第70話 のんびりとした道中
ポカポカ陽気。本日もユラユラと馬車に揺られております。
婚約記念旅行としてローザの街に旅行に行く俺たちは、近衛騎士団に護衛されながら順調に進んでいる。
整備された道の両側は青々とした樹々の森が広がっている。草木のいい香りもする。
ローザの街まで丁度三分の一くらいだろう。昨晩は宿場町に泊まって、ジャスミンやリリアーネ、使い魔たちとイチャイチャしました。
まあ、現在進行形でイチャイチャしていますが。
心地良い気温のため、俺は婚約者のリリアーネと使い魔のソラを連れて、馬車の屋根の上に寝そべっている。ソラとリリアーネは俺に抱きついてスヤスヤお昼寝中だ。二人の寝顔はとても可愛らしい。他にも、小型化したモフモフの使い魔たちが身体の上に乗って寝ている。
見ているだけでとても癒される。みんなの温もりと太陽の日差しが温かくて気持ちいい。
「殿下! お願いですから馬車の中にお戻りください!」
馬車を護衛する近衛騎士団第十部隊部隊長のランタナが懇願してくる。これで何度目だろうか? 若干諦めの色を感じる。仕事上注意している感じだ。
「大丈夫大丈夫! というか、今動けない!」
ランタナに手を挙げて答えた。
お昼寝している皆に声が届かないように魔法で防いでおります。
はぁ、と深い深いため息をつき、頭を抱えているランタナ。
近衛騎士の仕事をしているジャスミンも同じく頭を抱えている。
そよ風も吹いて心地良い。絶好ののんびり日和だなぁ。
『むぅ~! 遅い! もっと速く走りた~い!』
馬車を引く一角獣のピュアがぶつくさと文句を言っている。二角獣のインピュアも同意している。
昨日出発してからずっと俺に文句を言い続けているのだ。
『でも、ピュア、インピュア。速く走ったら、あっという間に着いて、馬車を引けなくなるぞ?』
『なん……だと!?』
『それはそれで嫌ね』
使い魔の二人は、俺が乗った馬車を引くことが大好きなのだ。他の馬車に乗ったら拗ねてしまう。この役割だけは二人だけの特権だ。
『たまにはゆっくりのんびり進むのもいいじゃないか。目的地に着いても不満だったら乗ってあげるから』
『約束!』
『絶対よ! 約束を破ったら許さないから!』
ご機嫌になったピュアとインピュアの二人と約束し、俺たちはのんびりとした時間を過ごす。
どれほど時間が経っただろうか?
ウトウトしていたら、森の奥から小さな遠吠えが聞こえてきた。
近衛騎士たちがサッと警戒し、俺の傍でビシッとお座りしていた黄金の毛並みの仔狼、日蝕狼がピンと耳を立てて、遠吠えが聞こえた方角を向く。
どうやら犬や狼系の魔物らしい。
日蝕狼が青空に向かって吠える。
「アォォオオーーーーーーーーン!」
日蝕狼の遠吠えが辺り一帯に響き渡る。シーンと静まり返るが、すぐにいくつかの吠え声が返ってきた。
『スコル。魔物か?』
『ええ。そのようです。力の差もわからない野良犬ですね。私の声に発情しているようです』
『発情…ね』
『ふふふ。ご主人様がヤキモチを焼いています』
『うっさい! それで? こっちに来そうか?』
『来ていますね。ちょっと散歩がてら潰してきます。緋彩をお借りしますね』
黄金の仔狼は俺の身体の上でスピースピーと寝ていた赤い小鳥をハムっと咥えた。赤い小鳥の緋彩が驚いて目を覚ます。
『えっ! えっ!? 何事!? もう着いた?』
『着いてません。ちょっと付き合いなさい。最近貴女はぐーたらしすぎです! サボっているのを知っていますよ!』
『うげっ!? あっちょっと! 食い込むぅ~! 牙が食い込んでるからぁ~!』
『甘噛みです!』
日蝕狼が赤い小鳥をハムハムと甘噛みしたままブンブンと顔を振る。
緋彩が悲鳴を上げる。
『ぎゃー! 目が回る~! あっあっ! 羽が抜けちゃう! もうちょっと優しく扱ってよ!』
『優しく扱っているではありませんか』
『私は小鳥なの! 鳥は骨がスカスカなの! 骨粗鬆症なの! ポキッて折れちゃうから!』
『不死鳥の貴女ならすぐに治るじゃないですか! さあ、行きますよ!』
『いぃ~やぁ~! 誰か助けてぇ~! ご主人様ぁ~!』
日蝕狼が緋彩を咥えたまま、ピョンッと馬車の荷台から飛び降り、尻尾をフリフリさせながら森の中に飛び込んで消えていった。
ピィピィ鳴いて激しく抵抗する緋彩の声もすぐに聞こえなくなった。
俺の頭の中では泣き叫ぶ声が響き渡っているけど。
罵詈雑言の嵐は止めてくれませんかね? 頭が痛くなりそう。
「シラン殿下! 今、モフモフの子犬ちゃんと小鳥ちゃんが森の中に! 殿下の契約している使い魔ですよね!? 危険ですよ!」
ランタナが悲鳴を上げる。他の女性の近衛騎士団も心配そうだ。今にも森の中に飛び込んで、助けに行きそうだ。
そんな彼らに俺はヒラヒラと手を振る。
「大丈夫大丈夫。運動がてらお散歩に行ってくるって!」
「お、お散歩!?」
「ついでに魔物も追い払ってくるって。放っておけば帰ってくるから気にしなくていいぞー!」
釈然としていないが、ランタナたち近衛騎士団は無理やり俺の言葉を信じるようだ。
近衛騎士である彼らの目的は俺の護衛だ。俺から離れるわけにはいかない。
俺たちはローザの街に向けてゆっくりと進んでいく。
心地良い温もりを感じ、抱きついているリリアーネやソラたちの甘い香りを深く吸い込み、俺はまどろみに身を任せるのだった。
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