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第74話 乙女との別れ

 

 気まずい沈黙が訪れている。

 正座する俺の目の前に、赤い髪で紅榴石(ガーネット)のような瞳の美女が仁王立ちしている。彼女の身体からは絶え間なく黒いオーラが放たれている。

 水浴びをしていた彼女の冒険者を覗いてしまったのだ。とても綺麗な身体で眼福でした。

 でも、こんな綺麗な子がこういった場所で水浴びをするのは危険だな。それに穢れた身体…。もしかしたら襲われた経験があるのかもしれない。

 そんな辛い経験はさせたくない。

 俺は虚空に手を突っ込み、異空間から魔道具を取り出す。

 彼女は目を見開き、紅榴石(ガーネット)の瞳が更に大きくなる。


「何その魔法!? まさかっ! 空間系の魔法!?」

「ちょっとした手品かもしれないよ。これ、お詫びとしてあげる」


 とぼけた口調で言い、取り出したものを女性に渡す。

 折りたたんである布のような魔道具だ。


「魔力を感じる…。これって魔道具?」

「そう。広げると一瞬でテントになるから。中にベッドとかキッチンとかお風呂もある」

「ちょっ!? こ、これって下手をしたら国宝級の魔道具じゃない! こんな高価なもの受け取れないわ!」

「君みたいな乙女の裸体を見てしまったんだ。謝罪として受け取ってくれ。受け取ってくれないと湖に投げ捨てるから」


 こうでも言わないと受け取ってくれないだろう。俺は本気だ。

 俺の瞳を覗き込み、本気だとわかった女性が、はぁ、とため息をついて、恐る恐る畳んであるテント型の魔道具を胸に抱きかかえた。


「わかった。ありがたく貰うわ。後で返せって言われても返さないからね!」


 べっ、と舌を突き出してあっかんべーをする女性。悪戯っぽい笑顔がとても可愛らしい。

 思わず吹き出してしまった。女性の顔が真っ赤になる。


「な、何がおかしいの!?」

「いや。君が可愛かっただけさ」

「なっ…なぁっ!?」


 更に女性は真っ赤になってあたふたと慌てて恥ずかしがっている。

 んっ? 褒められるのに慣れていないのか? これだけ綺麗だと男がたくさん寄ってくるだろうに。

 初々しい反応が可愛いから、これはこれでいいけど。


「さて、そろそろ俺も戻らないと」

「あたしも! 黙って出て来たんだった!」

「気づかれてて、怒られるかもな」

「うぅ~。それは困る。フウロのお説教は嫌…。あたし、もう戻るね! 貴方にグリフォンの導きがありますように!」


 笑顔で挨拶し、口を滑らせた女性の顔が凍り付いた。『グリフォンの導きがありますように』というのは、ヴァルヴォッセ帝国ではよく使われる別れの挨拶だ。

 一応敵国だけど、別に気にすることではないと思うけどな。

 俺は悪戯っぽい笑顔で挨拶を返す。


「貴女に龍の導きがありますように。龍殺し(ゲオルギウス)の英雄の国出身の君には言ったらまずかったかな?」

「あっ…いやっ…その…」


 顔を真っ青にしている彼女の反応がとてもおかしくて可愛い。

 ずっと見ていたくなる。


「そんなに慌てなくて大丈夫さ。この国の王都でも最近よくみられる挨拶だから」

「そ、そうなの? よかった…」


 安堵する彼女がとても可愛い。また吹き出してしまう。

 彼女は俺が笑ったことが気に入らなかったらしい。萌えるような紅榴石(ガーネット)の瞳でキッと睨み、頬を膨らませてムスッとしている。


「もう! 笑いすぎ!」

「ごめんごめん!」

「じゃあ……またいつか、逢えたらいいわね」

「裸を見た俺とまた逢ってくれるのか?」

「うっさい! それは忘れて! はぁ…貴方と喋っていると調子が狂うわ。まあ、とにかく、グリフォンの導きがありますように!」

「龍の導きがありますように」

「またねっ♪」

「ああ、またな!」


 俺が上げた魔道具を大事そうに胸に抱え、笑顔で手を振った紅榴石(ガーネット)の乙女が、森の中に消えていく。

 意志が強そうな元気のいい女性だったな。キャンプ地に着くまで気配を探って見守ってあげますか。

 俺はその場に残り、気配を読みつつ、明るくなってきた湖を眺める。朝日に照らされた靄がゆっくりと消え去っていく。

 その幻想的な光景を眺め、今、別れた彼女のことを考える。


「………呪い、か」


 彼女は呪われていた。それも強力な呪いだった。

 常人ではわからないだろうが、いろんな使い魔と契約し、力を与えられている俺には視えた。彼女の身体から放たれる黒い禍々しい呪いの波動が。裸を見た時に視えたおへその下のどす黒い呪いの塊が。

 正確なことは詳しく視ないとわからないが、彼女の命を喰らう呪いではないはずだ。死ぬような呪いではない。でも、確実に彼女の身体を蝕んでいる。

 頼まれれば解呪するが、見ず知らずの人の呪いを解くほど俺はお人好しではない。

 呪いを解呪するために冒険者をしているのかもしれない。でも、彼女なら大丈夫だろう。意外と強かったし。

 探しに来た仲間と合流した気配を感じ、キャンプ地にまでたどり着くのを見届けてから、俺はそっと自分の野営地に戻るのだった。












 ▼▼▼



「アルス様! こんな朝早くに一人で何をしていたんですかっ!? 私たちに一言も告げることなく出て行くなんて! どれほど心配したと思っているんですかっ!?」

「うぅ…ごめんなさい、フウロ」


 アルスと呼ばれた赤い瞳の女性が、激怒したフウロという少女によって怒られ、シュンと小さくなっている。とてもとても反省しているらしい。

 涙目の可愛らしい彼女を見て、フウロが胸を撃ち抜かれる。バッと鼻を押さえたのは鼻血を我慢するためだったのだろう。


「ちょっと水……湖を見に行ったの! 綺麗で有名だったから!」

「アルス様お一人で行くなんて! 今すぐ正座して反省してください!」

「………はい」


 まだ森の中で、野営地に戻っていなかったが、アルスは大人しく地面に正座する。

 怒髪天を衝いたフウロのガミガミとしたお説教が始まった。


「もう少し危機意識を持ってください! 魔物もいるんですよ! それに、魔物よりも恐ろしい欲にまみれた男に襲われたらどうするんですかっ!?」

「(………呪われた私を襲ったら大変なことになるし…彼は襲わなかったし…)」

「何か言いましたかっ!?」

「言っておりません!」


 ビシッと背筋を伸ばしてアルスがハキハキと喋る。

 フウロはお説教を続ける。アルスはしょんぼりと、ただただお説教を聞き続ける。

 そんな合間を縫って、ずっと喋らず傍に控えていた三人目の女性が口を開いた。胸が大きく、長い白髪の毛先がピンク色の女性だ。


「アルス様? その胸に抱いた布のようなものはどうされたのですか?」

「これ? 水あ……湖で出会った人と仲良くなって貰ったの」

「魔道具……ですよね?」

「うん。テントって言ってた。結構高機能なやつ」

「試してみても?」

「どうぞ、ラティ」


 アルスはラティという女性に魔道具を渡す。

 少し離れたラティは魔道具を起動させた。バッと広がり、即座にテントとなる魔道具。

 恐る恐るテントの中に入ったラティが慌てて飛び出してきた。その慌てぶりを見てアルスとフウロが警戒する。

 しかし、ラティは単に驚いただけのようだ。


「アルス様! 一体どこの誰からこれを頂いたのですかっ!?」

「えーっと…全然知らない人。名前も知らない。やっぱり国宝級だった?」

「国宝以上の代物ですよ! こんな魔道具は見たことがありません!」


 ラティに連れられてテントの中に入ったアルスとフウロが固まった。目を見開き、ポカーンと口を開けている。

 テントの中は、外から想像できないほど広く、軽く十人は生活できそうだ。他にもいくつものドアがあり、まだまだ広そうだ。

 三人は呆然と立ち尽くす。


「アルス様……本当に何もされていませんよね?」

「されてないされてない!」


 フウロのジト目が襲い、アルスはブンブンと首を横に振る。

 でも、軽く頬が赤く染まったのをフウロは見逃さない。


「じとーっ」

「うぅ…紅榴石(ガーネット)みたいに綺麗な瞳って言われました」

「男性ですかっ!? 殿方なのですかっ!? この国では告白に匹敵する程の最上級の褒め言葉じゃないですか! 確かにアルス様の瞳はお綺麗ですけど! くっ! アルス様を口説いたのは腹立たしいですが、見る目あるじゃないですか!」


 フウロが悔しそうにギリギリと歯ぎしりし、対抗心を燃やしている。

 ラティがぼそりと呟く。


「これ、どうしましょう?」

「どうするって貰っちゃったんだし、ありがたく使いましょ。返さないって言っちゃったし。うわぁ! すごい! 本当にお風呂があるの!? すごい! サウナもあるじゃない! 寝室も広ーい!」

「どうしてそんなに順応が速いんですか…アルス様の良いところですけど…」

「これで裸を見られることはなくなるわね! こんなのを貰えたんだから裸を見られてよかったかも! ………………あっ。ヤバッ!」


 思わず口を滑らせたアルスが冷や汗を流しながら、錆びついた機械人形のようにギギギッと振り向くと、こめかみに青筋を浮かべた夜叉が二人もいた。フウロだけでなく、珍しくラティまで怒っている。


「ア~ル~ス~さぁ~まぁ~っ!? 詳しい話をお聞かせ願えますかぁ~?」

「もしかして、タトゥーも見られたんですか!?」

「えーっと…な、何のことー? あたし知らなーい」

「「アルス様っ!」」


 二人の叱りつける声が響き渡る。

 その後しばらくの間、誤魔化すアルスとお説教するフウロとラティの姿があった。



お読みいただきありがとうございました。

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