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第89話 紫と赤の顔合わせ

 

 《ジャスミン視点》


「「あっ…」」


 私と赤い瞳の女性は、人気のないテルメネコのコーナーで、僅かに声を漏らして見つめ合う。

 冒険者みたいで、動きやすい服装をしている女性。黒いローブを羽織っている。

 髪は綺麗な赤で、三つ編みハーフアップにしている。顔立ちも整っていて、体形もスラリとして、男が好きそう。胸は……私のほうが勝っていると思う。服のせいでよくわからない。多分勝ってる。

 これでさえも美しいのに、極めつけは彼女の瞳だ。燃える紅榴石(ガーネット)のような赤い瞳。この瞳が彼女の美しさや綺麗さを全てまとめ上げ、更に際立たせている。

 リリアーネ並みに美しい。男なら絶対に放っておかない。特にシランは。彼女の全てが実にシラン好みなのよね。悔しいことに。

 初対面のこの赤い美女に思わず嫉妬してしまう。いけないとわかっているのにどす黒い嫉妬心が抑えられない。ギリッと奥歯を噛みしめてしまう。

 同時に、強烈な敗北感が私の心を打ちのめす。

 彼女も私を見つめたまま固まっている。どうしたのだろう? 彼女のほうが綺麗で可愛いのに。


「アルス様!」


 人混みを掻き分けて、彼女の知り合いと思われる二人の女性がやって来た。濃ゆいピンク色の髪の目つきが鋭い女性と、毛先がピンク色の白い髪の胸が大きな女性だ。二人とも美人。


「一人で勝手に行かないでください!」

「何度言えば理解していただけるのでしょうか?」

「うぅ…ごめんなさい…」


 美人の二人に叱られた赤い美女がショボーンと落ち込んで謝罪している。

 三人からは隠しきれない気品と高貴さを感じる。冒険者風だけど雰囲気も喋り方も貴族みたい。お忍びかしら?

 でも、微妙にアクセントが違うし、ひょっとして他国の人? 訳ありだったりする?

 今から盛大なお説教が始まりそうだったけど、胸が大きい女性がもう一人の女性の腕を軽く叩き、赤い美女への叱責を止めた。

 ハッと我に返った目つきが鋭い女性と、おっとりとした白髪の女性が申し訳なさそうに私に会釈をしてきた。


「アルス様。後でお説教です」


 鋭い瞳の女性が静かに述べ、赤い瞳の美女は落ち込んだまま反論する。


「でもでも…ほんのちょこっとだけ走っただけよ?」

「数日前の前科がありますので、アルス様は執行猶予中です。何かあれは即お説教です」


 白髪のおっとりとした美人に微笑まれ、赤い瞳の美女はガックリと項垂れて黙った。

 どうやら、この美女は数日前に何かやらかしたらしい。


「うぅ…気をつけます…」


 シュンと落ち込んだ赤い瞳の美女。なんかとても可愛らしい女性ね。

 鋭い瞳の女性が、はぅっ、と撃ち抜かれた胸を押さえて悶え、胸が大きな女性はおっとりと微笑んでいる。

 なるほど。彼女は二人にとっての主であり弄られキャラなのね。気持ちはわかるわ。彼女可愛いし。


「アルス様? それほどまで急いで、何か気に入ったものでもあったのですか?」

「そうだった! これを見てよ、テルメネコ! 可愛いでしょう? あのお部屋に飾りたい!」


 アルスと呼ばれた女性が、私も選ぼうとしていたキメ顔のテルメネコのぬいぐるみを手に取って、他の二人へと見せびらかした。

 まあ、何体も同じテルメネコのぬいぐるみが置かれているから、彼女が買ったとしても問題はないわね。そこは安心。

 テルメネコを眺めた二人は笑顔を浮かべた。でも、明らかに強張った笑顔だ。


「か、可愛いですね、アルス様」

「えーっと…いいんじゃないでしょうか?」

「むぅ……本当にそう思ってる? ちゃんとあたしの目を見て言って!」


 彼女の仲間二人は、スゥーっと目を逸らした。

 アルスと言う女性はムスッと頬を膨らませて拗ねる。見た目に反して、中身は随分子供っぽいらしい。

 彼女の視線が私に向けられた。燃える紅榴石(ガーネット)の瞳で見つめられる。


「ねえ! 貴女も可愛いって思うわよね?」

「え、ええ。確かに可愛いわね」

「ほら!」


 なんでだろう。残りの二人から、価値観大丈夫?、とおかしなものを見る目で見られてるんだけど。

 テルメネコ、可愛くない? 最初はどうかと思ったけれど、だんだん癖になるわよ、このふてぶてしさ。


「あたし、この子買う」

「アルス様。お考え直しを! こんなブサイクな猫なんて」

「ブサイクじゃないもん! ぶちゃいくだもん! あたしのお小遣いで買うから問題ないでしょ!」


 おぉー。主従のやり取りが始まった。

 主の赤い瞳の女性と従者の鋭い瞳の女性が言い合いをし、おっとりとした女性が周りに頭を下げて謝っている。

 小さい頃、私もこんな風に駄々をこねて泣き叫んだなぁ。結局欲しいものを買ってもらえず、シランに泣きついたっけ。シランはいつも私を慰めてくれた。

 うわぁ。今思い出すと滅茶苦茶恥ずかしい。


「アルス様、ダメです! 無駄づかいはいけません!」

「買うったら買うの! フウロだってぬいぐるみ持ってるじゃない」

「そ、それは…」

「あたしにだけダメって言うの? 不公平だよ不公へ……」


 突然、アルスという女性の言葉が止まった。目をカッと見開き、表情が凍り付く。


「ア、アルス様?」

「かはっ…!」

「アルス様ぁ!」


 女性が苦しみ出した。お腹を押さえて前のめりに倒れ込む。慌ててフウロという女性が抱き締めて支える。もう一人の女性も慌てて駆け寄ってきた。

 赤い瞳の女性は苦しみに喘ぎ、懸命に痛みに耐えている様子。顔は苦悶で歪んでいる。体中から冷や汗が噴き出す。

 白い髪の女性は治癒術師らしく、治癒の魔法をかけるが、一向に良くなる気配はない。


「ちょっと私にも見せて!」


 私は問答無用で苦しむ女性に近づき、彼女が押さえているお腹の服を捲る。

 怪我なら応急処置の仕方を習った。出来ることがあるかもしれない。

 でも、彼女のお腹を見て私は言葉を失ってしまった。


「これって…呪い!?」


 可視化するほど濃密でドロッとした黒い靄が溢れ出している。

 呪いが活性化している特徴だ。それも私でさえ見えるくらい超強力な呪い。

 彼女の身体には激痛が襲っているだろう。でも、悲鳴を上げないように懸命に歯を食いしばって我慢している。


「ええ。呪いです。触らないでくださいね。感染(うつ)りますから」

「感染系の呪いなの!? 禁呪じゃない!」


 感染系の呪いは使用が禁じられている。禁術もしくは禁呪と呼ばれている。もし使用したら即座に処刑される禁じられた魔法だ。

 というか、普通の人は発動すらさせることはできない。余程呪いに詳しくて犯罪を犯す人じゃないと使わないし使えない。

 解呪してないところを見ると、彼女たちはやっぱり訳ありだったらしい。いえ、正確には解呪できないが正解ね。もしかしたら、家から追い出されたのかも。


「悔しいことに、私の力では僅かに痛みを和らげることしかできません。後は呪いが不活性状態になるのを待つだけです」

「常時発動型じゃないのね…」


 痛みを和らげる魔法を使っている白髪の女性は、無力な自分自身に憤り、唇を噛みしめている。もう一人の女性も同じ表情だ。唇を噛みすぎて僅かに血が出ている。

 しばらくすると、痛みが治まってきたようだ。脂汗を浮かべたアルスと言う女性が、弱々しく薄っすらと目を開く。


「「アルス様」」

「フウロ? ラティ? ………テルメネコ、買っちゃダメ?」


 第一声はそれ? 呪いの激痛に襲われてたんだけど、テルメネコのほうが大事なの?

 彼女の紅榴石(ガーネット)の瞳は痛みや呪いに諦めておらず、強い光を放っている。余程意志が強いのだろう。でも、第一声にテルメネコのことなんて、驚きよりも呆れを感じてしまう。


「はぁ…わかりました」

「買っていいですから、少し休まれて…」

「やったぁ!」


 今まで弱々しかったアルスという女性が勢いよく跳ね起きた。

 脂汗が浮かんだままの顔が嬉しそうにニコニコしている。


「ア、アルス様。そんなに突然動かれてはお身体に…」

「大丈夫よ大丈夫! もう慣れちゃったから」

「しかし…」


 呆然とする従者を余所に、赤い瞳の女性はハンカチを取り出して汗を拭い始める。

 先ほどまで苦しんでいた人と同一人物とは思えないくらい元気溌剌としている。

 元気を取り戻した紅榴石(ガーネット)の瞳と視線が合う。


「ごめんなさい。驚かせちゃいましたよね? ご心配をおかけしました」

「えーっと…身体は大丈夫なの?」

「もっちろん! 命を奪う呪いじゃないし、物心ついたときには呪われてたから慣れちゃったわ」


 テヘッと可愛らしく舌を出す赤い美女。

 慣れちゃったって軽く言うことじゃないと思うのだけど、解呪できないのなら心が折れるか耐えるかしかないのね。


「フウロとラティの気が変わらないうちに、私は行くわね」

「え、ええ。えっと……お大事に」


 彼女にかける言葉がこれくらいしか思いつかなかった。

 私が嫉妬する程綺麗な赤い美女は、人懐っこい笑顔を浮かべる。


「ありがと。じゃね! 貴女にグリフォンの導きがありますように」


 ヴァルヴォッセ帝国でよく使われる別れの挨拶ね。


「貴女にも導きがありますように」


 赤い美女がニコッと笑って、手にテルメネコのぬいぐるみを持ったまま、レジへと向かって歩いて行く。それを、ハッと我に返った従者二人が追いかける。

 白い髪の女性は、途中で私のほうに振り返ると、軽く一礼して主を追いかけていった。


「なんか…騒がしいけど楽しい人だったわね」


 私は、彼女たちが消えていった人混みを、しばらくの間眺め続けていた。


お読みいただきありがとうございました。

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