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第335話 獣


「そうかそうか、はつ……え? 発情期? 獣人に数カ月に一度起きるアレ?」


 予想外の病名に、俺はポカーンと間抜け面をさらしながらケレナに問いかけた。


「そうであります!」

「トラウマとかではなく?」

「はい! 完璧に確実にまごうことなき発情期です!」


 発情期……発情期か……。生殖本能が一時的に猛烈に昂る期間。


「獣人種は十代後半から二十歳にかけて第三次性徴が起こり、発情期が始まります。赤ちゃんが作れますよー、産めますよー、という身体の合図ですね。その期間中は好きな相手を求めてしまいます。3~4日続けばとても愛されている証拠です」


 うんうん。それは常識だ。

 偶に発情期に陥った獣人の強姦事件が問題になるけど。

 でも、テイアさんは長くない? もう1週間だぞ。


「テイア様の場合は少し特殊です。今まで過酷な状況に陥っていたため、心身のバランスが崩れ、一度も発情期が来なかったみたいなのです。しかし、現在はお腹いっぱい食べられますし、安心安全な場所で守られています。心と体のバランスがつりあったため、発情期が発生したと思われます」


 ふむふむ。それならば過去と決別したあの夜の後に体調を崩したのも納得できる。


「大人になって罹患すると重症化する病気があるように、発情期の発生が遅くなれば遅くなるほど酷くなる傾向があります」

「それでテイアさんの発情期が長引いているのか」

「他にも理由はありますよ。単純にテイア様がご主人様にベタ惚れなのです」


 はい? ベタ惚れ!?

 いや、まあ何となく好意的だとは思っていたけど。一緒にお風呂に入ることもあるし。

 でも、そこまでなのか!?


「じゅ、獣人は総じてドМ気質なのですっ! はぁはぁ!」

「はいそこー。喘がない。説明の続きをプリーズ」

「御意! 獣人がドМ気質なのは間違いないですよ? 強い者に従う。強い者の子供を産みたい。そういう本能が強い種族なのです。ご主人様、何度かテイア様に荒々しく身体の奥底まで響く押し潰されそうなほど素敵な覇気をお見せになられましたよね?」


 2~3回くらい?

 テイアさんを助けに行った時とか、どこかの馬鹿公子に絡まれたときとか。


「その時、本能が刺激されて理解してしまったのですね。最高の(オス)の存在を」

「いや、雄て……」

「娘共々命を助けてくれた命の恩人。一つ屋根の下で生活して知ったご主人様の人柄や性格。そして圧倒的な強さ。惚れても無理はありません。というか絶対に惚れます! 本能と体がご主人様を求めてしまっているのです!」

「だけど、大切なのは心だろう?」

「多分本人も自覚されておりますよ? ご主人様に襲い掛かろうとする本能を、迷惑をかけたくない、という一心のみで耐えていらっしゃいます」

「まさか、自傷行為っていうのは……」

「逆レイプしようとする気持ちを痛みで紛らわせているだけです。驚くほど強靭な理性です。普通の獣人種なら一瞬で理性が飛んでいるでしょうね。我が同胞(ドМ)の素質があります!」


 ドМのテイアさんを思わず想像……悪くな……ゴホン! ノーコメント。


「あまりに酷くて発情を抑える薬が効きません。現状、安静にして発情期が終わるのを待つしかありません。テイア様もその治療方法を選択されました」

「いつ終わるんだ?」

「不明です」


 テイアさんが俺に反応するというのなら面会に行かなければ酷くはならないだろう。全くなくなるというわけじゃないと思うが、頻度は少なくなるはず。

 しかし、いつ発情期が終わるのかわからない、か。


「言い方からすると、別の方法もあるんだよな?」


 ケレナは『治療方法を選択した』と言った。ということは、治療法は一つじゃないということだ。


「あるにはあるのですが……」

「教えてくれ」


 言い淀むケレナの目をじーっと見つめる。

 ケレナはあっさりと陥落。素直に白状してくれた。


「ご主人様がテイア様を抱けばいいのです」

「はい? それは抱きしめるって意味じゃないよな?」

「もちろん違いますよ。セックスです。性行為です。好きで好きでたまらなくて子供が欲しいと相手を求めるのが発情期なのです。その溜まった愛欲と肉欲を発散させてあげれば早く落ち着きます。搾り取られますけど……」


 な、なるほど。納得した。

 俺とテイアさんがそういう関係になる……俺は彼女のことが好きだし、お嫁さんにしたいって言ったのも半分は本気だったし、俺はいいんだけど問題はテイアさんのほうだ。


「何を悩んでいらっしゃるのですか? 全てはご主人様次第ですよ。テイア様にキスしようものなら一瞬で理性が崩壊します。後はぐっちょりねっとり甘美な痛みを……」

「いやいやいや。テイアさんはドМじゃないから。変態(ケレナ)じゃないから」


 はいそこ! 何故キョトンとしている!? 普通の人は痛いのは嫌だから!


「発情期はこれからも起きます。本人はとても辛くて苦しいのだとか。いっそのこと誰でもいいから、と考えてしまうことも……実際、そういう犯罪がありますし、後々後悔することも……」


 その言葉に思わず悪い想像をしてしまう。他の男に抱かれるテイアさんの姿だ。

 裸のテイアさんがどこかの男とキスをして、絡み合い、交じり合う。お互いに愛の言葉を囁き合う……。

 ギリッと奥歯を鳴らす音で我に返った。

 心の奥底から黒くて暗い怒りと嫉妬が湧き上がっているのを感じる。

 薄汚い独占欲。

 そうか。俺はテイアさんを誰かに盗られたくないのか……。


「くっ! わかった! わかったから! でも、最後はテイアさんの気持ち次第だからな!」

「はい。それがよろしいかと」


 ニッコリと微笑むケレナ。俺がどういう行動をとるのかわかっていましたよ的な微笑みだ。

 全て見越して今まで黙っていたんじゃないだろうな?


「僭越ながら、いくつか助言を――」


 ケレナから注意点や、もしも発作が酷くなった場合の対処法などを聞き、『ご褒美をお待ちしておりますねぇ~』と笑顔で見送られた。

 サムズアップを止めろ!

 ため息をつきたい気分。何度か大きく深呼吸して気持ちを切り替える。

 ドМの変態のことは頭から追い出し、テイアさんのことだけを考える。


 ――にぃに! ママのことお願いね!


 ふとセレネちゃんにお願いされたことを思い出す。まさかこうなることを予感していたのか?

 そんなわけないか。

 俺は覚悟を決めた。後はテイアさんだ。

 テイアさんが休む部屋のドアをノックして、返事があったので中に入る。


「え? シランさん?」


 慌てて起き上がったテイアさんを無視して、ガチャリ、と鍵を閉め、日が降り注ぐ窓もカーテンで遮る。

 薄暗くなった部屋には甘い香りが充満している。

 香水や花の香りかと思ったが、この匂いはテイアさんの香りだ。

 発情期になると異性を誘うために体臭が強くなるという。惹きつけられる魅惑的な香りだ。


「い、一体どうされたんですか?」

「テイアさんならもうわかっているんじゃないか?」


 鋭敏な嗅覚が俺の匂いを捉えているはずだ。本能が刺激され、日長石(サンストーン)の瞳が爛々と輝く。

 ゆっくりと近づくと、テイアさんは距離を取ろうとする。が、その動きは緩慢だ。口では一応拒絶しているという感じ。


「ダ、ダメです。それ以上近づいたら……」

「近づいたらどうなる?」

「そ、それは! ぐっ!」


 本能が求めてしまい意識に俺へと手を伸ばす。それを理性で抑え込んで、もうろうとする意識を痛みで誤魔化そうと腕に噛みつくために口を大きく開け――


「きゃっ!?」


 俺から放たれた圧力に身体が硬直する。

 魔力を解放し、テイアさんを威圧。徐々にその圧力を強くする。

 これはケレナの助言の一つだ。強烈な威圧をして俺という強い(オス)の存在を彼女の深層心理の深いところまで刻みつけろ、と。


「あ……あぁ……それはダメ……です……」


 効果抜群。テイアさんはプルプルと身体が小刻みに痙攣し、フゥーフゥーと息が荒くなる。頬は上気し、瞳が熱っぽく潤む。ゴクリと生唾を嚥下する喉が艶めかしい。


「お願いです……それ以上は……それ以上は本当にダメ……」


 なおも威圧を強める俺。ブルリと身体を大きく震わせたテイアさん。腕で自分の身体を抱き、肌に爪を喰い込ませている。

 湧き上がる欲情と強靭な理性が葛藤しているようだ。


「心の臓が張り裂けそうなほど荒々しく冷たく強烈で鋭い、そんな素敵な覇気を浴びせられたら、私の心が、私の身体が、私の本能が――」



 ――どうにかなっちゃいます……!



 テイアさんのあまりの可愛さといじらしさに俺の理性のほうが先に焼き切れた。

 手を伸ばしてテイアさんの顎の下に添える。そして、ゆっくりと顔を近づけていった。

 全てを察したテイアさんは小さく首を横に振るが、身体は全く動かない。瞳で、それ以上はダメです、と懇願してくる。


「テイアさん。もう我慢しなくていいんだ」


 俺は止まらない。止まれない。お互いの吐息がぶつかり合う。


「で、でも……シランさんに、ご迷惑を……」

「俺は迷惑だなんて思っていない。どうしても俺が嫌だというのなら、もう一度首を横に振ってくれ。もう二度とこんな真似はしないから」

「…………」


 テイアさんの瞳が揺れる。数秒待つが拒絶はない。そして――


「あっ……」


 唇と唇が優しく触れた。音も何もない優しすぎるキス。

 テイアさんの唇はしっとりと濡れていて、脳が蕩けそうなくらい柔らかくて、少し塩味がした。

 潤んだ瞳から透明な涙が一筋ツゥーっと零れ落ちる。

 彼女が何を感じたのか、何を思ったのか俺にはわからない。ただ、俺に対して負の感情は抱いていない、ということだけはわかった。


「あ……あぁ……!」


 無意識に動く手が俺の身体に絡みついてくる。


「俺はテイアさんのことが好きだよ」

「……シランさんは……本当にズルい人です……こうなったらもう……我慢できないじゃないですか……!」


 美しい涙を流しながらテイアさんが優しく微笑む。しかし、それは一瞬のこと。すぐに獣の本能が表に顔を出す。彼女の理性が砕け散った。

 ずっと母親の顔だったテイアさん。今、俺の前で初めて女性の顔をする。

 二度目のキスはテイアさんから。

 獰猛で、妖艶で、荒々しく、美しく、熱烈で、濃厚で、容赦のない、魅力的で、蠱惑的なキス。

 甘い香りが俺を包む。


「ごめんなさい。先に謝っておきます。私、初めて我慢しません。だから――」



 ――獣になっちゃいますね!



 理性が砕け散って本能に支配されても、この茶目っ気はテイアさんだ。


「お手柔らかに頼む」

「ふふっ! 嫌です! というか無理です!」


 獣になったテイアさんによって俺はベッドの中に引きずり込まれた。









 肉体関係になって、俺はテイアさんの新たな一面を知る。

 テイアさんは爪を突き立てたり、噛み癖やキスマークを付ける癖があるということ。

 そして、若干ドМ気質で従属欲求があるということ。

 どこかで新たな同胞の予感に喜ぶ変態の声が聞こえた気がした……。



 テイアさんの発情期が終わるのにかかった期間――17日。

 安静にしていた期間が7日で、俺と恋人関係になって10日である。

 その10日もの間、体中に引っ搔き傷やマーキングを付けられながら、食事やトイレ、僅かな睡眠以外の全て時間、俺はテイアさんに貪り喰われたのだった。




お読みいただきありがとうございました。


テイアさん、おめでとう!

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