第274話 自然な動作でさりげなくアピール
ムシムシした湿度ほぼ100%の空間に美しい宝石が輝いている。
紫水晶、蒼玉、金緑石、蛋白石。
宝石のような瞳が潤んだ可憐な美姫達。俺の婚約者だ。
髪をまとめ、身に纏っているのは白いバスタオルのみ。タオルの丈が短く、覗く素足が実に眩しい。胸元も若干はだけて危険だ。濡れて透ける……。
彼女たちの首筋に目が引かれる。火照った肌から噴き出す透明な汗の雫が落ちた。色っぽい鎖骨に流れ、胸の膨らみへと伝っていく。
タオルに染み込む雫……あっ、別の雫が胸の谷間に吸い込まれた。
世の中の男たちが羨む光景が俺の目の前には広がっていた。
ありがたや~ありがたや~! 実に眼福です。
「…………」
「シラン様? 何故拝んでいるのですか?」
「気にしちゃダメよ、リリアーネ。絶対に碌な理由がないから」
キョトンと首をかしげるリリアーネと、フン、と鼻を鳴らすジャスミン。
確かに碌な理由じゃないけど。下心丸出し。スケベ心全開。
ラブリエ聖教の教義も言っているじゃないか。『エロは世界を救う』って。
…………あれ? エロじゃなくて愛だったっけ? まあいいか。
俺は美しい婚約者たちが描き出す美しい光景を目に焼き付ける。
「変態」
ジャスミンの罵倒に冷たい蔑みの感情は…………無い! どちらかというと満更でもなさそう。
欲望の眼差しでガン見しても拒絶されない。ならば、心置きなく見させてもらおう!
しかし、一つだけ彼女に言いたいことがある。
「変態っていうのはちょっと違うなぁ。リリアーネ、お手本!」
「えっ? あー、えっと、シラン様のえっち!」
「そう! その通り!」
やっぱり『変態』と言われるよりも『えっち』って言われる方が良い。
……可愛らしく『えっち』って言う女性ってなんかいいよね。恥ずかしそうに照れながら言うと更にグッジョブ!
リリアーネ、今の言い方、最高でした……。
「何が違うのよ……シランって本当にバカね」
ジャスミンが呆れている。
何が違うって? そんなの俺の心にグッとくるかこないかの違いしかない。些細な違いだ。他の人にはどうでもいい違いだろう。
ちなみに、ジャスミン。俺だけじゃなくて、男は皆馬鹿なんだよ。
「シラン様! 見て見て! チラッチラッ!」
汗を流すヒースがバスタオルの裾をチラチラと覗かせる。白い太ももが露出する。
その際どい姿にドキッとしてしまった。火照った頬とか首筋とか、どこか大人っぽさを感じる。
タオルをチラチラと捲るヒースを注意するのはエリカだ。
「姫様、はしたないですよ」
「でもでもぉ! シラン様嬉しそうだよ?」
「そうだとしても自分からあからさまに捲るのはダメです。こういうのは、ごく自然な動作でさりげなくアピールするのです」
「な、なんだと!? これが大人の女性か!? 勉強になります!」
キラキラとした瞳を従姉に向けるヒース。
彼女は言葉しか気づいていないが、エリカはちゃんと実践している。ヒースにアドバイスをしつつ、髪を耳にかけながら足を組む。本当に自然な動作で。
俺からエリカの太ももが見える。裏側とか内側とか。そして、最奥の秘密の花園は見えそうで見えない。それが実にもどかしい。男心がくすぐられる。
俺が視線を向けていたことに当然気付いているエリカが赤紫色の瞳でチョコンとウィンクした。
まったく、俺の心を知り尽くしているな、エリカは。全て計算し尽くされた動作と角度じゃないか。
「少し失礼しますね」
リリアーネがサウナを出て行った。外の空気でも吸いに行ったのだろう。
何故俺たちはサウナに入っているのかというと、これから始まる夜会の前に身を清めるためだ。まだ開始時刻まで数時間あるのだが、着替えなどに時間がかかる。特に女性陣が。
だから時間をずらすために俺は先に入った。女性陣は入浴にも時間がかかるだろうと予想して。
そしたら彼女たちが突撃してきた。それで、全員で一緒に入る現在の状況になったのだ。
「うぅ~ん……はぁ~……」
ジャスミンが色っぽい声を出しながら、大きく伸びをする。片手を上に挙げ、反対の手で肘を握る。身体を逸らして胸を突き出す。すると、もちろん胸が強調される。彼女の脇も丸見え。
気持ちよさそうに伸びたジャスミンが俺を一瞥。チロっと舌を突き出して笑う。
やられた……自然な動作でアピールされた。
エリカたちの話を聞いて実践したのだろう。まんまとハマった俺は見事に撃沈しました。
その時、外に出たリリアーネが戻ってきた。
「皆さん、水分補給もしてくださいね」
お盆に載せて飲み物を持って来たリリアーネが笑顔で渡してくれる。気が利くなぁ。
渡される時、リリアーネは若干前屈み。胸が危険だ。タオルがはだけそう。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
微笑んだリリアーネが他の女性に渡すために移動する。すると、歩くのでバスタオルの裾が翻る。太ももが……はっきりとわかるお尻の形がぁ……
冷たい水を流し込むことで熱い情欲を冷やす。身体に染み渡る……。
全員に渡し終わった瞬間、リリアーネは手を滑らせてお盆を落とした。
「あらあら……申し訳ございません」
前屈みになって床に転がったお盆を拾うリリアーネ。
俺からは彼女の後姿が……ギリギリ……本当にギリギリなんだけどぉ!? 裾が、バスタオルの裾がぁ! 見えちゃうからぁ~!
「失礼しました」
お盆を拾って元の位置にちょこんと座るリリアーネ。赤くなった顔。潤んだ瞳。
拾ったお盆で口元を隠す。
ん? 顔が赤いのはサウナのせいじゃなさそう?
……もしかして、今のは全てわざと?
顔に出ていたのか、目が合ったリリアーネがニコッと笑い、小さくウィンク。
や、やられた……。リリアーネが出て行ったのはエリカたちの話が終わった後じゃないか。
「……ヤバい。俺の婚約者たちが可愛すぎる……」
俺の呟きが聞こえていた女性陣が微笑む。
「知らなかったの?」
「ふふっ、ありがとうございます」
「か、可愛い……!? もうシラン様ったら!」
「あら、旦那様。私たちは可愛いだけなのですか?」
悪戯っぽい笑顔のエリカに揶揄われた。そうだよな、可愛いだけじゃないよな。
「美しくて、綺麗で、可憐で、優しくて、したたかで、偶に超怖いときもあるけど……何というか、この言葉しかないな」
俺は婚約者たちを見渡す。そして一言告げた。
「愛してるよ」
その瞬間、色とりどりの美しい笑顔の花が咲き誇った。
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