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第267話 こぼす

 

 デートから戻ってきて城の自室でお茶を飲んでゆっくりまったりしていたその瞬間、バタンと勢いよくドアが開けられた。


「シラン聞いた!? 歌姫セレンが到着したんですって!」

「うおわぁっ!? (あち)っ!? (あつ)っ!?」


 思わずびっくりして、お茶をこぼしてしまった。熱いお茶が喉や太ももに垂れて火傷しそうだ。

 慌ててメイドとして侍っていたソラにタオルを貰い、こぼしたお茶を拭く。

 魔法で水分を蒸発させ、汚れを弾き飛ばす。ついでに垂れたところを冷やして治療。

 全部終わったところで飛び込んできたジャスミンをジト目で睨む。


「ジャスミン、ノックくらいしてくれ。それか、静かに開けてくれ」

「あっ、ごめんなさい」


 シュン、と小さくなって反省したのは幼馴染で婚約者のジャスミン・グロリア。今まで実家に顔を出していたらしいのでドレス姿だ。

 余程精神が疲れているのか、紫水晶(アメジスト)の瞳を潤ませて素直に反省している。

 差し出されたお茶を飲んで心を落ち着かせたジャスミンは、バンッと興奮してテーブルを叩いた。お茶菓子が飛び跳ねる。


「歌姫セレンが来たのよ!」


 優雅にお茶を飲んでいた貴族令嬢の姿はどこへ行った? まあ、ジャスミンらしいけど。


「あの世界的歌姫! 各国を回って歌を披露し、民も貴族も王族も彼女のファンだという超有名人が!」

「知ってるよ。さっき到着するところ見たし」

「なんでそんなに落ち着いているのよ?」

「だって、前々から来ることは聞いていただろ? 明日は一足早く王侯貴族向けに歌を歌ってくれるらしいし、親龍祭九日目には民衆に向けてコンサートもするらしいから。焦る必要はないかなぁって」

「……そりゃそうだけど」


 人生、落ち着きが必要だ。早い者勝ちならともかく、もう既に彼女の歌を聞くことは確定している。その為に彼女は王城に泊まるのだから。何も焦る必要はない。


「歌姫セレンが到着したそうですね?」

「うおわぁっ!? (あち)っ!? (あつ)っ!?」


 突然、耳元で吐息を吹きかけながら凛とした声で囁かれて、俺はジャスミンが入ってきた時よりも驚いた。またお茶をこぼしてあたふたする。


「だ、大丈夫ですか!? 申し訳ございません!」

「大丈夫だ、リリアーネ。出来れば、気配を殺してそっと入ってくるんじゃなくて、ある程度音を立ててくれるとありがたい」


 いつの間にか気配を消して入室していたリリアーネが慌ててタオルで拭いてくれる。

 デリケートな部分をフキフキしながら、リリアーネは上目遣いで微笑んだ。


「善処しますね」


 キラキラと悪戯っぽい輝きが宿る蒼玉(サファイア)の瞳。絶対にするつもりないな。俺を驚かせる楽しさに気づいた悪戯っ子の顔をしている。

 再度水分を蒸発させて汚れを弾き飛ばす。熱いお茶が垂れたところは治療。

 女性二人は何故か楽しそうに、いえーい、とハイタッチ。


「ジャスミン、気づいてたなら教えてくれよ」


 対面に座るジャスミンは、俺に忍び寄るリリアーネに気づいていたはずだ。


「嫌よ。私、リリアーネの味方なの」

「ジャスミンさんを味方にしちゃいました!」

「この裏切者ぉ~!」

「それに、好きな人のいろいろな表情を見るというのが恋する乙女の楽しみなのです!」


 臆することもなく恥ずかしい言葉を言うリリアーネさん。流石です。


「リリアーネ……よくそんな言葉を恥ずかしがらずに言えるわね……」

「そうですか?」


 若干ツンデレで意外と乙女な騎士のジャスミンと、純真天然でイケイケな深窓の令嬢のリリアーネ。見た目と中身が逆だ。まあ、そういうギャップが良くて萌えるのだが。


「それにしても、歌姫の生歌は初めてかも」

「私は確実に初めてですね。実はお顔も知りません」


 屋敷にセレンの歌が録音された魔道具があり、二人はちょくちょく借りて聞いている。二人も歌姫のファンなのだ。もちろん俺も。


「シラン様も歌はお好きですよね? よく聞いていらっしゃいますし」

「俺の場合は母上の影響だな」


 俺の実母のディセントラ母上は歌が上手だ。小さい頃から母上の歌を聞いて育った。

 公で歌うことは一切ない母上だが、家族の前ではよくその歌声を披露する。その影響で、俺は歌を聞くのが好きである。


「リリアーネだって歌は上手だろ?」

「また膝枕をして子守歌を歌って差し上げましょうか?」

「こ、この年で子守歌は恥ずかしいんだが……」

「ですが、私はディセントラ様から子守歌しか教えてもらっていませんよ? これだけ知っていれば大丈夫だと」

「母上ぇ~! 絶対にわざとでしょ~!」


 母上のレパートリーは豊富でしょう! 小さい頃から聞いてきた息子の俺は知ってるんですから!

 そこで俺は気付いた。リリアーネの隣に座っている女性をジトーッと見つめる。


「な、なによ」

「いや、ジャスミンの歌声を最近聞いてないなぁって。小さい頃は『お姉ちゃんが歌ってあげる!』ってよく歌ってくれてたのに」

「ちょっ!? 昔の話は無し!」


 ポフンと爆発的に赤らめるジャスミン。

 彼女は俺の一歳年上。だから、昔は『私はお姉ちゃんなの!』みたいな感じでイジ……可愛がってもらった。

 なにそれ聞きたいです、とリリアーネは瞳を輝かせて興味津々。

 真っ赤になったジャスミンは、ぷいっと顔を逸らす。


「ふ、二人きりならいくらでも歌ってあげるわよ」

「楽しみにしておく」

「でも、私もディセントラ様から子守歌しか習っていないわよ? シランが一番好きな歌だけ知っていればいいって」

「母上ぇ~!」

「昔の話を詳しく教えてください!」

「嫌よ、恥ずかしい!」

「俺も巻き添え喰らうのは勘弁」

「ジャスミンさん、仲間じゃないですかぁ~!」

「残念。今はシランの味方」

「裏切者ぉ~!」


 コミカルにポコポコとジャスミンを叩くリリアーネ。可愛い。二人とも可愛すぎる。

 それを眺めながらお茶を飲む。お茶菓子はいらないくらい甘くて幸せな光景だ。

 その時、ノックもせずにドアが勢いよく開かれた。


「シラン様! 歌姫様が到着したって知ってる!?」

「んぐっ!?」


 突然現れたのはフェアリア皇国の皇女ヒース・フェアリアだ。俺の婚約者の一人。虹色の蛋白石(オパール)の瞳をこれでもかと輝かせている。

 危ない危ない。お茶を噴き出すところだった。二度目は喰らわないぞ。


「旦那様、大丈夫ですか?」

「ぶふぅっ!?」


 背後から二度目の囁き声をくらった俺は、我慢できずにお茶を噴き出してしまった。

 エリカ……いつの間に俺の背後に!? 今来たばかりのヒースはまだドアのところだぞ!?


「あぁもう。仕方がない旦那様ですね」


 言葉では、仕方がない、と言いながら、とても嬉しそうに服についたお茶をハンカチで拭うメイド服のエリカ。金緑石(アレキサンドライト)の瞳が赤紫色に染まっている。

 絶対にわざと驚かせたな?


「また返却しようと思っていたハンカチを使用してしまいました。いつまで経っても返せません」

「と言いつつも、あのハンカチは大切に持っていて、似たようなデザインのハンカチを使用しているエリカであった」

「姫様!?」


 いつの間にか賑やかになったなぁ。

 そんなことを思いつつ、集まった婚約者たちと仲良くお喋りをするのであった。




















▼▼▼



「シランくん、変わりましたねぇ~」

「そうか?」

「はいぃ~。大人っぽく成長しましたぁ~。心も身体もぉ~」


 皆が寝静まった真夜中。

 間延びした喋り方の女性を抱きしめる。

 腕枕で寝たまま、彼女は俺の身体をペチペチと触る。実に楽しそう。

 ベッドの上に横たわる俺たちはお互いに裸だ。

 部屋には男女が激しく愛し合った独特の匂いが充満している。

 汗の匂いがするはずだが、彼女はむしろ積極的に俺の匂いを嗅ぐ。

 臭くないのだろうか?


「婚約者がいるのにイケナイ男の子ですねぇ~シランくんはぁ~」

「女好きの夜遊び王子だからな」

「まったく、誰かに刺されても知りませんよぉ~」

「ははは。もう経験済みだ」


 リリアーネのお父上、ヴェリタス公爵にはもう既に一回刺された。痛かったなぁ。


「さて、君の歌を一曲聞かせて欲しい、極光の歌姫(アヴローラ)

「私のファン第一号がお願いするのならぁ~、仕方がありませんねぇ~」


 裸の彼女がゆっくりと起き上がり、何度か声の調子を確認する。


「ではぁ~、シランくんの好きな子守歌でも歌いましょうかぁ~」


 室内に響き渡る優しい歌声。その声は心の奥底まで震わせる。

 羽が舞う。彼女の背中から生えた大きな翼が、逆巻く炎のように赤、紫、緑と色を変える。

 それは極光(オーロラ)のように。


お読みいただきありがとうございました。

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