついてきた。混戦ではぐれてから久しぶりに同僚に出会った。
槍使いの女性の先輩。槍の刃先に青い炎が宿っている。斬られた不死者が青く燃え上がって灰になった。
彼女と背中合わせに立つ。
「ジャスミン様。私たちはジャスミン様の護衛も兼ねているんですよ。勝手にどこかへ行かないでください」
「先輩。私、任務中なんですけど」
「おっと失礼、ジャスミンさん。ですが、シラン殿下の婚約者というお立場が優先されるのをお忘れなく」
襲い掛かってきた魔物たちを斬り裂く。
背中は彼女に任せ、手当たり次第に魔法を放って剣を振るう。
「そう言えば、ジャスミンさん。殿下のこと、狙ってもいいですか?」
「はぁっ!?」
先輩からの言葉に思わず力加減を間違えて、全力で暴風を放ってしまった。
まあ、結果オーライなんだけど。
さ、流石に冗談よね? 絶対に冗談よね? 場を和ませるための先輩ジョークよね!?
槍を振り回す先輩は、全然冗談を言っている顔には見えない。
「運動もダメ。仕事もダメ。ダメダメな王子殿下」
「…………あのぉ? その言葉は私の前で禁句って知ってますよね?」
「ええ。もちろん知ってますよ。でも私、ダメンズが超好みなんですよ。ダメダメな男性を守って甘やかしたいですねぇ。殿下は女性関係に目を瞑れば優良物件です」
くっ! 忘れてたわ。近衛騎士団の女性の先輩たちは皆ダメンズ好きだったわ。
自分よりも強い男性なんか興味ない。むしろ、自分が守って世話をしてあげたくなるダメンズが好きな女性たちだったわ。
「殿下って女性関係はだらしなく見えますが、意外としっかりしてるところもあると言いますか、一度愛してくれたらとことん愛してくれそうですよね。女性は多いですけど」
くっ! 鋭い。嫌われすぎて狙われないと思って油断してたわね。
「女性へのさりげない細かな気配りも感じますし、理解もありますし、理想のダメンズですよね。部隊長の姉御も惚れるわけだわぁ~」
や、やっぱりランタナ部隊長も!? あの姉御もシランを狙ってる!?
「というわけで、姉御の後に狙ってもいいですか?」
「ダメに決まっています!」
「えぇー! 個人的には殿下に剣を捧げてもいいんですけど」
剣を捧げる、すなわち騎士の忠誠。
近衛騎士団は国王と国に忠誠を誓っている。個人に忠誠を誓ったら近衛騎士団を止めなければならない。
なんで私のシランが人気なのよ! 確かに格好いいけど!
むしゃくしゃした気持ちを目の前の魔物にぶつける。暴風が吹き荒れる。
そこへ、威圧感を漂わせる魔物がゆっくりと近づいてきた。禍々しい漆黒の鎧。分厚い大剣を片手で軽々と持ち上げている騎士。顔はない。首無しの騎士だ。
弱い不死者たちが首無しの騎士に道を譲る。
「首無しの騎士…ちょっと荷が重そうですね。いざという時はお逃げください」
「ええ。わかりました」
私たちは同時に首無しの騎士へと駆け出す。首無しの騎士は決して二人で挑む魔物ではない。しかし、今は戦うしかない。
首無しの騎士が大剣を振り上げた。私は風を操って剣の軌道を逸らす。先輩が隙をついて鎧の隙間に槍を突き刺した。青い炎が黒い鎧を駆け巡る。しかし、首無しの騎士は闇を噴き出させて炎を飲み込む。
「闇属性の魔法…厄介ですね」
首無しの騎士が闇の砲弾を放つ。今度は先輩が青い炎を噴き出させ、闇の塊を飲み込む。炎はそのまま首無しの騎士に襲い掛かるが、大剣の風圧でかき消された。
「先輩。アイツ、一撃で吹き飛ばせますか?」
「え、ええ。力を溜めて全力の一撃を撃ち込めば」
「なら、お願いします。私が何とかしますので。《嵐》!」
「えっ? あっちょっとジャスミンさん!?」
周囲の魔物が邪魔だから暴風で吹き飛ばす。そして、首無しの騎士に突撃する。
大剣を軽々と器用に操って風を斬り裂きながら勢いよく振るう。私は身体に風を纏って素早さを上げて紙一重で避ける。風圧で短い金髪が揺れる。
私は避けて避けて時間を稼ぐ。時には仕掛けて鎧の間を斬りつけ、大剣の腹を爆風で吹き飛ばして軌道を逸らす。
首無しの騎士が魔法を放つが、魔力を纏わせた剣でぶった切る。
埒が明かないと悟ったのか、首無しの騎士が距離を取った。そして、地面に大剣を突き刺す。地面が揺れ、黒い炎が噴き出す魔法陣が描かれ、黒炎を上げる首がない黒馬が召喚された。あれが首無しの騎士の愛馬首無しの馬ね。
その炎をかき消してあげる!
「《嵐》! 《嵐》! 《嵐》! 《嵐》! 《嵐》! 《嵐》!」
暴風を発生させる風魔法を連発させて時間を稼ぐ。首無しの騎士も首無しの馬もその場で耐えるので精一杯の様子。
でも、流石不死者系の魔物の最上位種に近い高位の魔物ね。魔力を噴き出して一瞬暴風に対抗し、大剣を振り上げて風を斬り裂いた。
斬り裂いた風の道を疾走し、一直線に私に向かって突き進んでくる。私を斬り裂こうと大剣を振り下ろす。
でも、私は避けるのではなく、逆に近づいて首無しの騎士の懐に潜り込む。そして、剣を振り下ろして前屈みになった首無しの騎士に片手で掌底を放つ。
「《爆風》!」
手から放たれた爆風が首無しの騎士の身体を空中に吹き飛ばす。
「先輩!」
「……ここは先輩の意地を見せなければなりませんね」
槍使いの先輩騎士の手に白く輝く巨大な炎槍が握られていた。鉄さえもあっさりと溶ける超高温の炎の槍。
でも、熱さは一切感じない。熱を制御して、少しも周囲に漏らすことなく、熱の全てを槍の中に閉じ込めている。惚れ惚れする程の技量だ。これを見ると、私もまだまだだと感じるわ。
「《白炎槍》」
白い炎の槍が首無しの騎士に向かって投げられた。高位の魔物の首無しの騎士が炎の槍に貫かれ、一瞬で消滅した。すごい威力。
先輩騎士の手には炎で出来た紐のような物を握っていた。それが槍と繋がっている。先輩騎士が紐を引っ張ると槍が自由自在に動き、ついでに周囲の魔物を貫いて燃やし尽くしていく。
あらかた倒し終わると、槍を操り、自分の手に戻す。
「ざっとこんなものです」
少し得意げな先輩の顔。
とても綺麗で美しくて格好良くて、私は憧れた。
お読みいただきありがとうございました。




