第284話 美しき戦闘狂
騎士の訓練場は灼熱の空気で揺らいでいる。
サウナのような蒸し暑い空気ではない。砂漠のような湿度がほとんどないカラッとした熱気だ。
原因は、火災旋風の如く荒れ狂う真紅の美女、ブーゲンビリア・ヴァルヴォッセ元帥だ。
灼熱の闘気を纏い、それによって訓練場の空気が熱せられているのだ。
「ハハッ! アハハハハッ!」
獰猛で美しく笑いながら、炎を宿した槍を振り抜く。
「《斬火》!」
鞭のようにしなった槍から炎の刃が飛び出した。三日月型の炎の刃だ。
『《真空刃》!』
俺は風の魔法で対抗。ナイフを振るい、真空の刃を飛ばす。
炎がかき消されて、お互いの飛ぶ斬撃は対消滅。
しかし、ブーゲンビリア元帥の攻撃は終わらない。
槍をブレるほど回転させ、瞬く間に数十、数百もの炎の刃が放たれる。
「《千斬火》!」
千に届いた炎の刃。何枚もの炎の刃を束ねた山茶花に似た美しき攻撃。それが一斉に襲ってくる。灼熱の炎が空気を焦がす。
俺も手に持った白銀のナイフを振るう。
『《真空刃・一閃》』
風が吹き荒れ、千の炎の刃と千の風の刃が激突。
互いに拮抗し、爆発的な熱風が訓練場に広がった。
俺たちは熱風を切り裂き、激突する。
刹那の時間に数百の応酬。相手を突き、攻撃を逸らし、反撃し、躱され、斬り裂いたと思ったら受け止められる。
「アハハハハ! 楽しいな!」
神速の突きを避け、俺の振るったナイフが彼女を掠る。紅の髪が数本宙を舞う。
『ぐぅっ!?』
即座に反撃と言わんばかりに俺は槍の柄の部分で殴られた。その勢いを利用して距離を取る。が、そんな時間も許してくれない。
気づいたときには距離を詰められ、槍が振り抜かれる。
「《獄炎槍》」
真紅に輝く槍。俺は咄嗟に大量の水のベールを生み出した。
「なにっ!?」
灼熱の槍が水に触れた途端、轟音を響かせて爆発。勢いで吹き飛ばされたブーゲンビリア元帥に熱湯が襲い掛かる。
水蒸気爆発。急激に熱せられた水が水蒸気となり爆発したのだ。水の抵抗により槍の勢いも遅くなったので一石二鳥。俺はもう体勢を整えている。
俺は気化した水を操り、訓練場を霧で覆い尽くす。
湿度100%のムシムシしたサウナの出来上がり。しかし、視界が悪くなったところで彼女には通用しない。真っ直ぐに俺に向かって突撃してくる。
俺は逃げ回ってちまちまと魔法で遠距離攻撃。彼女は槍を翻し、全て消し飛ばす。
「どうした? まだまだこんなものではないだろう!?」
『……我はこういった戦闘は苦手なんだが』
「そう言えば、貴殿ら王国の暗部は暗殺者であったな!」
そうなんですよ。影でコソコソ動くのが好きなんです。
相手が油断した隙を狙って一撃で仕留めるのが俺の仕事なんだが……油断してくれないんだよねぇ。
どうやってこのダンスを終わらせようかなぁ。このままだと彼女が踊り疲れるか、満足するまで続きそうだ。
「ふむ。いい加減鬱陶しいな。ハッ!」
ドォンッと灼熱の圧力が放たれた。一瞬にして霧が吹き飛んでしまう。
陽炎が揺れる中ゆっくりと歩み寄る彼女の瞳は、更に輝きを増していた。
燃え上がる紅玉。虹彩が縦長。爬虫類……いや龍眼か。《龍殺し》の末裔に流れる、彼らが呪いと呼ぶ龍の血が活性化しているのだ。
「見つけたぞ」
俺は肉食動物に狙われる草食動物の気分を味わう。
恐ろしい。狩られるものってこういう気分なのか……とは言っても、よく味わう気持ちだが。女性陣はなんであんなに積極的なのか……嬉しいですけど。
『……その力を使うことは帝国で禁じられているのではなかったのか?』
「ふむ。よく知っているな。だが、私はどんな力でも使うぞ!」
血を活性化したまま、地面を蹴りつけるブーゲンビリア元帥。たったそれだけで地面に罅が入る。深紅の光となった元帥が駆け抜ける。
「それに、ここは帝国ではなく王国だ! 何も問題ない!」
屁理屈だ! 俺たち王国側からすると問題だよ! 下手したらこの訓練場ごと吹き飛ぶじゃないか!
一応こっそりこの訓練場には結界を施しているけれど、壊れそうで不安なのだ。
「あはははは! 血が熱い! 心が滾る! もっとだ! もっと余を楽しませろ!」
本当にそっくりな姉弟だな。タンジア元帥も御前試合で同じことを言っていたぞ。
しかし、女性からのおねだりだ。頑張って楽しませますよ。
炎の槍が様々なフェイントを駆使して猛然と迫る。その槍があっさりと俺を貫いた。
「なぁっ!?」
突き刺したはずのブーゲンビリア元帥から驚きの声が上がる。カッと目が見開かれた。
彼女は手ごたえのなさに驚いたのだろう。
槍に貫かれた俺の姿が霧となって解けて消えていく。
「ちっ! 幻術か!?」
その通り。俺は霧で訓練場を覆い尽くした時に幻術を使っていたのだ。ブーゲンビリア元帥はまんまと偽物に騙されてくれた。
気配を最大限まで殺し、一瞬動揺している彼女の背中に不可視の衝撃波を放つ。
「くっ!」
ブーゲンビリア元帥は吹き飛ばされた。上手く受け身を取るが、その隙を俺は見逃さない。
前後左右、斜め、上など、あらゆる方向から攻撃する。
彼女はなす術もなく攻撃を受ける。頑丈な身体はこれくらいで傷つくことはないが、着実にダメージが溜まっていく。
「風の魔法か……? いや、違う」
槍を振り回しても衝撃波は消えない。風の魔法の兆候もわからない。
「空間魔法! 空間の衝撃波かっ!?」
『…………』
な、何故わかったぁー!? 普通はわからないはずなのに。
衝撃波の正体を把握したブーゲンビリア元帥は、吹き飛ばされながらニヤリと笑い、地面に槍を突き立てて急減速。
ヒュンヒュンと空気を切り裂きながら回転させ、構えを取る。
「《屠龍爪・焔》」
その瞬間、ブーゲンビリア元帥の周囲の空間が焼け焦げた。
空間に黒い焦げた斬撃の跡が残っている。不可視の衝撃波を空間を切り裂くことで消滅させたのだ。
何という化け物。帝国最強は伊達ではない。
世界の修正力によって焼け焦げた空間が元通りになっていく。
「あぁ……! 熱い……燃え滾る! 余の身体の火照りが止まらない!」
妖艶に微笑んだ美しき戦闘狂の、空間をも斬り裂く炎の刃が俺に迫る。
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