第67話 親龍祭の出し物
「うぅ……温泉……ローザ地方……温泉……」
栗色の髪の少女が、ずっとグリグリと机に突っ伏して呻いている。
それほど行きたいなら連れて行くんだけど、ソノラは予定が詰まっているらしいからなぁ。
でも、体中から、行きたい行きたい行きたい、とオーラを放出しているなぁ。
孤児院のちびっ子たちが俺に、何とかしろよ、という視線を送ってきている。
はいはい。何とかしてみますよ。
「ソノラ」
「はい……」
「ソノラの予定はずらせないのか?」
「………無理です。親龍祭の準備なんです。今が一番忙しいんです」
ソノラがガックリと落ち込んで、ウルウルとした瞳で俺を上目遣いで見上げてくる。
ちょっとドキッとしてしまったのは俺だけの秘密。
化粧っ気がないけど、ソノラは美少女なんだよな。普段の元気な笑顔で可愛さや美しさを補っているけど、ちゃんと化粧をしたらすごいことになりそうだ。
それにしても親龍祭か。もうそんな時期か。
「二ヶ月後だっけ?」
「正確には二ヶ月半後ですけど」
親龍祭は年に一度、ドラゴニア王国が崇める白銀の龍に感謝を捧げるお祭りである。
その日は、王国中で祭りが行われ、特に王都の祭りは有名だ。
国民だけじゃなく、隣国からも観光客が訪れる。各国の要人も招いたりもする。
そして、普段は聖域に住んでいると言われる神龍が、俺たちの前に顕現するおめでたい日でもあるのだ。
白銀の龍は言葉をなくすほど美しく、可憐で、優雅で、崇高で威厳に満ち溢れている。
俺も初めて見た時は感動した。
そのおめでたい日が二ヶ月半後に迫っている。
国民たちは数カ月前からお祭りの準備を始め、だいたい今頃から大忙しとなるのだ。
「何の準備をするんだ?」
「街のお手伝いとか、コンテストの準備とか、孤児院のお手伝いです」
「コンテスト?」
親龍祭のコンテストとは何ぞや? 俺、聞いたことが無いぞ? 今年から行われる催しか?
ソノラが恥ずかしそうに頬を赤くしている。
「ファタール商会が開催する『働く女性コンテスト』っていうのがあるんです……」
「………もしかして、出場者か?」
「………はい」
「よっしゃ! 絶対に観に行って揶揄ってやる!」
「止めてぇ~! 殿下にだけは知られたくなかったのぉ~!」
真っ赤になって喚き散らし始めたソノラは、隣に座っていたレナちゃんと、レナちゃんを可愛がっていたジャスミンの二人を丸ごと抱きしめる。
おっとっと、と倒れそうになり何とか持ち堪えたジャスミンが、ソノラの頭を優しく撫でる。
レナちゃんも真似をしてポフポフと軽く叩く。
とてもほっこりする光景だ。
「ジャスミン様ぁ~! リリアーネ様ぁ~! 殿下を止めて下さぁ~い! 婚約者のお二人なら殿下を何とかできますよね!?」
「どうせシランならどこかで知って観に行ったわよ。というか、私も行きたい」
「あっ。私もです」
「うわぁ~ん! 裏切者ぉ~!」
仲良くなった二人に裏切られたソノラが、レナちゃんに頬ずりする。ソノラの味方はレナちゃんしかいない。レナちゃんは天使の笑顔でポンポンと頭を叩いて慰めている。
流石癒しの天使。俺も癒されたい!
隙あり、とジャスミンの膝の上からレナちゃんを奪ったソノラは、自分の膝に座らせて可愛がり始めた。癒しの天使を奪われたジャスミンの顔が絶望に染まる。
「はい! この話題は終了です! コンテストの話は終わりです! 孤児院の話に移りましょう! そうです! 皆! 丁度いい機会だから殿下に相談に乗ってもらったら?」
持ち前の切り替えの速さで立ち直ったソノラは、強引に話の誘導を行う。
孤児院のちびっ子たちが、やれやれ、と大人びた雰囲気で肩をすくめて嘆息し、俺の身体をよじ登り始める。
だから、なんで俺の身体を登るっ!? 俺は木かっ!? お前らは猿かっ!?
「なあ、兄ちゃん? オレたち、祭りでなんか売りたいんだけどさ、何にするか迷ってんだよ」
「どーすればいいと思うー?」
俺の両肩からヒョコっと小さな顔が現れる。両腕にもぶら下がってきたり、前からも登ろうとするちびっ子がいる。
あぁもう! 全員宙に浮かべてやる!
俺は魔法を発動させた。
「何を売りたいんだ? 物か? 食べ物か?」
「うぉぉおおおおおおお! あっ、食べ物の予定だぞ!」
「ひゃっほぉ~い! 手ごろに食べられて、なおかつ長持ちするヤツな!」
「いぇぇえ~~~~~~い!」
店の中をちびっ子たちが飛び回る。泳いだり、歩いたり、回転したり、座ったまま優雅に移動したり、子供たちは楽しそうだ。全部操作しているのは俺ですけど。
「う~ん……そうなると、クッキーとかが楽なんじゃないか?」
「やっぱそうなるよなぁ~」
「でも、インパクトがないんだよなぁ」
「溶岩牛や宝石山羊とは言わないけど、せめて炎牛とか鉱石山羊のお乳を使いたいのよねぇ。お兄ちゃん、伝手とかない?」
空中に座って真面目に本を読んでいた少女が、チラッと俺に視線を向けた。
溶岩牛、宝石山羊、炎牛、鉱石山羊は全て魔物の名前だ。それも結構珍しい魔物。
普通にいる火牛→炎牛→溶岩牛と進化し、土山羊→鉱石山羊→宝石山羊と進化する。
炎牛、鉱石山羊だけでも超珍しいのに、特に溶岩牛と宝石山羊は、一目でも見ることができたら一生自慢できるくらいのレアリティだ。神牛、神山羊とも呼ばれている。
「流石にシランでもそれは無理よ」
「ですね。殿下にも出来ないことはありますよね。無理言っちゃってすいません」
「いや、普通に伝手あるぞ」
「「あるのっ!?」」
ジャスミンとソノラが驚きで同時の声を上げた。リリアーネも孤児院のちびっ子たちも驚いて固まっている。
驚いていないのは、話が分からずお菓子をもきゅもきゅと食べているレナちゃんくらいだ。
「それも溶岩牛と宝石山羊の伝手が。というか、普通に契約してる」
溶岩牛と宝石山羊の二人は現在俺の屋敷の厨房で料理を作ってくれています。料理人です。屋敷の乳製品の料理は二人のおっぱいで出来ております。
これ、ジャスミンとリリアーネには言わないほうがいいかな? 毎朝搾りたてなんだけど。
「シラン……あんたどれだけ常識ないの? ぶっ飛びすぎ」
「シラン様! 今度紹介してください!」
「いや……二人もよく喋ってるじゃん。厨房のマグリコットとカラムが溶岩牛と宝石山羊だぞ」
「えっ!? あのおっぱいが大きなおっとり系美人の二人?」
「マグリコット……もしかして、マギーさんですか? おっぱいが大きな」
「そうそう。その二人。ソノラも孤児院のちびっ子たちも知ってるだろ?」
マグリコット、通称マギーとカラムは、孤児院に差し入れするときによく連れて行っているから、ちびっ子たちも知っているはずだ。
あのおっぱいが大きい姉ちゃんたちか、とちびっ子たちが頷いている。
「兄ちゃん! あの姉ちゃんたちのおっぱいくれ!」
「やらんっ! あの二人の胸は俺のものだ!」
「うわぁ…最低」
「流石に引きます…」
「おっぱい星人」
「変態」
「スケベ」
「色欲魔」
「キモ…」
酷い! みんなが俺を虐める! 冷たく蔑んだ瞳で俺を睨んでいる!
少年たちだってあの巨乳にダイブしに行くだろうが! 人のこと言えないだろ! それに、男は皆、おっぱいちっぱい問わず、女性の胸が大好きなんだよ!
俺の心が深く深く傷ついた。
こういう時は癒しの天使に縋りつくしかない。
「レナちゃ~ん! みんながイジメてくる~!」
「おにいたん……淫魔!」
「ぐはっ!?」
俺は床に崩れ落ちた。レナちゃんまで俺を…。
レナちゃんに悪い教育を施したソノラには後でお仕置きです。
四つん這いになった俺の背中にちびっ子たちが乗ってくる。
「兄ちゃん! 乳くれ! おっぱいくれ!」
「ミルクをくれないとカンチョーするぞ!」
「わかった! わかったから! ミルクをやるからカンチョーは止めろ!」
わーい、とちびっ子たちが嬉しそうに俺の背中の上で飛び跳ねる。
うおっ!? 誰だ今カンチョーしてきたやつ!? 後で捕まえてお説教だ!
盛り上がっているちびっ子たちに、俺は大声で言う。
「ただーし! タダであげるわけにはいかない! 対価を払ってもらおう!」
「「「じゃあ、ソノラ姉ちゃんで!」」」
「ふぇっ!? わ、私!?」
「ソノラはいらねぇーよ! なんで人身売買しないといけないんだ! 祭りの期間中、俺に無料でクッキーを一袋献上すること! どうだ?」
「ふむ……悪くない。兄ちゃんの分は無料で献上しよう。兄ちゃん、契約成立だ!」
少年の一人が手を差し出してくれたので、俺も手を差し出して契約成立の固い握手を行う。男と男の約束だ。破ったら酷いことするからな?
「それと、兄ちゃん?」
「んっ? どうした?」
「うしろ」
「へっ? うしろ?」
背中にちびっ子たちを乗せ、四つん這いのままの俺がゆっくりと背後を振り返ると、涙目でプルプルと怒りに震える栗色のポニーテールの少女がいた。
静かに金属製のお盆を振りかぶっている。
「………そうですか……私はいりませんか…」
「ソ、ソノラ……さん?」
「殿下なんか女性にめった刺しにされたらいいんです! ばかぁー!」
風を切って振り下ろされたお盆が、バッコーンと俺の頭に直撃する。
俺の悲鳴が『こもれびの森』の店内に響き渡る。
その後も、何度も何度も金属製のお盆が振り下ろされ、バコンバコン頭を叩かれる。
滅茶苦茶痛い!
最終的に、ソノラが俺の背中に座りプンプンと怒って拗ねていた。
しばらくの間、俺はぷくーっと頬を膨らませて拗ねるソノラをなだめて、ご機嫌取りに勤しむのであった。
お読みいただきありがとうございました。
一部名前にミスがありました。
『マグリット』ではなく『マグリコット』でした。
修正しました。




