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第36話 看板娘

 

 八百屋で少し休憩し、孤児院のちびっ子たちと遊んだ後、俺はジャスミンとリリアーネ嬢と街の中を歩いていた。

 あちこちから声がかかる。魚屋のお爺ちゃんだったり、肉屋のおっちゃんだったり、お菓子屋のお姉さんだったり。

 たくさんの人とお喋りして貰い物もしてしまった。

 ジャスミンとリリアーネ嬢も初めて入ったお店に瞳を輝かせていた。

 程よいお昼の時間になってしまった。あちこちからいい香りが漂い、少しお腹を刺激し始める。


「そろそろお昼にするか?」

「いいわね」

「そうですね」


 二人からも了承を得たということで、俺はあるお店に案内する。

 大通りから外れた路地裏。別に汚い場所ではないが、人通りも少なく薄暗い路地だ。

 その路地の奥に進むと、一気に場所が変わる。

 まるで絵本の中の世界のようだ。

 敷地の中には樹々や花々が綺麗に並んでおり、建物は木で出来たログハウス。

 山の中にひっそりとたたずむ別荘のようで、王都では場違いに思えるこのお店が目的地だ。


「さあ、お嬢様方。レディーファーストです」


 目を丸くして驚いている二人に、執事のまねごとをしてお店のドアを開ける。

 ドアを開けると美味しそうな香りが漏れ出してくる。

 ジャスミンとリリアーネ嬢は興味深そうに店内へと入っていった。

 店内は木がふんだんに使われており、照明もオレンジっぽくて温かみを感じる。

 俺たちに気づいた栗色の髪が綺麗なウェイトレスが笑顔を浮かべて近寄ってきた。


「いらっしゃいませー! 三名様でよろしいでしょうか?」


 元気な声だ。それに笑顔も元気溌剌として可愛らしい。


「ああ。俺たち三人だ」

「かしこまりましたー! って、殿下じゃないですかー! デートですか? また女の子を引っかけてきたんですか? 初めて見る女の子たちですねー!」


 長い栗色の髪をポニーテールにしたウェイトレスが、馴れ馴れしく俺の傍に近寄ってニコッと笑う。

 ジャスミンとリリアーネ嬢の機嫌がちょっぴり悪くなった。


「と、取り敢えず、席は空いてるか?」

「空いてますよー! 三名様ご案内しまーす!」


 ウェイトレスの少女は、ポニーテールの髪をフリフリしながら席へと案内してくれる。

 四人掛けのテーブルに、ジャスミンとリリアーネ嬢が隣に座って、俺は一人で座ることになった。


「お水でーす!」


 さっきの栗色の髪のポニーテール少女がお水を運んでくれた。


「ありがとう」

「いえいえー! それで? どのようなご関係で?」

「………それを聞くのか、ソノラ(●●●)?」

「はい、聞いちゃいます! 私と殿下の仲じゃないですかぁー!」


 ニッコニコ笑顔のソノラがジャスミンとリリアーネ嬢を見つめている。

 ジャスミンとリリアーネ嬢もソノラをじーっと見つめている。

 なんか剣呑な気配を公爵令嬢の二人から感じるのは気のせいだろうか?


「えーっと、ぶっちゃけるけど、こちらが俺の幼馴染のジャスミン・グロリア。《神龍の紫水晶(アメジスト)》だ。そして、お隣がリリアーネ・ヴェリタス嬢。《神龍の蒼玉(サファイア)》だ」


 ほえー、っとソノラが驚きの声を上げる。

 まあ、そうだろうな。王国でも有名な絶世の美女が二人もいるんだから。


「そして、こっちは隠れ家レストラン『こもれびの森』のただのウェイトレスのソノラ。あのソノラだ」

「初めましてー! あのソノラでーす! ………殿下? あのソノラって、どのソノラですか?」


 訳がわからないソノラ。そりゃそうだろうな。

 うわぁー。やっぱりジャスミンとリリアーネ嬢がじっとソノラを睨んでいる。

 それを軽くスルーするソノラは大物だ。


「さっき二人とデートしていたら、孤児院のちびっ子たちと出会ったんだ」

「あぁー。あの子たちですか。何かねだられました?」

「八百屋でフルーツを少し」

「いつも本当にごめんなさい。今度お説教しておきますね」

「いやいや。気にしなくていいさ。俺が奢りたかっただけだ」


 その時、他の客から注文の声が聞こえてきた。

 ソノラは元気よく、はいはーい、と声を張り上げ、にこやかに注文を受けに行く。

 そして、対面の睨む美女二人と俺は向き合った。


「ど、どうした?」

「今の娘がソノラなのね? へぇ~可愛らしい子じゃない」

「元気いっぱいで明るい女性ですね」

「そ、そうだな。ソノラは元気で明るくて可愛らしいのは認めるな。ここで一番人気のウェイトレスだし」


 今もソノラはあちこちの客から話しかけられ、にこやかに応対している。

 お客はほとんどが男性客だ。それもおじさんが多い。俺とも顔見知りの常連客のおじさんたちだ。

 氷点下の凍える眼差しを受けながら、俺は話を逸らすためにメニュー表を広げる。


「ほ、ほら! メニューを決めよう! ここは文字が読めない人のために料理の絵を載せているんだ!」

「へぇー。あらっ。とっても美味しそうね」

「絵があると見やすいです」


 冷たい瞳だったジャスミンとリリアーネ嬢がメニュー表を見て瞳を輝かせる。

 楽しそうにメニューを決め始めた。

 俺は、ふぅ、と安堵したことは言うまでもない。


「う~ん、どれも美味しそうで選べないわね」

「そうですね。私は自分で選ぶのは新鮮です。いつも選ぶことがないので」


 だよなぁ。貴族とか王族は多少の要望をすることはできるが、ご飯は全て料理人に任せてある。

 だから、自分で好きなメニューを決めるという機会はほとんどない。

 まあ、俺は違うけど。

 しょっちゅう料理人たちが要望を聞いてくる。それに、食べ歩くことも多い。

 キラッキラした瞳で選ぶ二人を密かに愛でている。


「ご注文はお決まりですかー?」


 ソノラが戻ってきた。

 メニューをまだ決めていないジャスミンとリリアーネ嬢がワタワタと慌てている。


「ど、どうしよう!」

「まだ決めていません!」

「あぁー。どれも美味しそうですもんねー。実際どれも美味しいですけど」


 うんうん。どれも美味しいよなぁ。

 全料理を制覇している俺でも、一番は決められない。どれも美味しくて優劣をつけられないのだ。

 だからこそ、俺は二人にアドバイスをする。


「じゃあ、ミックスプレートにしたらどうだ? 一つ一つの量は少なくなるけど、いくつかの料理を楽しめるぞ。また来たかったらいつでも連れて来るし」

「本当!?」

「約束ですよ、シラン様!」


 身を乗り出すほど瞳を輝かせているジャスミンとリリアーネ嬢。


「ああ、約束だ。ソノラ、ミックスプレートのA、B、Cをお願い」

「かしこまりましたぁ! ミックスプレートAを一つ、ミックスプレートBを一つ、ミックスプレートCを一つですね!」

「ミックスプレートABC?」

「ふっふっふ。困惑しているな、ジャスミン、リリアーネ嬢。ミックスプレートA、B、Cはそれぞれ料理が違うのだ! だから、皆でシェアすればたくさんの料理を食べることができる!」

「まぁ!」

「シラン…悪知恵だけは働くわね」


 悪知恵って言わないでよ!

 まあ、俺も通った道なのだ。初めてこのお店に来たとき、俺も料理を決められず、ミックスプレートをみんなでシェアして食べたのだ。

 それ以来、使い魔たちとのデートとの時でもこのお店を利用させていただいています。


「デザートとかは食べ終わった後に決めるか。取り敢えずその三つで。あと、ソノラをお持ち帰りで!」

「ミックスプレートA、B、Cを一つずつ、そして私をお持ち帰りですね! もう! 殿下ったら!」


 照れたソノラは持っていた金属製のお盆でバッコーンと俺の後頭部をぶっ叩く。

 痛い。俺の後頭部が滅茶苦茶痛い。

 忘れてた。ソノラはこういう癖があったんだった。普段は俺の癒しなのに。


「しばらくお待ちくださいねー!」


 栗色のポニーテールをフリフリさせながら、嬉しそうに厨房へと伝えに行くソノラ。

 残された俺は対面の美女から絶対零度の瞳で睨まれている。


「あの…これはソノラが注文を受けてくれた場合のいつもの冗談でな。常連客は皆言ってるからな」


 ほら見ろ! お盆で殴られるのを羨ましそうに見つめる男性客の多いこと多いこと!

 何故かソノラは俺だけしか叩かないんだよなぁ。俺、王子だよ?


「最低」


 冷たい声でジャスミンが呟き、テーブルの下で脛を思いっきり蹴られる。

 それも両足。

 くわぁー! 痛い痛い痛い痛い! 痛ーい!

 俺は脛の痛みで悶絶し、テーブルに突っ伏した。

 それから定期的に蹴られる痛みを我慢しながら料理が運ばれるのを待つのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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