第56話 フィニウム家 (改稿済み)
ジャスミンの母親アヤメ・グロリア公爵やリリアーネの父親ストリクト・ヴェリタス公爵に言い負かされたジムナスター・サバティエリ侯爵。
ここで貴族派の貴族たちは諦めるかと思いきや、ずいっと進み出てくる人物が一人。
俺の元婚約者の父親、ロエアス・フィニウム侯爵だ。
「今度はフィニウム侯爵か」
「はい、陛下。私からも一つよろしいでしょうか?」
「いいだろう。話せ」
父上が国王らしく横柄に頷いて発言を促す。
フィニウム侯爵は軽く頭を下げ、話し始める。しかし、声には明らかに侮蔑の感情が含まれていた。
「シラン殿下は良くない噂があちらこちらから聞こえております。そのような方と婚姻をさせてもよろしいのですか、グロリア公爵殿、ヴェリタス公爵殿?」
「私は構いませんよ。噂は所詮噂。私にも悪い噂はありますから。逆に悪い噂がないほうが疑わしいと思いませんか? ねえ、ヴェリタス公?」
「そうだな。少しくらいずる賢いほうが娘を任せることができる。しかし……くぅ! 愛しのリリアーネがぁ~!」
もはや親バカを隠すことができなくなったヴェリタス公爵は俺をキッと睨んでくる。
普段はザ・武人って感じの人なんだが、娘が絡むととことんダメになる。
まあ、これは有名なことだから、別に誰も注意はしない。
「シラン殿下は毎日娼館に通っておりますぞ!」
フィニウム侯爵は王国中が知っていることを暴露する。
う~ん……ずっと前からだからなぁ。今更って感じだ。
というか、それを承知でリデル嬢と婚約を望んだんじゃなかったっけ? もう破棄されたけど。
公爵たちは全く動じない。流石最上位の貴族の当主だ。
「あら。それくらい精力が旺盛なら、子供がたくさんできそうで良いことではありませんか。貴方がたの言う血筋が残せますね。ジャスミン、頑張りなさい。私、可愛い孫が見たいわ」
「はい……」
母親におっとりと微笑みを向けられたジャスミンは、俺をチラッと見て、真っ赤になって恥ずかしそうに俯く。
ずっと唸っていた親バカのヴェリタス公爵もグロリア公爵の言葉に反応する。
「孫!? リリアーネの子供!? 可愛らしいに決まっているではないかっ!? し、しかし、我が愛しのリリアーネが嫁ぐのは……でも、リリアーネの子供も見たい……私はどうすればいいのだ!?」
公爵が天を仰ぎ、嘆いている。
親バカすぎませんかね? 少しは隠しましょうよ。さっきみたいに。
そんな公爵に、真っ赤になってもじもじとしているリリアーネが小さな声で告げた。
「お父様? 私、赤ちゃんが……欲しいです」
「よしっ! いいだろう! 頑張りなさい!」
「はいっ!」
リリアーネに激甘だな! こんなのが公爵でこの国は大丈夫なのかっ!?
まあ、妻の下着を嗅ぐのが趣味の変態が国王だから、今更か。
ことごとく意見を潰される貴族派たちはギリッと奥歯を噛みしめている。
普段から俺に嫌がらせをしてくるから、彼らの悔しそうな顔を見ているだけで楽しい。
「殿下は毎日他の女を抱いています。不義理な殿下に娘を任せることができるのですかっ!?」
「おやっ? それを貴方が言いますか? フィニウム侯爵? ご息女は殿下と婚約していながら不貞を働いていましたよね? 全て知っていますよ」
「ぐっ! それは全て誤解なのです! 娘は不貞を働いておりません! 全て殿下がジャスミン嬢とリリアーネ嬢の二人と結婚するために仕組まれたことなのです! 娘は悪くありません! 殿下が企んだことなのです!」
俺のせいですかー。全部俺のせいですかー。そうなりますよねー。
ただ、フィニウム侯爵? 俺が婚約破棄されたのはリリアーネと出会う前なんだけど。
貴族派の貴族たちは、そうだそうだ、と頷いているが、父上も公爵の二人も呆れかえっている。
「それに、我が娘リデルは、殿下の子供を孕んでおります! 責任を取ってください! リデル、来なさい!」
おぉ? 何やらおかしな話になったぞ? 俺、一度もリデル嬢とした覚えはないんだけど。
だから、ジャスミンさん、リリアーネさん。俺を睨んで背中を抓らないでください。とても痛いです。
少し遠くに待機していたリデル嬢が高飛車な態度で近寄ってきた。
今日の舞踏会は子連れ参加オーケーなのだ。
相変わらずリデル嬢は金髪ドリルにスカートがふんわりと大きなドレスだった。踊ることを考えていない衣装。指や首には似合っていない趣味が悪いアクセサリー。お腹周りにはきついコルセット。
ねえ? 俺たちを騙そうとする気ある?
明らかに妊娠していないじゃん! 妊娠していたらコルセットなんてつけないでしょ!
「あいつ……!」
リデル嬢を見た瞬間、ジャスミンから怒気が放たれ、今すぐにでも襲い掛かりそうだったので、俺は首筋に吸い付いて動きを強制的にストップさせる。
リリアーネも動き出しそうだったので、今度はリリアーネの首筋を甘噛みする。
「……ごきげんよう」
猫の皮を被ったリデル嬢が、お嬢様らしく挨拶をする。
一瞬蔑みの瞳で俺を一瞥したリデル嬢。俺って嫌われているなぁ。
「我が娘、リデルは殿下のお子を妊娠しております。また、先日ジャスミン嬢とリリアーネ嬢から殺されそうになったと聞きました。そうだな、リデル?」
「はい、お父様。わたくしのお腹には殿下の赤子がいますわ。先日、報告し殿下を伺ったところ、殺されそうになりましたの……」
はいはい。どうどうどう。お二人さん落ち着いて。リデル嬢を殺そうとしないで。
今度はジャスミンとリリアーネの耳をハムハムカプカプと甘噛みする。途端に腰が砕けて俺に縋りついてくる二人。これで何とかなったか。
「ふむ。シラン、どうなんだ?」
父上が俺に問いかけてきた。全員の視線が俺に集まる。
「えっ? 全然違いますけど。俺は一度もリデル嬢と子作りをしていませんし、先日と言うのはお茶会の出来事ですよね? ヴェリタス公爵家に無理やり押し掛けて、罰金をなくせって命令してきました。あまりに無礼だったので、二人は公爵家の娘として動いただけです。近衛騎士の証言もありますよ?」
渾身のドヤ顔をしたら、貴族派の貴族たちからいくつかのブチッという音が聞こえた気がする。
堪忍袋の緒が切れた? あまりの怒りで血管が切れた? やーいやーい!
「と、我が息子は言っているが?」
「陛下は我ら忠実な臣の言葉を信じず、無能王子を信じるのですかっ!?」
サバティエリ侯爵が思わず声を荒げた。シーンっと周りが沈黙する。
いやだから、近衛騎士の証言もあるって言ったじゃん。
誰も怒気や殺意を放たないのが逆に怖い。
んっ? いつも真っ先に怒る人が怒っていないだって? 我が幼馴染は俺の技術によって、それどころではないのですよ。ちゃんと言葉を聞いているかどうかも怪しい。
ジャスミンって結構敏感体質なんだね。意外で可愛い。
現在、喘ぐジャスミンとリリアーネに注目が集まらないように、僅かに認識阻害の魔法と幻術を発動させております。
父上がギロリと鋭い眼光で侯爵を射抜く。
「ほう。国王である俺の前で言うとは良い度胸ではないか、サバティエリ侯爵」
「事実は事実です! 王族としての義務を果たさず、我ら民の血税を用いて毎日女遊びに耽る無能の王子! それのどこが間違っていますかっ!? 彼は王族に相応しくない!」
「王族の義務は血を残すことですぅー! それを行っているのに、何故怒られないといけないんですかぁー? 貴方がた貴族だって民の税を使って娼館に通っているじゃないですかー。何故俺だけ怒られないといけないんですかぁー?」
俺は侯爵を煽ってみた。
サバティエリ侯爵の顔が、憤怒で赤黒く染まる。他の貴族たちにも薄ら笑いを浮かべてみたら、同じように怒りで真っ赤になった。
すぐ反応してくれるので、実に揶揄い甲斐がある。
「リデル嬢もいつもみたいに俺を王国の恥だとかゴミクズだと罵らないんですか? あちらにいつもの取り巻き達がいますよね? みんなに命じないんですか?」
「そ、そんなこと一度も言った覚えはありませんわ! 婚約破棄したわたくしを貶めるための嘘なのですわ! わたくしのお腹には貴方の子がいますのに!」
「本日はリデルや殿下のご親友も何名かいらっしゃっています。彼らにも話を聞くべきです!」
おうおう。焦っておりますなぁ。
ぞろぞろとリデル嬢の取り巻き達がやってくる。いつも俺をボコボコにしていた奴らだ。
国王陛下の前だから全員緊張している。
口を開きかけたところで、父上から忠告される。
「一つ先に言っておこう。俺は全て知っているぞ。嘘をつかないほうが身のためだ」
「っ!?」
国王の覇気に気圧された貴族の子息や令嬢たちの顔が真っ青になり、ガクガクと震え始める。
誰も口を開かない。親である貴族たちに促されても黙ったままだ。
フィニウム侯爵が僅かに頬を強張らせ、青くなりながら父上に問いかける。
「へ、陛下? 全て知っているとは……?」
「こういうことだ。誰か!」
父上が虚空に呼びかけると、すぐそばに闇が盛り上がり、黒いローブと白い仮面をつけた暗部の人間が姿を現した。息をのむ声や小さな悲鳴が聞こえる。
今日の担当は俺の使い魔であるハイドだ。
ハイドは父上に書類を渡すと、また闇の中に溶けて消えていく。
「あ、暗部っ!?」
「何を驚く? 暗部は国王である俺の直属の部隊だぞ」
ほとんどの貴族が恐怖で後退っている。顔は青ざめ、冷や汗が滴り落ちている。
平気な顔をしているのは公爵の二人くらいだ。
「暗部が調べた情報がここに書いてあるが、確認するか?」
父上は貴族派の貴族たちにポイっと書類を投げた。
サバティエリ侯爵やフィニウム侯爵など、貴族たちの顔が真っ青になる。
たぶん、犯罪行為が示された情報が書かれていたのだろう。
リデル嬢も顔を真っ青にしている。不貞を行っていた証拠や、俺へ嫌がらせをしていたこと、悪口を広めていたこと、俺に暗殺者を送り込んでいたことの証拠が事細かく書かれているからだ。
俺が頑張って調べて書きました。
国王ですら諜報暗殺部隊を持っているくらいだから、貴族たちも裏事は必要だ。
実際、公爵家には公爵家の暗部が存在する。
流石に罰則を行う程ではなかったが、これは警告だ。父上から貴族たちに対する最後通牒だ。
「さて? 何か言いたいことはあるか、サバティエリ侯爵?」
「……ありません」
「フィニウム侯爵は?」
「……ありませぬ」
「誰かシランの婚約に反対する者はいるか?」
貴族派の貴族たちや、ずっと盗み聞きしていた貴族たちにも確認を取るが、反対する者は誰もいない。
父上は満足そうに頷いた。
「なら、改めて、シランとジャスミン・グロリア嬢とリリアーネ・ヴェリタス嬢との婚約を宣言する!」
貴族たちは俺を射殺さんばかりに睨みつけているけれど、渋々拍手をしている。
ドヤ顔をしたらもっと殺気が放たれた。うぅ~怖~い。
「シラン、どうする? サバティエリ侯爵を不敬罪で処罰することもできるが。フィニウム侯爵やリデル・フィニウム嬢も偽証罪で訴えることもできるが?」
「なぁっ!?」
「へ、陛下!?」
「わたくしもですのっ!?」
何を驚いているのだろうか、この三人は。
処罰されるのが普通だと思うぞ。王子の俺を公の場で非難し、国王に嘘をついたんだから。
父上は俺に判断をゆだねた。でも、面倒なので、すっ呆けることにする。
「えっ? そんなことありましたっけ? ジャスミンとリリアーネの二人とイチャついていたのでよく覚えていませんね。イチャつきたいんで席に戻ってもいいですか?」
「まあ、いいだろう。今回はシランが覚えていないことにより不問にする。俺も忘れる。ただし、次はないぞ! わかったか?」
「「御意」」
侯爵を始めとする貴族たちが頭を下げた。でも、絶対に顔は憎々しげだろう。
父上がアンドレア母上を誘って席へと戻り、貴族たちが解散し始める。
俺を最後に睨みつけることを忘れない。
さてと、足がガクガクしている二人を座らせてあげましょうかね。俺もずっと立ちっぱなしで疲れました。
俺たちが席に戻ろうとすると、アヤメ・グロリア公爵から声がかかる。
「では、殿下。また後で」
おっとりと微笑んだ公爵が優雅に立ち去っていく。
ストリクト・ヴェリタス公爵も俺を鋭く睨んで離れていった。
また後で、ということは、話があるから来いってことだ。
わかりました。行きたくないけど伺えばいいんでしょう!
取り敢えず、俺は婚約者となったジャスミンとリリアーネを抱えて、自分の席に戻るのだった。
お読みいただきありがとうございました。




