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第261話 夫で父親 前編

 

 ランタナとその母サルビアさんが店の奥に消えて、俺はグーズさんと男の会話をすることになった。


「そう言えば、サルビアさんって元伯爵令嬢ですよね?」

「……どこでそれを聞いた?」


 一気に剣呑な雰囲気を醸し出して、肩に回された腕に力が入る。驚くほどの豹変っぷり。眼光が鋭い。

 小さな子供がいたら泣き出してしまうだろう。

 これが愛する妻を守る夫か。強いな。


「ランタナから聞きました」


 お風呂で。裸の付き合いをしながら。絶縁したって聞いたけど。

 圧力が一瞬で霧散する。グーズさんは驚きで言葉を無くし、なるほどなぁ、としみじみと呟く。


「あの子がいうとはな……そう、その通りだ。母さんは元貴族のご令嬢さ」

「家名を伺っても?」

「まあいいんじゃね? オポチュニズム家だ」


 伯爵家じゃなくて辺境伯家かよ。

 辺境伯は国境沿いに配置され、独自の軍を持つことを義務付けられた貴族である。万が一攻め込まれた場合にいちいち王都に意見を求める時間はない。なので、辺境伯家には独自の裁量権が与えられている。

 地位で言えば、伯爵よりも上、侯爵よりも下だ。

 オポチュニズム家はドラゴニア王国の北東、デザティーヌ公国との国境沿いの領土だ。公国とは高い山脈を隔てているが、何度か攻め込まれて戦場になった歴史がある。魔物も強い。


「オレはなぁ、若い頃オポチュニズム家の騎士団に入隊したんだ。でもよ、新兵って1、2年は訓練訓練訓練だろ? 毎日毎日身体を酷使して、死ぬほど疲れて、家に帰る前に途中の公園で休まないとたどり着けなかったほどだ」


 グーズさんは少し遠い目をして懐かしそうに思い出話を始める。

 そうして、ニヤリと嬉しそうに笑った。


「そんなときさ、母さんと出会ったのは」


 もう少年のように瞳がキラッキラしている。余程サルビアさんのことを愛しているんだろう。


「オレの隣に座ってさ、護衛もつけずに一人で。最初はただ何気ない世間話だったよ。毎日毎日現れる彼女と時間つぶしのお喋り。気づけばそれを待ち望んでいるオレがいたんだ」

「なんかロマンティックですね」

「だろ? んで、いつの間にか好きになってて、お互いのことを知るような会話になり、付き合い始めた。少しして、オポチュニズム家当主から呼び出された」


 あぁー何となく展開が読めた。グーズさんの苦々しい表情からもわかる。


「第一声は『娘と縁を切れ』だったな。そこで初めて知ったんだ。母さんが貴族のご令嬢で、オレが仕えていた家の四女様だったことにな。大金が入った袋を押し付けられて『手切れ金だ』だとよ。受け取って縁を切らなければ、貴族令嬢を誑かした罪で殺すと」


 いかにも貴族が言いそうな言葉だ。


「オレは目の前が真っ暗になった。あれって本当に暗くなるんだな。自分が情けなくて、悔しくて、行き場のない怒りが込み上げてきて、悲しくて辛かった。手に持っていた大金の袋が虚しく感じたよ」


 重い重い言葉だ。本当に経験した者じゃないとこんな重い言葉にはならない。

 でも、グーズさんの顔には後悔はない。なんか何かを堪えている感じ。


「どこをどう通って家に帰ったのかわからない。気づいたら家の前で外は真っ暗だったよ。んで、玄関を開けたら勝手に荷造りされてスッキリ整頓されていた。そして、ベッドにチョコンと座っていた母さんが『おかえりなさい、遅かったわね』だと。幻覚かと思ったわ!」


 堪えきれずに、あっはっは、と豪快に笑い始めるグーズさん。堪えていたのはこの笑いか。

 バシバシと背中を叩かれる。痛い痛い。


「どうしてって聞いたら『絶縁してやったわ』とあっさり言いやがった。『ついでに貴方の辞表も出してきたからよろしく』だと。いやー自分の知らないところで無職になっていたとは驚いた驚いた」

「追い返さなかったんですか?」

「その前に母さんのペースに呑まれちまってな。トテトテ寄ってきた母さんはオレが手に持った袋をひったくると中身を確認して『結構な大金ね。これで一から始められそう』って。貴族をあっさりと捨てた母さんの決断力に惚れ惚れしちまってよぉ。激しく燃え上がったオレ達は、お互い火照りが冷めないまま深夜便に飛び乗ったのさ」


 いやーあの頃は若かった、とグーズさんは豪快に笑う。今も若いけどな、と付け加える。

 す、すごいな。これで小説が一本書けそう。青春だなぁ。


「そんで王都に来て、いろんな仕事を経験して、この宿屋を始めたんだ。オレたちの愛の結晶も生まれて、いやーいつまでも幸せ絶頂期だな! で、ランタナが可愛くて可愛くて……おっと、これ以上は次来たときだったな!」


 くぅ! とても気になる! ランタナの可愛いエピソードがとても気になる!

 やっぱり今日聞いたらダメかな? 次来るまでモヤモヤが続くんだけど!


「ランタナも大きくなった。最近は滅多に帰ってこないけど、帰った時は愚痴を言うようになって……愚痴を言うランタナも可愛いけどな!」

「え゛っ!? ランタナって愚痴を言うんですか!?」

「あん? 言うぞ。言いまくるぞ」


 滅茶苦茶驚きなんですけど!? いや、人間だから愚痴を言うのは当たり前なんだが、真面目で優しいランタナがねぇ。想像できないな。

 愚痴とか弱音は全部自分の心の中に閉じ込めていそうなイメージだ。


「口を開けば殿下殿下殿下殿下! どんだけ好きなんだよっていうくらい婿殿の愚痴を言ってるぞ」


 うぐっ!? 心当たりしかない。

 ランタナ、本当に申し訳ございません。


「護衛から逃げられる。何も言ってくれない。もしかして、自分は嫌われているんじゃないか……。心当たりはあるか、婿殿よ?」

「……うっす。申し訳ございません」

「いや、オレは別にいいんだけどよ。婿殿の愚痴を言う時のランタナの顔が乙女でよぉ。愚痴を言うだけ言って、最後は必ず『でも、女誑しの殿下は噂とは全然違ってお優しい方です……女誑しですけど』だと。愛されてんな!」


 何故女誑しと二度も言うんだろうか、と少し疑問に思ったが、実際にそうなので俺は何も言えない。

 そっか、ランタナはそう思ってくれていたのか。嬉しいな。

 いや待てよ。ランタナってダメ男に引っかかりやすいタイプなんじゃ……?

 嬉しそうに背中をバシバシ叩いていたグーズさんが一気に真面目な顔つきになった。


「男っ気が皆無だった娘に出来た初めての男だ。自分の気持ちにも気づいていない不器用でクソ真面目な可愛い娘を、殿下、どうかお願いします!」




お読みいただきありがとうございました。

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