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第328話 極楽

 

 湯けむりが漂う露天風呂。空には満天の星々。

 スタイル抜群の美しき女性たちが艶やかな水着を着て、しかしエロティックな素肌を惜しげもなく披露して他愛もない話に盛り上がっている。


 引き締まった腰回りが美しい紫水晶(アメジスト)のジャスミンは(ふち)に座って足湯中。軽くバタ足して波紋が揺れる。


 艶やかな黒髪を結い上げて半身浴をする蒼玉(サファイア)のリリアーネがお湯を肩にかけた。肌を伝う透明な雫が胸の谷間に消えていく。


 自分の成長途中の身体にコンプレックスを抱いていた蛋白石(オパール)のヒースは、膝の上に月長石(ムーンストーン)の子猫セレネちゃんを座らせて頭を撫でている。自分の身体のことなんか忘れ、妹ができたみたいで嬉しいようだ。セレネちゃんもゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らす。


 藍玉(アクアマリン)の癒しの天使レナちゃんが浮かんだ浮き輪の上でキャッキャと笑い声をあげ、孤児院のちびっ子たちに水をかけられていた。


 お湯をかけたり泳いだりするちびっ子たちを注意するのは黄玉(トパーズ)のソノラ。豊満な身体をこれでもかと強調する布面積が少ない過激な水着を着ていた。エロい。


 そして、のぼせないように冷たい飲み物を準備するのは金緑石(アレキサンドライト)のエリカ。さすが有能完璧メイド。こういう時も気が利く。俺に向かって密かに投げキッス。美しい。


 ベンチに腰を掛けて身体を冷やしている日長石(サンストーン)のテイアさんは、隣に座る世界の歌姫セレンの鼻歌に耳を傾けながら露天風呂の全体を見渡し、子供たちが危険なことをしていないか、溺れていないか、などと警戒している。


 最後に、琥珀(アンバー)のランタナは俺の隣に座って居心地が悪そう。ここに自分がいてもいいのか、という自問する心の声が聞こえてくる。挙動不審な理由はそれだけじゃないだろう。この場所で俺たちは裸の付き合いをし、その後何度か入浴を共にして、直近では裸で抱き合ってのぼせてしまったのだ。あれを思い出してしまうのも無理もない。


 美女たちの濡れた髪、潤んだ瞳、火照った肌、きめ細やかな肌を伝う透明な雫。


 じんわりと癒されるお湯に浸かりながら、俺が何を言いたいこと。それは――


「実に眼福だ」


 世界屈指の美女たちの入浴シーン。それと水着姿。

 この世の男どもが一度は妄想する光景が広がっている。

 天国だ。楽園だ。極楽だ。夢の園だ。

 この状況を知られたら、俺は嫉妬に狂った男たちに殺されるだろう。


 ――親龍祭から約2カ月が経った。


 神龍の降臨で猛然とやる気を出したドラゴニア王国民による迅速な復興により、親龍祭以前の生活を取り戻しつつある。

 被害の把握に復興支援、外国との対応など、24時間体制でほぼ無休で働いていた王国政府。普段は仕事をしない夜遊び王子の俺も駆り出されたほどだ。

 それも2カ月が経ってやっと落ち着いた。

 やっと自由な時間ができた俺は、女性陣と孤児院のちびっ子たちを誘って温泉街のローザの街に来ていた。

 元々、親龍祭が終わったらソノラやちびっ子たちを温泉旅行に連れて行こうと思っていたし、丁度《魔物の大行進(モンスター・パレード)》で破壊された孤児院の塀の改修工事が行われる予定だったのだ。ナイスタイミングと思いこうして誘ってみた。

 美女たちがお湯と戯れ、子供たちの笑い声が響き渡る。


「あぁ……疲れが癒される……」


 溜まった疲労が消えていくのを感じる。

 お風呂は魂の洗浄だぁ……。

 ぐてーっと脱力する俺の方へと泳ぐように近づいてくるちびっ子たち。


「おーい。殿下の兄ちゃ~ん!」

「うわぁー。見たことが無いくらい蕩けてる。キモいぞ」

「スライムになってお湯に溶けないよな? 女の人の水着を溶かし始めたりして……」

「兄ちゃんならやりそうだ。その18禁顔はやめた方が良いぞ」

「――誰が18禁顔だっ!?」


 言いたい放題言いやがって! 18禁顔というのはケレナのような顔を言うんだぞ!

 ちびっ子男子たちに水をかけてやると、5倍の反撃が返ってきた。

 ちょっ! 目に入った! 横から水をかけるな! 耳に入るからっ!

 ……数の暴力は卑怯だと思います。


「ふふっ!」


 隣で笑い声をあげたのは護衛の女騎士様。俺を守らないで何故笑ったまま動かないんだ、というジト目を送っておく。


「あっ、すいません。つい……」

「つい、とはなんだ?」

「えーっと……」

「言いたいことがあるならはっきりと言うがいい、ランタナ。どうせ精神年齢が同じとでも思っていたんだろ!?」

「いいえ! そんなことは……きゃっ!?」


 一筋の水が弧を描き、ビシャッとランタナの顔にヒット。

 ランタナは可愛い悲鳴を上げて目をパチクリと瞬かせた。

 不意打ち成功。良いものが見れた。

 俺を笑ったことは今の可愛い悲鳴と表情、そして今の水で許してやろう!


「で、どうした、ちびっ子たち。いつもよりも大人しいな」


 纏わりつくちびっ子たちに問いかけた。

 普段の彼らなら女性陣の水着を脱がせようとしたり、セクハラしようとするだろう。しかし、今は騒ぐだけで女性陣に近づこうとしない。ソノラにさえ距離を取っている。

 まあ、それは男子だけで孤児院の女の子たちはお姉様方にべったりだけど。


「俺たちにもいろいろあって……」

「そう。いろいろだ。これには深~い事情ってものが……」

「あれだよあれ。あれなんだ!」

「オレたちの繊細な心の機微を兄ちゃんにはわからないよな!」


 歯切れ悪い男子たち。チラチラと女性陣に視線をやったかと思うと、ぷいっと別の方向を見たり目を伏せたりする。頬だけじゃなく耳まで赤い。

 これはお湯で火照っているんじゃなくて、ひょっとして――


「水着姿の美女たちを前にして照れてるのか? 恥ずかしがってる?」


 ピクリ。


「べ、別にそんなんじゃねぇーし!」

「て、照れる? だ、誰が!」

「そんなわけねぇーだろっ! ガン見してるし!」

「これは、そう! 姉ちゃんたちをを見るのは兄ちゃんに悪いかなぁーっていうオレたちなりの配慮というか」

「手を出したら殺されそうなくらいおっかないというか!」

「「「 そうそう! それだ! 」」」


 指差し合いながら同意の声をあげなくても……。

 ちびっ子たちよ。後ろを振り向け。おっかないと言われたお姉さんたちが怖い笑顔で睨ん……微笑んでいるぞ。

 ガクガクブルブル。ここは一体いつから水風呂に?

 彼らが気まずそうなのは何となくわかった。俺に対してだけ口は悪くオマセな彼らも初心な少年たちだったようだ。こういうところは年相応というか可愛らしいというか微笑ましい。


「よく兄ちゃんは平気だよな。流石女誑し」

「ハーレム王子!」

「肝が太い!」

「アソコも太い!」

「ドラゴンサーイズ!」

「凶悪ぅっ!」

「あのなぁ、そういうことを言うなとは言わないが、せめて他の人というか女性がいない時にしとけ。ほら、後ろを見てみ」


 少年たちが振り向いた先では、黄金の瞳に怒りを宿した美女が仁王立ちしていた。

 顔が青ざめ、冷や汗がダラダラと溢れ出す子供たち。


「お口が悪いのはだぁ~れぇ~かぁ~なぁ~?」

「「「 ひぃっ!? 鬼が出たっ! おっぱいお化けだぁっ! 」」」

「誰が鬼か! 誰がおっぱいお化けだ! こら! 待ちなさーい!」


 脱兎のごとく逃げ出したちびっ子たちを怒ったソノラが追いかける。

 走らずに早歩きなところに調きょ……躾が行き届いていることがわかる。

 濡れた床を走り回るのは危ないからな。

 なお、ソノラは翼を出現させて飛んで追いかけているため、濡れた床など関係ない。

 瞬く間に捕らえられて硬い床に正座させられる少年たち。親近感を覚えるのは何故だろう。


「サイズ……ドラゴン……大きさ……凶悪……でも確かにあの時……?」


 ランタナが顔を真っ赤にしながら聞き取れないほど小さな声でブツブツと何かを呟いている。のぼせて倒れないか心配だ。


「おーい、ランタナー。大丈夫かー?」

「は、はいっ! だ、大丈夫です! 何度か拝見したことがありますし、全て受け止める所存です!」

「はいけん? 受け止める?」

「っ!? うぅ……何でも……ありません。忘れてください……」

「お、おう。わかった」


 両手で顔を覆って、何も聞くな、という雰囲気をまき散らすランタナに、俺はそれ以上問い詰めることはできなかった。

 何か考え事でもしていたのだろう。

 なんか気まずい。この状況を打破する何かがあれば……あっ!


「アヴローラさーん! 一曲お願いしまーす」


 世界の歌姫の突発ライブの催促。

 彼女は嫌がるそぶりは見えず、むしろノリノリで頷き、


「いいですよぉー。良い雰囲気なので歌いたい気分になったところでしたぁー」


 アァーアァー、と喉の調子を確かめ始めるセレン。

 その間にリリアーネが傍にやって来た。


「シラン様? 一つお伺いしたいのですが、何故セレン様をアヴローラとお呼びに?」

「それはですねぇー」


 俺より先に答えたのは本人だった。


「アヴローラが私の本名で、セレンという名は芸名なのですぅー」


「「「「 えぇっ!? 」」」」


「ついでに言うと、シラン君の使い魔ですねぇー。種族はセイレーンです」


「「「「 はぁっ!? 」」」」


 誰もが驚きで言葉を失う中、歌姫セレンことアヴローラだけがおっとりと微笑み、背中に極光(オーロラ)のように色が変わる黒い翼を広げたのだった。



お読みいただきありがとうございました。

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