第258話 出歯亀という名のデート
「うぅ……落ち着きません」
俺の腕にしがみついたランタナがずっとソワソワしている。
背中や肩、そして胸元が大きく開いた薄い服に薄いブラウスを羽織っている。そして、膝丈ほどのスカートと編み上げブーツ。とても似合っている。
普段騎士服かアレしか見慣れていないので、こういう可愛い格好をするとギャップが凄い。綺麗で可愛い。
ちなみに、もう一つのアレというのは、裸だ。ランタナとは二度ほどお風呂で裸のお付き合いをしたので。その時の印象は強烈だった。
今はランタナと二人でアーサーとメリル嬢のお忍びデートを出歯亀しているところだ。バレないようにただのカップルを装っている。
「やはり私は……」
「はいはい。似合っているんだから気にしないの」
「ですがぁ~!」
潤んだ琥珀の瞳で上目遣いをされた。破壊力が凄まじい。理性が警報を発する。
くっ! ランタナが可愛すぎる。普段は真面目な彼女がこうもしおらしく可愛い反応をすると、ギャップ萌えで致命傷を喰らってしまうから控えて欲しい。
ただでさえ隠れ巨乳の胸が腕に押し当てられているんだから。
俺の理性よ、頑張れ!
ランタナは涙目で自らの腰を軽く撫でる。
「やはり、細剣がないと落ち着きません」
「そっち!?」
慣れないスカートや露出多めの服で落ち着かないのだろうと思っていたのだが、理由は愛用の武器が無いから? 武人過ぎない?
今日は冒険者風じゃないので我慢してください。
「一応携帯用の武器は持ってきているんだろう?」
「はい。左右の靴の中と底、両太もも、お腹に一本、腰に二本です」
お、多い。予想以上だ。合計で九本ですか。
あっ、本当だ。お腹というか下乳の辺りに小さなナイフ、腰には……ごっついコンバットナイフが二本ある。
「ちなみに、手首や髪に巻かれたリボンも魔力を通せば硬質化する魔法付与付きです。いざという時はこれで敵を斬れます」
合計で十本以上ですか。お見逸れしました。
というか、さりげなくセクハラをしてしまって申し訳ない。セクハラをした俺が言うのもなんだけど、ランタナさん、嫌なら即座に叩くなり悲鳴を上げるなりしてくださいよ。全然気にしていない様子だと触ってもいいんだと誤解を招くぞ。
「まあ、安心していいんじゃないか? 周囲には第十部隊も第十一部隊もいるんだし。俺たちは素直にデートを楽しめばいいんだよ」
「はい…………って、これってアーサー殿下とメリル様の護衛ですよね?」
「あはは、そうでした」
ジト目で睨まれて目的を思い出した。俺はすっかりランタナとデートをする気分だった。危ない危ない。
ではでは、初心なアーサーと将来の義妹のデートを観察しましょうか。
二人は物珍しそうにお祭り騒ぎの王都を散策している。でも、お店に寄るわけではないらしい。
楽しそうに目をキラッキラさせながら仲良く手を繋いだその姿は、王子と伯爵令嬢ではなく、まるで普通のカップルのようだった。
無垢な二人が眩しい。そう思う俺は汚れているのだろうか?
「二人は楽しそうだな」
「ええ、そうですね」
ふと隣を歩くランタナに目を向けると、真剣な眼差しでアーサーたちを凝視していた。少しも目を離さないように。周囲に怪しい人がいないか確認するために。
琥珀の瞳に今は冷たい光を宿している。
目を離したと思ったら、次は俺たちの周囲を見渡した。安全を確認すると視線をアーサーたちへ。そしてまた俺たちの周囲を。その繰り返し。
「あの~ランタナさん?」
「はい、何でしょう?」
「全然デートのフリになってない」
「えっ? そうでしたか?」
キョトンとしたランタナ。デートに誘った時の驚くランタナとか、今の彼女もそうだが、今日は初めて見る顔が多いなぁ。ごちそうさまです。
本人からすると、デートのフリを完璧にこなしていると思っていたらしい。
「男女が腕を組んで歩けばデートに見えるのでは?」
「普通はな。でも、ランタナの眼が明らかにデートじゃない。鋭すぎ」
「うっ!」
まあ、ランタナは護衛だから仕方ないけど。でも、もうちょっと力を抜いてもいいかな。周囲には変装した近衛騎士が二部隊いるから。
ランタナは恥ずかしそうに頬を赤らめると、そっと目を伏せた。
「……そ、そんなことを言われても困ります。私はデートをしたことが無いんですから」
「もしかして、これが初デート?」
「はい……」
マジですかぁ。そう言えば、ランタナは恋愛をしたことが無いって言ってたな。
そっか、これが初デートか。俺なんかが初めてで申し訳ない。
いや、デートカウントにしてもいいのか? それはランタナ次第か。
初デートならこの時間を楽しく過ごして欲しい。
「よし、決めた!」
「何をですか?」
ランタナの警戒と怪訝と若干の呆れが滲んだ面持ち。少しギュッと腕を抱きしめられた。俺が逃げ出さないように。
「俺たちは俺たちでデートを楽しむぞ!」
「えぇっ!?」
「というか、ランタナは俺の護衛だろ? 俺だけを見ていろ。俺だけを気にしていろ。アーサーはついでだついで。護衛は第十一部隊に任せておけ」
「それもそうですね……」
琥珀の瞳から少し力が抜けた。警戒の範囲を縮めたのだ。
相変わらず俺の周囲は警戒しているけど、さっきよりは遥かにマシだ。チラチラと俺のほうを恥ずかしそうに見つめるので、傍から見たらデートに緊張している彼女のようだろう。
「お二人はどこへ向かっていらっしゃるのでしょうか?」
「多分あれだな。友達を誘いに行くんだろう」
「お友達ですか」
「メリル嬢の親友の女の子。三人は仲が良いんだよ」
大通りを外れて、王都の端の方の下町に入り込んだ。
人通りは少ないが、風情溢れる街並みだ。隠れた名店がひしめき合う、知る人ぞ知るスポットでもある。
「ここですか……」
何やら不思議な表情を浮かべているランタナ。珍しい表情だ。行きたくなさそうな雰囲気を感じる。近づきたくなさそう。でも、どこか懐かしげ。
「どうした?」
「いえ、何でもありません」
手を繋いだアーサーとメリル嬢はある小さな建物の中に声をかけて入った。中から歓迎する声が風に乗って聞こえてきた。少し遅れて、変装した近衛騎士団もさりげなく突入する。
ランタナが立ち止まった。小さな声で驚きを露わにする。
「『宿屋やすらぎ』ということは、メリル様のご親友はまさかポリーナ?」
「知っていたのか?」
「ええ、まあ」
「メリル嬢のお母上とポリーナ嬢のお母上が学園で親友だったらしい。そのつながりで娘たちも仲良しに。んで、アーサーも仲良くなって三人はいい感じだ」
ランタナはポリーナ嬢を知っているみたいだし、世界って狭いなぁ。
窓からチラッと見えたが、アーサーたちはそのまま宿の食堂で少し軽食を取りながらポリーナ嬢とお喋りするようだ。ポリーナ嬢は元気そうな子である。
「少し時間がかかりそうだな。ランタナ、この辺りで良い場所を知らないか?」
「あるにはあるのですが……騒がしいですよ? 正直行きたくありません」
「いや、ランタナが行きたくないのなら別の場所でいいんだが?」
「いえ、アーサー様方を視界に入れるのならあの場所しかありません。行きたくありませんけど……」
本当に嫌そうだな。行きたくないのなら行かなくていいって言ってるのに。
実に形容し難い微妙な顔で俺の手を引くランタナ。彼女は俺の予想以上に近い場所、『宿屋やすらぎ』の向かい側に存在する建物へと案内した。
小さいけど温かみの感じる笑顔溢れる店内だった。
入店した俺たちに気づいた中年の男性が威勢の良い声を張り上げた。
「ようこそ! 『宿屋ヒヨクレンリ』へ!」
へぇー。ここも宿屋なのか。看板を見てなかった。
良い感じの宿屋じゃないか。俺はこういうところが好きだな。
ちなみに、連れ込み宿ではなく普通の宿だ。
「って、お?」
従業員らしき男性が俺たち、いや、正確には顔を伏せているランタナに気づいて目を丸くした。
そして何を思ったのか、男性は両手を広げてランタナへと飛び掛かったのだ。
「Oh~! My cutey beauty sweety! オレの愛しい人よぉ~~ぶげらっ!?」
そんな男性を、ランタナは情け容赦なく、一切の躊躇もなく、固く握りしめた拳で顔面を殴り飛ばしたのだった。
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