第71話 予定の遅れ
半分起きて、半分寝ている半覚醒状態のままボーっと過ごす。
少し傾きかけた太陽の日差しが心地良く、俺に抱きついてお昼寝をする婚約者のリリアーネと使い魔のソラの温もりが伝わってくる。小型化して顕現した使い魔もモフモフして気持ちいい。
半分目覚めている意識の中、さっきお散歩に行った日蝕狼と不死鳥の緋彩の帰りが遅いことに少し心配する。
全然帰ってこない。そろそろ連絡でもしようかな。
そう思い始めたその時、突然、ふぅっと人の気配を感じた。
使い魔の誰かが顕現したようだ。
スゥーッと意識が心地良いまどろみから急浮上し、目が覚めた。
視界に入ってきたのは青空と、宙に浮かぶ一人の女性だった。
目の前に浮かび、微笑む女性はとてもおかしい。
妖艶な大人っぽい女性になったかと思うと、俺と同い年くらいの少女の姿になり、今度は小さな幼女の姿にもなる。ジャスミンに似た姿になったかと思うと、リリアーネに似た小さな子供にもなる。ソラとファナを足して二つに割ったような顔立ちになったかと思うと、今度はレナちゃんを大人にしたような姿になる。
コロコロと姿が変わる不思議な女性だ。
まるで俺が心で思い描いた女性の姿かたちになっているかのよう…。
「やあ、イル。外に出るなんて珍しいな」
『そうだったか?』
首をかしげたのは俺の使い魔の一人。名前はイル。
年老いた声のようでもあり、若い女性の声でもあり、小さな子供の声でもある。俺の親しい女性の声が入り混じっている気もする。
見た目も不思議な女性だが、声も不思議だ。耳からも聞こえるが、直接心に囁きかけられている感じがする。彼女の声が直接心の奥底まで響いてくる。
「いつも引きこもっているだろ?」
揶揄うような口調で聞くと、イルは惚ける感じで再び首をかしげる。
『吾はよく出歩いているが?』
「でも、外じゃないだろ?」
『違いない』
くっくっく、とイルが笑う。
彼女の存在は俺しか気づいていない。周りの近衛騎士たちもリリアーネも他の使い魔たちも気づいていないだろう。俺の前だけに顕現し、俺にだけ語りかけてくる。
俺の真上からスゥっと消え、真横に現れたかと思うと再び消え、今度は頭の上に現れる。消えてはどこかに現れ、再び消える。姿かたちを変えながら、顕現と消滅を繰り返す。
「いつも何をしてるんだ?」
『最近は友とお喋りしているな』
「友達ができたのかっ!?」
『何を驚く? 吾とて友の一人や二人くらい出来る。まあ、アヤツは少々変わっていることは認めるがな。友は見目麗しい女子よ。主様よ、喰らうか?』
「食べません! でも、興味はあるかな。あっ! 別に性的に興味があるというわけじゃないからな!」
『くくく。必死に否定すると逆に怪しいぞ?』
「うぐっ!」
イルが楽しそうに笑い声を上げる。
まったく! 俺を揶揄って遊ぶな! なんで使い魔の皆は俺を揶揄って遊ぶのが好きなのだろう?
ひとしきり笑ったイルは、俺に抱きついて寝ているリリアーネに視線をやると、ニヤッと笑った。
リリアーネは少し恥ずかしそうに顔をにやけながら、むにゃむにゃと眠っている。時々、喘ぎ声にも似た寝言を喋っている。一体どんな夢を見ているのだろう?
『ほう。面白そうな夢を見ているな。コヤツの願望か…。ふむふむ。主様と……なかなかに過激。少し覗いていこう』
「過激って…リリアーネは何の夢を見ているんだ。イル。ほどほどにな」
『わかっている』
スゥっとイルの姿が薄れて消えていく。リリアーネの夢を覗きに行ったようだ。
彼女は気まぐれだから、また好きなタイミングで姿を現すのだろう。
まあ、夜の営みの時は結構な頻度でいるから大丈夫か。
イルとの会話を終えた余韻に浸り、そして、俺はしなければならないことを思い出した。
お散歩に行った日蝕狼と緋彩に連絡を取らなければ!
ちょうどいいタイミングで念話が届く。
『ご主人様』
『日蝕狼か。丁度念話をしようとしてたところだ。どうかしたか?』
『はい。盗賊を発見しました』
頭が急に冷静になる。心と身体がサァーっと冷たくなるのを感じた。
殺気を放出させないように懸命に抑える。
『………………盗賊か。今すぐ向かう』
『あっいえ。説明不足でした。盗賊は既に殲滅……消滅しました。塵一つ残らず。緋彩によって』
『だって暴れたかったんだもーん! 反省も後悔もしていない!』
『………そうか』
緋彩らしいと言えば緋彩らしい。
絶対に日蝕狼が止める間もなく滅ぼしたな。
日蝕狼が頭を抱えた様子が目に浮かぶ。
俺が対処したとしても、どうせ結果は変わらないから問題ない。
『捕まった人はいませんでした。痕跡もありません。持ち物は武器と少しのお金。腐りかけた水と飲み物。武器とお金は回収し、アジトごと全て燃やし尽くしました』
『二人ともお疲れ』
『まだ燃やし足りなーい! ここら辺に火をつけていい? ゴォーって!』
『止めろ! 放火魔!』
『えぇー! ブーブー!』
『後で相手をするから』
『よっしゃー! 灰にしてやるぞ!』
灰にするのは止めてください。熱いから。
ちょっと戦ってストレス発散させたら大人しくなるだろう。
でも、相手は不死鳥だからなぁ。油断すると本当に燃やしてくるから大変なんだよ。
『ご主人様。では、そろそろ戻ります』
「シラン殿下!」
わかった、と日蝕狼に返事をしようとして、ランタナから呼ばれた。少し待ってて、と日蝕狼に伝える。
「ランタナ? どーした?」
「殿下。行程が少し遅れているようです。このままだと明るいうちに宿場町にたどり着くことはできません。少しペースを上げます」
あぁー。ちょっとのんびりしすぎたかなぁ。
でも、ペースを上げると馬とかに負担をかけるから、出来ればしたくない。
頭の中に地図を思い浮かべ、馬車のスピードを計算して予測を行う。
ふむふむ。結構なスピードで走らないと明るいうちには着かないな。
他に手段は無いかなぁ……。
おっ! 良い場所があるじゃないか!
「ランタナ。少し先に湖のほとりのキャンプ場があるだろ? そこに今日は泊まらないか?」
「しかし…」
「暗い夜道は危険だろ? 野営の準備もしてるし、そのほうが安全だと思うんだが、どう思う?」
「………他の行商人や冒険者もいるはずですよ」
「俺は気にしない。じゃあ、こう言おう。王子の強権を発動する! 今日はキャンプ場に泊まるぞ!」
「……かしこまりました。総員! プランCに移行します!」
ランタナが言いたいことを飲み込んで、俺の我儘に頷いた。そして、近衛騎士たちに計画の変更を告げる。
というか、キャンプ場に泊まる計画もあったのかよ! プランCはキャンプのCだよな!?
まあ、いいや。後は近衛騎士たちにお願いしよう。
俺の我儘に振り回されている近衛騎士たちには、後で労ってあげよう。
『日蝕狼~! 緋彩~! 湖のほとりのキャンプ場に泊まることになったから!』
『ほ~い!』
『わかりました。では先に向かい、確認をしておきます』
日蝕狼は真面目だな。
そんな彼女にいつも助けられている。本当にありがたい。
ご褒美をあげたいんだけど、日蝕狼が喜ぶことは何だろう? 一日デート権? 今度聞いてみよー。
『日蝕狼、緋彩、頼んだ』
『ほいほ~い!』
『はい!』
お読みいただきありがとうございました。




