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第268話 御前試合

 

 親龍祭七日目。城の敷地内に造られた騎士訓練場。

 そこに朝からドラゴニア王国の貴族や、他国からやって来た来賓たちが大勢集まっていた。全員が興奮して何かを待ち望んでいる。


 王宮に仕える魔法使いたちが一斉に魔法を発動させる。観客席を守護する防御結界が何重にも張り巡らされた。魔法使いたちだけではない。魔道具も発動させている。

 準備万端。後は戦いが始まるだけ。


 中央には二人の人物が向かい合っている。


 一人は筋骨隆々の巨躯の男。くすんだ赤色の髪。ヴァルヴォッセ帝国の軍服。帝国元帥であり第一皇子タンジア・ヴァルヴォッセ殿下だ。

 手に握っているのは分厚い大剣。斬るよりも叩きつけて強引に潰すことに特化した大剣だ。硬い皮膚や鱗、甲羅を持つモンスターでさえも易々と殺せるだろう。人間が喰らったらひとたまりもない。

 表情を変えず、武人として対戦相手をじっと観察している。


 彼とこれから戦うのは一人の女性だ。生真面目な表情。いつもは優しげな橙色の琥珀(アンバー)の瞳を冷たく輝かせている。

 タンジア元帥に比べたら細すぎる身体。身長は顔二個分くらい低く、腕や足の細さは半分以下だ。下手をすると三分の一や四分の一かもしれない。見ていてあまりに弱々しく思える。

 帯剣しているのは愛用の細剣(レイピア)。突きに特化した剣だ。しかし、やはりタンジア元帥の大剣に比べたら玩具(おもちゃ)。軽くぶつかっただけで折れそう。


 何故こうなったのか少し時間を遡る必要があるだろう。



 ▼▼▼



 これは昨日、ランタナとのデートが終わってから城の自室に帰り、婚約者たちとお茶を飲んで喋っていた時のこと、突然、俺は父上に呼び出された。

 案内されて国王の執務室に入ると、眉間に皺を寄せた父上と宰相と近衛騎士団長がいた。

 おなじみのおっさん三人組。


「来ましたよー」

「シランか。早速だが、明日、御前試合をすることになった」

「本当に早速ですね!?」


 ソファに座っていないのに本題を切り出された。驚きだ。

 御前試合。王侯貴族が武人の試合を観戦することだ。予定ではなかったのだが、こうして呼び出されて報告されたということは、急遽決まったということか。

 どこかの国か馬鹿な王国貴族が言い出したのだろう。


「言い出しっぺはどちら様ですか?」

「……ヴァルヴォッセ帝国」

「はい? すいません、上手く聞き取れませんでした」

「だ~か~ら~! ヴァルヴォッセ帝国だ!」

「うそぉ~」


 父上の冗談かと思ったのだが、冗談の雰囲気ではない。リシュリュー宰相は眼鏡を外して眉間を揉み解し、レペンス騎士団長は腕を組んで真剣な顔で深く頷いた。


「本当ですか……」

「本当だ」

「本当ですね」

「本当ですな」


 おっさん三人と俺のため息が部屋に響き渡る。

 ヴァルヴォッセ帝国は長らくドラゴニア王国と戦争を繰り返してきた敵国である。今は休戦状態とはいえ、敵国であるのは変わりない。

 何かの思惑があるとしか思えない。ただ単に祭りを盛り上げるためかもしれないが。


「何故こうなったんです?」

「帝国と会談していたら相手から提案されて、その場にいた各国の大使や貴族たちも賛同した」

「貴族は娯楽が好きですからねぇ。断れませんでしたか」


 政治って本当に面倒だ。

 あぁー嫌だ嫌だ。兄上たち、頑張ってください! 俺はのんびりひっそりと生活するので!


「帝国対王国ですよね?」

「そりゃもちろん」

「相手は?」


 リシュリュー宰相がメガネをクイっと上げた。レンズがキラリと輝く。


「……タンジア・ヴァルヴォッセ帝国元帥です」

「帝国のトップの一人じゃないですか!?」


 帝国の二大元帥。タンジア元帥とブーゲンビリア元帥。どちらも皇帝陛下の子供で、弱肉強食の帝国で軍を率いる武人姉弟だ。

 帝国元帥との試合はほぼ戦争と同じだ。


「勝てば帝国の恥。負ければ王国の恥。出来れば引き分けが望ましい……」


 なるほど。父上が悩んでいるのはそのことか。


「俺が出ましょうか?」

「王国の切り札である暗部を表に出してどうする?」

「ですよねー」


 言ってみただけです。

 実際、ブーゲンビリア元帥には一度隠密を見破られている。敵国に戦力情報を教えるのはよくない。


「じゃあ、誰にお願いします? 帝国元帥と同格の存在なんて近衛騎士団にも何人いるか」

「私が出てもよいのですが……」

「レペンスなら互角に戦えるだろう。だが……」

「王国の近衛騎士団の団長を出すわけには……せめて部隊長に」


 騎士最強のレペンス騎士団長は出来れば出したくない。これは王国の総意だ。でも、相手は帝国元帥。それなりの相手を用意しないと王国が嘗められる。

 政治って本当に面倒。


「タンジア元帥の武器は大剣でしたっけ?」

「報告によるとそうだな」

「ということは、パワータイプでしょう」

「大剣のパワータイプと相性が悪いのはスピードタイプでしょうな」


 スピードタイプ。ぽわ~んと思い浮かぶのは二人の女性。一人は俺の婚約者のジャスミン。彼女は無し。そして、もう一人は今日デートしたばかりのランタナ。彼女は部隊長でもあり条件ピッタリ。


「ランタナでしょうな……」


 レペンス騎士団長も同じ結論にたどり着いたようだ。でも、あんな細い体で筋骨隆々の男に立ち向かうのは正直不安だ。


「一度呼び出すか。彼女の考えも聞いてみよう」


 国王の決断に宰相と近衛騎士団長が頷く。

 しばらくして、呼び出されたランタナが執務室にやって来た。デートの時のような可愛さは微塵も感じられない。近衛騎士団の騎士服に身を包み、鋭い刃のように冷たく、生真面目な表情で直立不動。


「急な呼び出しですまない。早速だが、聞きたいことがある」


 父上は御前試合のことをランタナに説明していく。生真面目な表情で一言一句逃さずに聞くランタナ。

 全て説明し終わって、父上はランタナに問いかけた。


「どうだ? ランタナ、御前試合に出てくれないか? もちろん、断ってもいい」

「はっ! 私でよければ御前試合でタンジア元帥閣下のお相手を務めさせていただきます!」


 父上のお願いは実質命令じゃないか。誰も断れない。特に近衛騎士団だったら。


「本当に断ってもいいんだぞ?」


 俺はランタナに念押しする。だって不安じゃないか。

 凛とした生真面目な表情のランタナがフッと頬を緩ませた。俺に向けて僅かに笑顔を見せる。


「私は大丈夫ですよ、殿下。丁度今日のストレス発散をしたかったところですので」

「そんな……俺とのデートがストレスだったなんて……」

「ち、違います! ストレスだったのは父と母であって、殿下とのデートはとても楽しかったですから!」


 顔を真っ赤にしてあたふたと慌てるランタナ。とても可愛い。ランタナを弄るのは楽しいなぁ。グーズさんとサルビアさんの気持ちがよくわかる。今のことを今度お二人に教えてあげよう。

 いつの間に二人はそんな仲に、とおっさん三人は俺とランタナの様子をニヤニヤと興味津々で眺めている。後で根掘り葉掘り問い詰められそうだ。


「では、明日の御前試合はランタナにお願いする」

「はい!」


 顔を引き締め、ハキハキとした声で返事をして敬礼するランタナ。これで父上たちの悩みの種は一つ消えた。後は引き分けで終われば万々歳。

 これで話し合いは終わりかと思われたが、真面目な顔で父上は更に告げた。


「じゃあ、次はシランとのデートについて詳しく聞こうか」

「は……い?」


 あたふたと動揺するランタナは可愛かったとだけ言っておこう。



 ▼▼▼



 そんなことがあり、ランタナは今、タンジア元帥と向かい合っている。

 ピリピリした緊張感が観客席にいる俺にも伝わってくる。

 王国の王族が座る隣には帝国の関係者が座っている。

 試合が始まるのを今か今かと待ち望んでいる貴族たちは、開始の合図を行う父上を見上げた。準備が整い、父上が立ち上がる。

 シーンと静まり返る場内。

 短い前口上を述べ、ルールを説明し、最後は試合開始の合図のみ。


「今より、御前試合を始める! 両者、正々堂々と戦うように! では、試合開始!」


 その瞬間、ランタナの姿が掻き消えた。



お読みいただきありがとうございました。

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