第250話 診断
ドタバタ、ドタバタ。
背後で格闘する音がする。
「……コラ、暴れちゃダメ。詳しく調べさせて」
「い、いやぁ~! そこはダメです~! あぁっ!?」
「……インピュア、ケレナ。ソノラをもっと押さえつけて」
「やってるわよ。って、力強っ!?」
「あぁ……無理やり押さえつけられて拘束される……なんて羨ましい!」
現在、俺の背後で回復に特化したビュティ、インピュア、ケレナの三人によって淫魔となったソノラの診察が行われている。
どうなったらこんな格闘音になるのか気になるが、俺は絶対に振り返らない。振り返ったら物や平手打ちが飛んでくることは過去の経験から学んでいる。
しかし、エロい喘ぎ声はどうにかならないか?
「で、殿下! 助けてくださいよぉ~! あっ、ダメです! 今裸だから! 振り向いたらダメですよ! 振り返ったら叩きます!」
叩かれてもいいので振り返っていいですか?
男とはこういう生き物である。性欲に忠実。
まあ、振り向くことはしませんが。
診察前に部屋を出て行こうとしたが、ビュティに止められた。万が一の時に備えて欲しいらしい。何が起こるかわからないから。
「……ケレナ。枝や根っこを絡みつかせて」
「私、Sじゃなくて超絶なドМなのですが」
「……後で縛るから……シランが」
「俺かよ!?」
「……それに、枝や根っこを絡みつかせるプレイって良いと思わない? ケレナにしかできないプレイ。偶には自分じゃなくて他の人に試してみることも大切」
「頑張りゃせていただきましゅ! あへぇ~」
「ちょっと! 隣で発情しないでくれる!? 変態が感染るんだけど!」
「うきゃー!? なにこれ!? 枝? 根っこ!? なんかドロッとした液体が付いてますよー!?」
背後がいろいろとカオスだ。とても気になる……!
まあでも、気配を探るだけにしておこう。頭の中で三次元化して……おぉ……。
「……おぉ。ちゃんと悪魔化してる。ぺろり」
「ひょわんっ!? は、羽の付け根を舐められましたよぉ~!」
「……感度抜群。尻尾はどう?」
「ぴきゃっ!?」
「……ふむふむ。淫魔の尻尾は超絶な性感帯っと。シラン、覚えておいて」
「りょーかーい」
「しゃ、しゃわりゃないでぇ~。はにゃしてぇ~」
ソノラの尻尾は性感帯。喘ぎ声と共にバッチリ記憶しました。
「……ぺろり。ぺろぺろぺろり。内包する魔力。途轍もなく膨大」
「うひゃぁー!?」
「どれくらいの魔力だ?」
「……ケレナもしくはマグリコット、あとはファナとほぼ同じ」
「「「 は? 」」」
俺、インピュア、そして名前が上がったケレナまでが唖然とする。
ケレナやマグリコット、ファナと同じくらいの魔力量だと? 馬鹿げている。
マグリコットは『灼熱の神牛』と一部地域では神と崇められている溶岩牛。ちょっと不機嫌に叫んだだけで火山が吹き飛ぶほどの力を持つ。
吸血鬼のファナは血族の始祖たる真祖。かつて龍状態のソラの鱗を打ち砕いた経歴を持つ。
そしてケレナは……雌豚と罵られることに恍惚とし、超絶なドМの変態で、歩く18禁とまで呼ばれるあのケレナだが、不本意なことに、本当に残念なことに、決して認めたくはないのだが、彼女は中身がアレでも一応、本当に一応世界樹なのだ。
使い魔の中でも魔力量では最上位に位置する彼女たちに匹敵する魔力。なんだそれは。
「……ケレナ、ビクンビクンするのは後にして。インピュア、最上級の回復魔法」
「はいはい。やってあげるわよ! というか、邪魔よ変態!」
部屋に清浄なる光が満ち溢れ、眩しく輝く。
恍惚とした嬌声は聞こえなかった。聞こえなかったと言ったら聞こえなかったのだ。
「ビュティ、インピュア、どうだ?」
「流れるように自然な無視! ありがとうございますっ!」
「効果なしよ」
「……ふむ。完全に悪魔に、淫魔になっている。回復魔法は効かない」
「人間が悪魔になる。あり得るのか?」
「……可能性としては、ある」
あるのか。
人間から悪魔に、モンスターになるのは今まで聞いたことが無い。あるとするならば、死後に不死者モンスターになることだけ。
人間からモンスターに変化する。明らかに普通の魔法じゃない。禁術の領域だ。
「……人間が負の感情に呑まれてモンスターと化す例はある。人から堕ちた存在。古くは生成と呼ばれていた。ただ自我が消失して暴れまわり、完全に変異する前に討伐されるけど」
「生成か……なるほど」
「……でも、ソノラは違う。完全な自我を持って記憶すらある。奇跡と言ってもいい」
奇跡か。黒翼凶団が神と崇めていた悪魔。これが神の奇跡とやらか?
「……でも、一つ確信した。ソノラは悪魔召喚、いや、悪魔転化と言った方が良いか。昨夜の一度の禁術によって悪魔になったわけじゃない。もっと前から悪魔化は進行していた」
「もっと前から?」
「……そう。覚えてる? ソノラの肌が爛れていたこと」
「あっ!」
「えーっと、数日前にお世話になりましたね。というか、たった数日前なんですね。もっと前な気がしてます」
あの時の皮膚の爛れは悪魔化の副作用か!? でもどうして!?
「ソノラはもっと前から黒翼凶団に狙われていたのか」
そうとしか言いようがない。
「……たぶん。あの時、私はソノラを人間だとは言いきることが出来なかった。今ならわかる。ソノラの存在が僅かにモンスター化していた。完全な人ではなくモンスターでもない歪な状態だった」
「昨日の儀式は最後のトドメってわけか」
一気に転化させるのではなく、ゆっくり徐々に変異させる。
なるほど。よく考えた。そのほうがリスクは遥かに低い。
俺がソノラの先天的な子宮の問題を解決するためにやった方法と同じだ。
ゆっくりと身体を書き換えていく。書き換えられたから身体はそれを正常と認識してしまうので、大きな害は発生しない。回復魔法も効果がない。
「……この方法を考えた人は天才。よく思いついた。それと同時に途轍もなく狂ってる」
人をモンスターにしようとは常人は考えない。
狂った人間にしか思いつかないだろう。
「……背後関係はシランに任せる。私は私の仕事をする。取り敢えず、体液ちょうだい」
「た、体液!? で、殿下! 助けもごもがっ!?」
「……黙って大人しくして。淫魔の体液には媚薬成分がたっぷりと入ってる。これで新たな媚薬が作れる。フヒッ!」
ほ、ほどほどにしてくださいね、ビュティさん。
そしてソノラ、頑張れ。
君の無事を俺は祈っているよ。
くぐもった嬌声が部屋に響き渡ったのは、その直後のことだった。
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