第289話 元帥の本音
「―――余は祖国が大っ嫌いだ」
ビリアは天井を見上げてそう言った。
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水魔法を連発し、沸騰する地獄の釜茹でを何とか冷やした俺。沸騰させた原因のビリアは申し訳なさそうに何度も頭を下げる。
「すまない。本当にすまない」
その度にチャプチャプ、プルルンッと浮かんでは揺れる二つの双丘。実に眼福な光景である。
火傷しそうなほど熱いお風呂になったことなどどうでもよくなる。むしろありがとうと言いたい。
「男というのは何故こんなものが好きなのだ?」
な、なんだと!? 指が埋まる!?
俺の視線に気づいたのだろう。自分の胸をムニョンムニョンを揉むビリア。張りや柔らかさがわかるほど胸の形が変わる。
ほぼ初対面の女性の胸をガン見するなんて失礼にも程がある。相手は帝国の皇女で未婚の女性なんだぞ……でも、目が自分の意思では逸らせないんです。どうしてしまったんだ俺の目玉は!
ありがたやぁ~ありがたやぁ~!
「好きだから好き。他に理由はない! 男の本能が女性の胸を求めるんだ!」
「なるほど。意味が分からん」
でしょうね。俺もよくわからないから。適当にノリと勢いで言ってみました。
本当に何故だろうか? 母性を感じたいから?
というか、そうやって自分の胸を揉まないで! 誘ってるのかっ!?
何とか目を逸らし、気持ちを静める俺。理性を総動員させた。
頑張った……本当に頑張った。さりげなく足を組んだり手で隠したからビリアには男の象徴は見られていないはず。
まあ、見られたとしてもビリアは顔色一つ変えなそうだけど。
「ビリアは自分よりも強い男性にしか興味がないんだっけ?」
親龍祭の前夜祭のパーティでビリアが言っていた気がする。確かあの時はアルバート兄上がビリアをナンパしていたんだった。
いや、プロポーズだったか?
ビリアはハハッとおかしそうに笑って答えた。
「あんなものただの建前だ」
「はっ?」
「建前だ建前。そう言っておけば簡単に断れるからな。余は帝国最強。帝国で余に求婚する者はもはやおらぬ。便利な言葉だぞ。あっはっは!」
実に楽しそうですね。
帝国最強に求婚するにはビリアを倒して自ら帝国最強になるしかないのか。そりゃ求婚者も減るよ。
「求婚を断るってことは、誰か結婚したい相手が密かにいるとか?」
「いや、いないぞ。今はまだ結婚するつもりがないだけだ。いつかは結婚して子供を産みたいと思っている。余だって女だからな」
「そんなに元帥の仕事も忙しいのか……」
「忙しいと言えば忙しいが、余が結婚しない理由ではないぞ」
えっ? そうなの? てっきり仕事が忙しいとか自己研鑽の時間に費やしているからだと思ったんだが違うようだ。
「妹のアルスが幸せになるまで余は結婚するつもりはない。あの子の悲しい顔はもう二度と見たくない……愛する妹を失うのも……自分の無力さがとことん嫌になる……」
浴槽にぐったりともたれかかり、辛そうな表情を自らの手で覆い隠す。
「―――余は祖国が大っ嫌いだ」
ビリアは天井を見上げてそう言った。
帝国の皇女であり元帥でもあるビリアの吐き捨てるように呟かれた本音。辛くて悲しくて僅かに怒りが滲んだ声。
祖国のヴァルヴォッセ帝国への嫌悪。そして、自分自身への強い嫌悪を感じる。
俺は、彼女に何も言うことが出来なかった。
ビリアは唐突にお湯の中へ潜る。30秒ほど潜水した後、ザバーッと勢いよく飛び出してきた。
水しぶきと共に爆乳がバインッバインッと弾む弾む。跳びはねる。
豪快に真紅の髪をかき上げ、顔を振って顔から水滴を飛ばす。
荒々しいがとても美しい。脇がエロい。
「ふぅー……すまんな。少し感傷的になってしまった。今の言葉は忘れてくれると助かる」
「……わかった」
とても気になるけれど、ほぼ初対面の人には踏み込みづらそうな話だった。
しかし、アルスが幸せにならない限りビリアは結婚しないのか……。
アルスが幸せになるということは、恋人の俺は必ず挨拶する必要があるだろう。となると、ビリアは俺を見極める。手段は戦闘。俺の死亡が確定。
憂鬱だぁ。アルスが説得してくれないかなぁ。無理だよなぁ。
…………その時になったら考えよう。未来の俺よ、頑張れ!
「しかし、世界は広いな! 国では一番強い余も先ほど負けてしまったぞ! いやー見事な負けっぷりだった!」
話題を変えるビリア。俺は知らないフリをして問いかける。
「……そんな相手と戦ったのか?」
「ああ。ドラゴニア王国の暗部……は当然知っているよな?」
「もちろん。父上直属の諜報暗殺部隊だ。王国の恐怖の象徴であり王国最強。俺も全然知らないくらい謎多き部隊だ」
「その暗部に所属する相手と一戦交えることが出来たのだ。とても刺激的だったぞ! 戦っている間も、思い出した今も心が躍りっぱなしだ!」
ニヤニヤ笑顔が抑えきれないようだ。まるで玩具を与えられた子供みたいに純粋な笑顔。ワクワク感が俺にまで伝わってくる。
「あわよくば相手の手札を詳らかにしてやろうと思ったが、完璧に躱されて負けてしまった。上には上がいるな。余もまだまだ鍛錬が足りん」
本当にこの人はどこまで強くなるつもりだろうか。
「御前試合の時のランタナという近衛騎士といい暗部のあやつといい、是非とも我が部下に欲しいくらいだ。王国は素晴らしい人材を揃えている。羨ましいぞ」
「あはは。それはどうも」
「シラン、余は貴殿も欲しいぞ。帝国は治癒魔法の使い手が少なくて困っているのだ。どうだ?」
まさかの勧誘!? タンジア元帥も御前試合でランタナを勧誘していたけれど、やっぱり二人は姉弟だな。戦闘狂というところも似ている。
「女性については問題ないぞ。得意魔法は子に遺伝しやすい。遠慮せず、むしろ積極的に女性を口説いて子を作ってくれ!」
いやいや、貴女何を言ってんの!?
ビリアは真面目な顔だ。冗談を言っているつもりではないらしい。
国のことを考えるとそういう判断にもなるよな……。
俺はビリアを見つめて達観していると、彼女は別の意味に捉えたようだ。
「んっ? 余を見つめてどうした? ……まさか余と子を作りたいのか? ふむ……なるほど。皇族の血に治癒魔法が得意な血を取り入れるという手もあるのか……」
「何故前向きに検討しているんだ!?」
「これはこれで良い手段だと思ってな」
王侯貴族の悪いところ。自分すらも政略の道具として考える。
「余の用事が終わるまで子は待ってくれ。なに、二、三人くらい作れば治癒魔法を発現する子が生まれてくるだろう。ダメならもっとたくさん生めばいい。大家族になるかもしれんな!」
楽しげに笑わないでくれ……。
それに、ビリアの用事ってアルスの恋人をボコボコにすることでしょ?
ひとしきり笑ったビリアは手をヒラヒラと振る。と同時に胸がプルプル揺れる。
「まあ、冗談だ……半分くらいな」
「ということは、半分本気なんだな……」
ガックリと肩を落とす俺。
ビリアのことだから強引に迫ってきそうだなぁ……警戒しとこ。
くくく、と笑ったビリアは湯船から立ち上がった。水面が揺れ、彼女の豊満な身体を透明な雫が伝い落ちる。
「んぅ~……ふぅー!」
両手を挙げて大きく伸び。大きな胸がさらに強調される。少しの動作でプルルンッと揺れる揺れる。火照った肌が色香を漂わせ、脇が艶めかしい。
引き締まった体。エロい腰骨。肉付きの良い長い脚。
お願いだから少し隠して欲しい。恥じらいを持って! 俺から全部丸見えだから!
「そろそろ上がらないか?」
「あ、ああ」
反射的に了承してしまう俺。答えた後に、もう少し浸かっておく、と言えばよかったと後悔した。
プリプリと動くお尻の後を渋々付き従う俺。
タオルで身体を拭くときも全く隠そうとせず、むしろ堂々とし過ぎのビリア。足を拭こうとして前屈みになった時、突き出されたお尻によって彼女の全てを見てしまい、俺は頭を抱えるという事件も発生した。
本人は、すまんすまん、と恥ずかしがる様子もなかったけど。
理性と精神力がガリガリと削られたお風呂はようやく終わりを告げる。
「良いお湯であった」
男湯を出て美しい笑みを浮かべるビリア。ご機嫌な彼女は俺の服を着ている。
ビリアは着替えの服を持ってきていなかったのだ。お風呂の前に着ていたのは土と汗に汚れてボロボロに切り裂かれた衣服。それを着せるわけにはいかなかったので、俺の服を貸した。
ちなみに、服にはサイズ調整の魔法が付与されているため、彼女の身体にぴったりのサイズになっている。
「楽しかったぞ、シラン」
「俺はいろいろと疲れたよ……女性なんだから男の前では身体を隠してくれ……」
「その割には食い入るように余の身体を見ているような気がしたが?」
そりゃ美しすぎるんだもの。見てしまうのは男の本能だ。
「何度襲おうかと思ったことか」
「襲われていたら返り討ちにしていたが……今襲うのなら余は受け入れるぞ?」
「勘弁してくれ……冗談だよ……」
「残念だ。身体には自信があったのだが。なんてな。余も冗談だ」
別れ際にビリアは俺の肩に手を回す。豊満な身体が密着し、シャンプーやボディソープの甘い香りが漂ってくる。
「シランが帝国にやって来たときは、余のお気に入りの風呂に案内してやろう。また一緒に語り合おうぞ」
「それは楽しみだな」
「約束だ。子作りの件もぜひ前向きに検討してくれ」
いやぁ……それはちょっと……。冗談だよね?
ビリアは、冗談だ、と楽しそう笑っているが、冗談に聞こえないのは何故だろう。
そして、耳元で囁かれる。
「次にこうして語り合う時は敵同士ではないことを祈っているぞ、シラン。ではな、力を隠し者よ」
そう言うと、ビリアは俺に背を向けて立ち去っていく。
本当に同意する。ビリアとは敵対したくない。
「またな、ビリア」
俺は彼女の背中に声をかけた。彼女は振り向くことはせず、片手を挙げて颯爽と廊下の角を曲がって消える。
男らしくサバサバした女性だったが、去り際の後ろ姿もとても格好いい人だった。女性にモテそうだ。
帝国の元帥ということで警戒していたビリアだったが、彼女はただの戦闘狂ではなく、普通に苦悩して妹を愛するただの女性だと感じた。
自分の寝室に戻りながら俺は決意する。
―――素晴らしかったお風呂のお礼として、ビリアに高級アメニティグッズと彼女に似合いそうな服を何着かプレゼントしよう、と。
お読みいただきありがとうございました。
今年最後の投稿となります。
今年一年、本当にありがとうございました。
誤字脱字報告も感謝しております。
来年も頑張って投稿していきたいと思います。
来年もよろしくお願いいたします。




