第90話 愛の誓い
ジャスミンとデートをしていたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。
もう空は真っ暗。日が落ちて夜になってしまった。
白と青の街並みがライトアップされて、ロマンティックな雰囲気を醸し出している。
俺の腕に抱きついているジャスミンは、周りを眺めてうっとりし、ご機嫌が良さそうだ。
「あっ…テルメネコ」
ジャスミンの視線の先には、ふてぶてしい顔の猫が小さく壁に描かれていた。
よく探すと街の至る所にいるキャラクターだ。
石畳や壁、物陰やオブジェの裏なんかにひっそりと潜んでいる。
「ブサイクな猫」
「ブサイクじゃないの。ぶちゃいくなの!」
ムスッとジャスミンが頬を膨らませた。
ブサイクじゃなくてぶちゃいくね。ジャスミンには譲れない何かがあるらしい。
わかったわかった。そんなに可愛い顔をしてたらイチャイチャが止まらなくなるから。襲いたくなるから。
ジャスミンはテルメネコを相当気に入ったらしい。プレゼント選びの時も、このぬいぐるみを選んでいた。自分も欲しいと可愛らしくおねだりしてきたから、思わず買ってあげてしまった。リリアーネの分までも…。
とても喜んでくれたからいいですけど。
「ふてぶてしい猫のどこが良いんだ?」
「私も最初はそう思ってたけど、もっとよく見て? じーっと見つめてみて?」
言われた通りに、壁に描かれたテルメネコと視線を合わせる。
じーっと、じーっと見続ける。
ふてぶてしい顔。ポチャッとしたお腹。クリクリとした可愛い瞳。
んっ? 今、俺は可愛いって思わなかったか?
「もっとよく見て!」
じーっと、じーっと見続ける。
なんかムカつく。でも、何故か憎めない。何故か俺はコイツを嫌うことができない。
か、可愛い? ち、違うぞ! そんなこと思っていないぞ! でも、このふてぶてしさが癖になる。
一体俺はどうしてしまったんだ!?
「くっ! 何故だ!? こいつが可愛く思えてしまう!」
「でしょでしょ? 時間が経てば経つほど可愛く思えるのよね」
じーっと見つめてくるテルメネコから何とか視線を逸らし、腕に抱きついているジャスミンを見る。
あぁ…落ち着く。癒される。やっぱりテルメネコよりもジャスミンのほうが可愛い。
俺の視線に気づいてジャスミンが、キョトンと紫水晶の瞳を瞬かせた。
「どうしたの?」
「な、何でもない! ほら、行くぞ!」
見惚れてしまったのは秘密だ。それを隠すようにジャスミンの腕を引っ張って歩く。
でも、全てバレていたようだ。ジャスミンはクスクスと嬉しそうに笑っていた。
少し歩いて、俺たちは最後の目的地に到着した。
ローザの街の有名な観光スポット『テルメの泉』だ。滑らかな石で出来たハート型のオブジェの表面に温泉が流れている。細かくて美しい彫刻も並んだ芸術的な泉だ。
ライトアップもされて、とても幻想的な景色。
何故この場所を訪れたかと言うと、このテルメの泉には有名はジンクスがあるからだ。
ここで愛を誓い、キスをしたカップルは永遠に結ばれるらしい。
行きたいところを聞いたとき、乙女なジャスミンが恥ずかしそうに、地図上のこの場所を指さしていた時はとても可愛かったです。
至る所にキスしてイチャイチャしているカップルを見かける。
激しく絡み合い、濃厚なキスをするカップルもいて、ちょっと変な気分になってしまう。
ギュッと手を握ってくるジャスミンの顔が真っ赤だ。
「や、やっぱり止めようかしら」
「周りなんか気にするな。恥ずかしかったら俺だけを見てろ」
ジャスミンの腰をグッと抱き寄せ、至近距離で囁く。ジャスミンの甘い香りで包まれる。
熱っぽく潤む紫水晶の瞳がとても綺麗だ。
真っ赤になったジャスミンがムスッと口を尖らせた。
「女慣れし過ぎよ」
「痛たたたた。ジャスミンさん。背中を抓らないでくれません?」
「なんかムカつく」
「俺だって結構勇気出しましたよ!」
はぁ、というジャスミンの熱くて甘い吐息が顔にかかる。
背中を抓るのを止めて、ギュッと服を掴むように抱きついてくる。
顔を俺の身体で隠し、スリスリと擦り付けた。甘えん坊みたい。昔から変わらないジャスミンの癖。
目の前の短い金髪が闇夜の中で綺麗に輝いている。優しく撫でると、気持ちよさそうな声が漏れ聞こえてきた。
「好きよ」
唐突に告白された。
珍しい。ジャスミンは夜以外に愛の告白をしてきたのは初めてじゃないか?
恥ずかしいのか、俺の肩に頭を預けている。俺の目を見ようとしない。
でも、顔が真っ赤なのは丸わかりだ。
「昔も、今も、これからも。ずっと好き」
ぐはっ!? ジャスミンは俺をキュン死させるつもりか!?
心にクリティカルヒットするんだけど! ジャスミン可愛すぎ!
あまりの可愛さに悶絶していたら、ジャスミンが不安そうにギュッとしがみついてきた。
我儘で横暴な幼馴染だけど、心は繊細で傷つきやすい。俺がいないとすぐに不安になる。
「俺も好きだよ」
ジャスミンを安心させるように優しく囁き、抱きしめる。
安心したジャスミンは、フッと脱力させて、全身でもたれかかってきた。
熱っぽく潤んだ綺麗な紫水晶の瞳が俺を射抜く。
俺たちは、自然に口付けを交わし合った。
しっとりと濡れた柔らかな唇の感触。熱い吐息。甘い香り。
心地良い温もりのしなやかな身体を抱きしめる。
ゆっくりと唇を離した。
紫水晶の瞳と見つめ合う。そして、抱きしめ合う。
しばらくの間、俺たちはお互いの温もりを感じる。
「ねぇ」
再び、ジャスミンが囁いてきた。
「今夜は二人っきりがいいわ」
「…いいのか?」
「そういう気分なの。今日はシランの愛を受け止めたいの。私への愛を私だけで」
「そんな可愛いことを言ったら手加減できないぞ?」
「しなくていいわよ。私だって嫉妬とかいろいろあって、盛大に乱れそうだし」
ジャスミンが嫉妬? よくあることだけど、ファタール商会のプレゼント選びの後から、いつにも増して好き好きアピールが激しかった。お店で何かあったのか?
でも、そんなことはどうでもいい。愛しい婚約者からの可愛いおねだりだ。今夜は二人きりでたっぷりと可愛がって愛してあげよう。
紫水晶の瞳と見つめ合い、了承のキスをしようとする――――その時、街の外から膨大な魔力が噴き出した。
今にもキスをしようとしていた俺とジャスミンは、同時にその方向に顔を向ける。
ねっとりと禍々しい漆黒の魔法陣が、綺麗な星空を塗りつぶしていた。
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