第94話 大混戦
《ジャスミン視点》
「《風刃》!」
剣から風の刃が飛び出す。数体のゾンビが斬り裂かれて、煙のような光をあげて消えていった。
休むことなく剣を振るい続ける。
もう何体倒しただろう。百体? 千体?
倒した数が多すぎてわからない。次から次へと現れては私の剣で斬り裂かれていく。
どのくらいの時間戦っているのかもわからない。時間の感覚がない。
魔物に囲まれながら、私たちは戦い続ける。
シランたちがいるローザの街はまだ無事だ。何とか喰い留めることができている。
カタカタと顎を鳴らすスケルトン。腐った死体のゾンビ。包帯だらけの乾いた死体のミイラ。気持ち悪い不死者が一斉に襲い掛かってくる。
「鬱陶しい! 邪魔よ!」
身体から魔力と風を勢いよく放出し、吹き飛ばす。
私の周囲が一瞬だけ空白地帯になる。しかし、すぐに魔物が押し寄せてくる。
剣を振って斬りつけ、真っ二つにする。
近くに、大きな戦斧を振り回して暴れる冒険者風の大男が戦っていた。
一薙ぎすると、周囲の魔物があっさりと両断され、消えていく。
すごい力。でも、背後がガラ空きよ!
私は風を纏って突進する。風で魔物を吹き飛ばし、今にも男の背中を槍で貫こうとしたスケルトンの上位種を斬り裂く。
スケルトンは光をあげながらゆっくりと消えていった。
「お、おぉ?」
「背後に気を付けなさい!」
「すまんすまん。助かった。って、滅茶苦茶美人な姉ちゃんだな!」
戦斧を振り回しながら、男が私の身体を厭らしい視線で舐めまわす。
気持ち悪い。周りの不死者並みに嫌。
巨大な戦斧で不死者を殺しながら、男が大声で言う。
「この戦いが終わったら、オレと一晩どうだ?」
「嫌よ! 私には婚約者がいるの!」
「連れねェな。いいじゃねェか。一晩くらいバレねェよ。オレは上手いって評判なんだぜ!」
「嫌って言ってるでしょ!」
怒りに任せて目の前の魔物をぶった斬る。風の刃が飛び出し、十メートルくらい先の魔物まで斬り裂かれた。
本当に気持ち悪い。私の全てはシランのモノなの!
あぁ…早くシランに抱きつきたい! 甘えたい! キスしたい! これが終わったら、愛してもらうんだからぁ!
私たちの時間を邪魔をした魔物なんかぶっ飛ばす!
「いいねェ。良い女だねェ。ツンツンしてる顔を蕩けさせたくなる」
「それ以上何か言ったら真っ二つに斬り裂いてやるから!」
剣を振るって、風の刃を放つ。男の足の間の地面が深く斬り裂かれた。
「おぉ…怖ェ。まっ、今回は諦めるわ。王子様に愛想を尽かしたらオレのところに来な! 《神龍の紫水晶》様よぉ」
男は戦斧を振り、魔物を吹き飛ばしながら遠ざかっていく。
私がシランに愛想を尽かすですって? あり得ないわよ、そんなこと!
苛立つ感情を目の前の魔物にぶつける。
「《風刃》! 《風刃》! 《風刃》! 《風刃》! 《風刃》!」
苛立ちを全て魔物にぶつける。
全力の風魔法。目の前の数十体が煙のような光をあげて消えていった。
最近、魔力の底がわからなくなった。使っても使っても魔力が尽きない。
精神的な影響でも魔力量は変わるらしい。今の私は絶好調。
よく思い出せば、シランと愛し合うようになってから調子が良くなった。
たぶん幸せすぎるせいね。愛の力よ!
私は剣に螺旋状の風を纏わせる。そして、上段に構えて振り下ろした。
「《竜巻》!」
十数メートルの竜巻が剣から吹き荒れ、魔物の軍勢を巻き込んだり、吹き飛ばしたりする。
螺旋状の風の中に、風の刃が吹き荒れさせた。魔物が斬り裂かれて消えていく。
たぶん、百体くらいは消え去ったはず。でも、減った気がしない。
少し遠くで轟音が轟き、闇夜が赤く染まる。赤い炎の波が燃え広がり、大量の不死者を呑み込み、燃やし尽くしていく。
熱波が私にまで届いた。あの炎の魔法の使い手はやるわね。
私も負けじと暴風を操る。
どんなに魔物を消し飛ばしても、全く数が減らない。
「ああもう! 切りがない! 召喚主を直接叩かないとダメね」
魔物がやってきている方向へ視線を一瞥した。
膨大で冷たい魔力が流れてくるのを感じる。
空と地面には召喚の魔法陣が輝き、魔物が次から次へと溢れ出してくる。まだ召喚が続いているらしい。
「大行進の主はどれだけ力が強いのよ!」
愚痴を叫ばないとやっていけない。
叫んだことでちょっとスッキリした。一体一体着実に斬り捨てていく。
その時、絶叫に似た不協和音が戦場を覆いつくした。
甲高い悲鳴や狂った笑い声にも似ている。高周波の超音波。あらゆる不快な音を混ぜた、魔力を含んだ叫び声だ。
耳が痛い。頭が痛い。頭蓋骨を揺さぶられる。耳を覆っても私の身体を貫いてくる。狂ってしまいそう。
「泣き叫ぶ幽女の絶叫…」
身体が苦痛の叫びを上げ、力が抜ける。剣を地面に突き刺して、崩れ落ちそうになる身体を支える。
魔物が隙をついて、一斉に襲い掛かってきた。
「私を…嘗めないで!」
目を見開いて、身体から魔力と暴風を爆発的に放出する。魔物たちが吹き飛んでいった。
そのまま風を身に纏い、音を遮断する。これで私には泣き叫ぶ幽女の絶叫は効かなくなった。
私の近くにいた冒険者は、目や鼻や耳から血を溢れさせ、発狂して叫んでいる。爪で自分の顔を引っ掻いている。
長い髪を振り乱し、絶叫している泣き叫ぶ幽女たちを何とかしようと思った瞬間、私の風壁を貫く巨大な咆哮が轟いた。
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
泣き叫ぶ幽女の絶叫がかき消される。
「《獣の咆哮》!?」
高位の獣人や獣系の魔物のみが使える巨大な咆哮。魔力を含んだ咆え声は、相手を威圧し衝撃波を放つ。
泣き叫ぶ幽女が《獣の咆哮》に巻き込まれて、光をあげながら消えていった。不快な絶叫が消え去った。
私は頭を振って《獣の咆哮》の影響を振り払う。
今の声は味方。力強い味方よ。大声に驚いて固まっている暇はない。一体でも多くの魔物を倒さなきゃ。
「ハァッ!」
私は気合を入れて、目の前のゾンビを斬り裂いた。
お読みいただきありがとうございました。




