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第278話 余韻

 

 数曲披露した歌姫セレンの独奏会(リサイタル)は一旦休憩に入った。

 彼女もずっと歌っているわけにはいかない。喉が渇くし疲れる。

 聞いている俺たちも息を忘れるほど聞き惚れてしまう。夢中になりすぎて疲れるのだ。

 この休憩時間はお互いにありがたい。

 気付かなかった喉の渇きを飲み物で潤す。ついでに大きく呼吸をして身体に酸素を送り込む。


「すごかったわね……」

「すごかったです……」

「すごかったなぁ……」

「すごかったですね……」


 セレンの歌声に圧倒された女性陣の語彙力が崩壊している。エリカまでボーっとしているのは珍しい。

 頭や心に刻みつけられる歌姫の歌声。まだ余韻に抜け出せていないようだ。

 彼女たちは今飲んでいる飲み物の味もわかっていないだろう。

 歌姫の生歌を初めて聞いた人は大抵こうなる。会場も似たように呆然としている人が大勢いる。

 音楽が得意な樹国や海国の人は呆然としたままポロポロと涙を流しているみたい。涙を拭うことすら忘れている。


「おーい。大丈夫かー?」

「「「「 ………… 」」」」

「大丈夫じゃなさそうだなー」


 呆然と無言で顔だけこっちを向くのはやめてくれません? 瞳が虚ろで怖い。ホラーか!? せめて何か喋って!

 そんな彼女たちに荒療治。魔法を四つほど同時展開。威力は一番弱く。攻撃性は必要ない。狙いは彼女たちの美しいうなじ。


「ほいっ!」

「「「「 きゃうんっ!? 」」」」


 はい、可愛い悲鳴を頂きました! ごちそうさまです!

 無防備な首筋に冷たい風を吹き付けられた女性陣はビクッと身体が跳ねる。

 ハッと我に返った女性陣はキョロキョロと辺りを見渡す。今、自分たちはどこにいて、何をしているのかわかっていない様子だ。


「ここはどこ……?」

「私は誰でしょうか……?」

「知らない会場だ……」

「皆さん記憶喪失になられたみたいなので、私は旦那様を独占してしまいましょう」

「「「 それはダメ! 」」」


 ちゃっかり俺を独占しようとしたエリカは他の三人に制止された。

 女性陣は仲良いなぁ。初めて会ったのが約一週間前とはとても思えない。


「それにしても、何あの歌声。心に直接響いてきたんだけど」

「なんか、精神魔法みたいだね!」

「おぉ~正解ですぅ~」

「やった! 当たった!」

「精神魔法? それって大丈夫なの? 洗脳とか」

「大丈夫……じゃないでしょうか? 王侯貴族は精神魔法を弾く護符(タリズマン)を持ち歩いていらっしゃるでしょうし」

護符(タリズマン)が発動していない限りは大丈夫かと……」

「洗脳なんてつまらないことしませんよぉ~。私の想いや歌詞を歌に乗せて届けているだけですからぁ~、多少の感情の起伏の変化はあるかもしれませんけどぉ~、ただそれだけですぅ~」

「そうなんですね。なら安心です」

「シランくん、あいさつ回りをしてきたので喉が渇きましたぁ~。お水下さぁ~い」

「どうぞーって、もう勝手に飲んでるだろ」

「あははぁ~」


 俺が飲んでいたコップを勝手に奪い取り、中身をコクコクと飲み干す女性。極光(オーロラ)が光る夜空のようなドレスを着た女性だ。

 間延びしたおっとりとした優しい声の持ち主が微笑む。


「「「「 えっ!? 」」」」


 その時になってやっと女性陣が気づく。会話にしれっと参加し、俺の飲み物を飲んでいる女性の存在に。

 貴族たちに挨拶回りをしていた歌姫セレンが俺たちのところにも来たのだ。

 浅葱色の髪の歌姫が微笑む。


「初めましてぇ~、セレンと名乗っておりますぅ~」

「「「「 は、初めまして! 」」」」


 反射的に返事をした彼女たち。王侯貴族のご令嬢がポカーンとしているのは珍しい。どんな状況でも冷静にいるように教育されているはずなのに。

 ハッと我に返った女性陣は、何故か俺の服を掴んでセレンから少し離れる。


「ど、どうしたんだ?」

「なんで平然としてんのよ!」

「そうですよ、シラン様! あの歌姫ですよ! 歌姫セレンが目の前にいて喋っているんですよ!」


 ジャスミンとリリアーネに胸ぐらを掴まれてブンブンと振り回される。

 目が回って気持ち悪くなるからそれは止めてぇ~……うっぷ!


「超美人だよ! 歌声も綺麗だけど、顔も体も綺麗過ぎだよ!」

「旦那様? セレン様とお知り合いなのですか?」

「俺、ファンクラブの特別会員だし」

「ファンクラブなんてあるのっ!? 私も入りたい!」


 コソコソと喋っていたら、除け者にされたセレンがムスッとしながら近づいてきた。


「私もお話に混ぜてくださいよぉ~」

「「「「 ど、どうぞ! 」」」」

「ありがとうございますぅ~」


 ニコニコ笑顔のセレンを伴い、俺たちは再び席に座る。

 会場中の王侯貴族がこちらの様子を伺っているのがわかる。女好きの王子が歌姫に何やっとんじゃ、と殺意の視線がビシバシと伝わってくるのだ。うわぁー、俺殺されそう。

 更に、セレンは椅子がないからということで俺の膝の上に座ったのだ。

 女性陣が驚くとともに、殺意の視線が強くなる。視線だけで呪い殺されるかも……。


「あの~セレン様はシラン様とお知り合いなのですか?」


 代表してリリアーネがセレンに問いかけた。


「そうですよぉ~。シランくんはぁ~、私の初めてのファンになってくれた人でぇ~、歌姫になるきっかけをくれた人ですぅ~。シランくんがいなかったらぁ~、私はこの場に居なかったでしょうねぇ~」


 その話、詳しく! と女性陣がグワッと目を見開いて俺を凝視した。だから怖いって!


「私の唯一のパトロンでもありますしぃ~」

「そんな話聞いてないんだけどっ!?」

「……だって、言ってないし」

「教えなさいよぉ~!」


 ジャスミンは胸ぐらを掴みかからんばかりの勢い。膝の上にセレンが乗っているから掴みかかれないだけ。

 他の三人もジャスミンに同意するように、うんうん、と頷いている。

 正確には、セレンのパトロン、所謂支援者はファタール商会だ。ファナが商会長を務める大商会。その裏には俺がいるってだけ。

 世界各国を回って歌を披露するにもお金が必要だ。

 その時、おずおずとエリカが質問した。


「あの、一つ気になったのですが、旦那様とセレン様はもしや……?」

「はいぃ~そうですよぉ~。私はぁ~、シランくんの愛人ですぅ~」

「「「「 えぇっ!? 」」」」


 あっさりと愛人だと暴露したセレン。

 …………どーしよ。



お読みいただきありがとうございました。

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