第243話 姉妹の仲
Trick or Die!
……えっ?
部屋で向かい合うケマ・ゴールドとマリア・ゴールド。姉妹だからか、やはり顔立ちが少し似ている。
「久しぶりね、マリア。十年ぶりくらいかしら」
「そうですね。片時も忘れることはありませんでした」
返答するマリアの声音は冷たく固い。湧き上がる感情を必死で抑え込んでいるような印象。瞳をケマから離さない。
「どうやってここにたどり着いたの?」
「昼に貴女と出会ってから付けさせてもらいました」
「そう。あんな場所で再会するなんてね。驚いたわぁ。まさか王太子殿下の秘書官になっているなんて。教えてくれても良かったじゃない」
「……例え天変地異があったとしても、アンタだけには絶対に教えません、このクソ女!」
マリアの感情が爆発した。普段の真面目な彼女からは想像もできない怒りの感情と口汚い侮蔑の言葉。今にもケマに掴みかかりそう。
そんな激しい怒りを向けられても、ケマは余裕の表情を崩さない。
「あらあら。酷いわねぇ」
「酷い? それは貴女のほうです! 貴女が出て行った時のことを忘れたとは言わせません!」
「ちゃんと覚えてるわよ。お母さんがお金を渡してくれたの」
あまりの怒りに言葉を失うマリア。握りしめた拳。整えられた綺麗な爪が皮膚に食い込む。身体が震える。
「……母さんが渡した? 根こそぎ奪ったが正解です。母さんが汗水垂らして必死で働いてためたお金も、思い出の代物も、お金になりそうなものは全部! 貴女が!」
「思ったほどお金にならなかったのよね。すぐに使いきっちゃったし」
煽るようなケマの言葉に、マリアから殺意が迸る。もし、この場に刃物があれば、振りかざして突き刺していただろう。
10年以上前、ケマが家を出ていく際、あらゆるものを持ち去って消えたのだ。貯金はもちろん、家具や服まで。そして、何とか家計をやりくりし、捻出した学校への進学費用も。
決して裕福とは言えなかったゴールド家。マリアは、あの時の母の涙を忘れられない。
余裕がなくなった家。毎日生活するので精一杯。それでも、血反吐を吐きながら働き、奨学金で学校に通い、あらゆる努力をし、現在、マリアは王太子の専属秘書官の地位にまで登り詰めたのだ。
「どうせ血の繋がっていない母親なんだし、私にはどうでもいいわ」
「貴女を育てたのは母さんです!」
ケマとマリアは異母姉妹だ。母親は違う。
父親は女癖が悪かったようで、妻との間にケマが、無理やり孕まされた女性との間にマリアが生まれた。しかし、その後すぐにケマの母が病死。父親はマリアの母親と結婚。だが父親も彼女たちが幼い頃に死亡した。
マリアの母親は血の繋がらないケマにも愛情を注ぎ、二人の姉妹を女手一つで育てた。
しかし、ケマは裏切った。
「母さんは一度もアンタを恨みませんでした。たったの一度も! 責めるのはいつも自分。ダメなお母さんでごめんね、と……」
心底どうでもよさそうにケマは片手を振った。
「で? 何が言いたいの? 思い出話だけ? あっ、もうお母さんは死んじゃったとか? それともお金を返せって?」
「……このクソ女!」
奥歯を噛みしめて怒りの形相で姉を睨むマリア。
ちなみに、母親は生きている。マリアは給料の半分を仕送りし、母は裕福に暮らせるにもかかわらず、質素に暮らしてほとんどのお金を娘のために貯金している。そんな娘思いの母親だ。
マリアは何度か深呼吸して冷静さを取り戻す。いつもの秘書官としての顔に戻った。
「別にお金を返せとは言いません。どうせ無理なことはわかっています。でも、私には貴女に一言言う権利はあったはず。その権利を行使したまでのこと」
「真面目ねぇ」
「貴女には感謝していますよ。おかげで今の私がいます。言いたいことが言えてスッキリしました。これで心の底からエルネスト様を支えることが出来ます」
言いたいことを全て言ったマリアは、フードを被り直しケマに背を向ける。
「では、失礼します」
姉妹の決別。これでもう家族ではなくなった。他人。次にケマとあってもマリアは何も思わないだろう。
部屋を出ようとする。もう二度と振り返ることはない―――はずだった。
「ねえ、私をエルネスト様に紹介してくれない?」
「……は?」
足が止まった。身体が振り返った。無視することも出来たはずなのに、その言葉だけは聞き逃すことが出来なかった。
「秘書官なんでしょ? 私を紹介しなさいよ。今日会ったけど、格好良かったわね。それに地位もバッチリ。なんせ王太子。次期国王。お金持ちだし、結婚すれば王妃になれる! 私に相応しいと思わない?」
「何を言って……?」
「シラン王子にも目を付けていたけど、狙うならやっぱりエルネスト様よねぇ。貴女よりも私のほうが綺麗だし、私に靡かない男なんていないわ。一度ベッドを共にすれば骨抜きにしちゃうし!」
目の前の女は何を言っているのだろう。訳が分からない。
マリアは心の奥からかつてないほどの怒りを感じた。殺意を感じた。さっきよりも遥かに濃密な感情だ。
自分に酔っている女は、マリアの激情に気付かない。
「だいたい、なんでオシャレも知らない芋女が彼の隣にいるのかしら。あぁ! 隣に立つ女性がより美しく見えるからなのね! エルネスト様もよくわかっているわ!」
「……エルネスト様を知らないくせに……!」
「あぁ……愛しのエルネスト様ぁ……」
その言葉を聞いた瞬間、マリアの中で何かが切れた。
「貴女みたいな女がエルネスト様の名前を呼ばないでください!」
咆えたマリアはケマに飛び掛かった。マリアは秘書官として、万が一の場合エルネストを守るために最低限の護衛術や格闘術を修めている。
繰り出される鮮やかな回し蹴り。素人のケマはたまらずに吹き飛んだ。
「うぐぅ……痛い……私の顔が痛い……なにこれ? 赤い?」
壁に激突したケマは、顔面の痛みに戸惑い、温かく湿った液体に首をかしげた。
マリアの華麗な蹴りがケマの鼻を粉砕し、鼻血が噴き出しているのだ。
「私は貴女みたいな女に手をあげて怪我するわけにはいかないんです。この手はエルネスト様を支えるためにありますから。その分、足は出ますけど」
言葉を聞いていないケマは、ヨロヨロと立ち上がって鏡の前へ移動。血で汚れ、潰れた鼻を何度も確認して、手で触っても確認。
「嘘……私の顔が……私の美しい顔が……!」
「最後に一つだけ言わせていただきます。ざまぁみろ!」
「マリアァァァアアアアアアアアアアアアアアア!」
叫ぶケマには美しさは微塵もない。髪を振り乱し、鼻は潰れ、鼻血で血だらけ。怒りの形相はまるで鬼婆だ。
彼女の叫び声が聞こえたのか、地下室の入り口から数人の男たちが出てきた。黒翼凶団の信者たちだ。
突然のことにマリアの身体が固まる。
「なんだなんだぁ? どんな状況だ?」
「アイツよ! アイツを殺して! 犯し尽くして殺して!」
「我が神の御前では清い身でいなくちゃいけねぇんだが」
「使えないわね! 生贄でも何でもしていいから殺しなさい!」
「まあ、そういうことなら」
男が一瞬で距離を詰めた。腹部に拳が叩きこまれ、マリアは何もできずに意識を失う。
脱力したマリアを抱え上げ、男たちは地下室へと戻る。
「で、何があった?」
「黙りなさい! あんたたちはその女を殺せばそれでいいの!」
「へいへい。キツイ女だなぁ。そこも魅力的だが。コイツ、ここ数日、性行為をしてないよな?」
「知らないわよ!」
「まあ、調べてみるか。処女なら神もお喜びになるんだが。そろそろ儀式を始めるぞ。アンタも来るか?」
「行くわよ! 願いを叶えてもらわないといけないんだから! そうしたら、この鼻もすぐに治るわ!」
儀式の会場である地下室。血で描かれた禍々しい魔法陣。神聖なる祭壇。捧げられた贄。
そこに、生贄の女性が一人加わった。
召喚の儀式が始まる。
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