第24話 怒り (改稿済み)
普段なら賑やかなはずのお茶会の会場から俺たちは移動していた。
原因は俺の右隣に座っている人物。美しく着飾った《神龍の紫水晶》の称号を持つジャスミン・グロリアだ。
怒気と殺気と魔力を体中から溢れさせている。それが庭園を覆ったのだ。
楽しいお茶会をぶち壊すわけにはいかず、公爵家の広大な敷地内をリリアーネに案内してもらっている。
紫色の炎を宿した瞳で俺をキッと睨む。
「ふぅ~ん? 大体わかったわ。毒を盛られたリリアーネ嬢が暗部に連れられて、旅行中だったシランの前に現れて、使い魔の力を借りに来たと」
丁度ジャスミンに表向きの出来事を説明し終わったところだ。
ジャスミンは、一応理解はしたけど、まだ怒りが消えないらしい。
「そ、そういうことなんだよ、ジャスミン。ビュティは知ってるだろ? 彼女の力と知識を使って解毒して、毒の成分を解析したんだ」
「はい。そういうことなのです。だから、私はシラン様に助けられたということになります」
俺の左隣に座る《神龍の蒼玉》の称号を持つリリアーネ嬢が、笑顔であまり助けにならない援護をしてくれる。
「い、いや、リリアーネ嬢。俺じゃなくて使い魔のビュティに助けられたんですけど」
「ですが、ビュティ様に治療をお願いしたのはシラン様ではありませんか」
あぁー、そういう捉え方もあるのか。そこはビュティに助けられたってことでいいのに……。
リリアーネ嬢は意外と頑固のようだ。
俺の右隣で、はぁ、と小さなため息。その吐息に俺はビクッと震えてしまう。
「じゃあ、責任ってどういうこと?」
ニコッと輝く笑顔を浮かべるジャスミン。その笑顔が異様に怖い。
俺は手紙の内容を素直に白状してしまったのだ。
冷や汗で服をびしょ濡れにしながら、口裏を合わせた表向きの理由を述べる。
「ち、治療の際、ビュティが勢いよくリリアーネ嬢の服を脱がせたため、俺は彼女の下着姿を見てしまったのです。それをお父上であるストリクト・ヴェリタス公爵に知られてしまって……」
「あの超武闘派の公爵にね……よく死ななかったわね」
ジャスミンが呆れている。同情と憐みの視線が心に突き刺さる。
俺はあの時の出来事を思い出し、乾いた笑みを浮かべる。
「あはは……剣で腹を貫かれました」
実際には胸だけど。心臓だけど。ジャスミンに心配させるから絶対に言わない。
今まで激怒していたジャスミンが、一瞬で心配で泣きそうな表情になる。
「だ、大丈夫なの!? ちょっと見せなさい!」
即座に俺の服を捲ってお腹を確認しようとする。
人が少ないとはいえ、屋敷で働く従者の眼は多い。彼らの前で、貴族の令嬢に異性の服を脱がせて裸を確認させるわけにはいかない。ジャスミンが男に節操なしだと思われる可能性もある。
特にジャスミンは公爵家の娘だ。敵は多い。国の中には王族や公爵家でさえ蹴落とそうとする貴族もいる。
貴族の間ではどんな些細な出来事でもすぐに広まってしまうのだ。
俺はジャスミンの手を掴んだ。
「ジャスミン。場所を考えろ!」
俺のきつめの口調にビクッとしたジャスミンは、周りを確認して自分がどこにいるのか思い出したようだ。大人しく手を引いてくれた。
急速に落ち着いたジャスミンは、ボソッと呟いた。
「……ごめんなさい。でも、後で確認するから」
苦笑しながら頷いた。俺の幼馴染さんは超過保護だ。俺の使い魔に匹敵するかもしれない。
俺の左隣で、俺たちのやり取りを聞いていたリリアーネ嬢は目をパチクリさせている。
「シラン様とジャスミン様は、とても仲がよろしいのですね」
「付き合いは長いからな」
チラッとジャスミンを見る。ジャスミンも俺を見ていて視線が合った。
「私とシランは幼馴染よ。こいつがおねしょしてた時から知ってるわ」
「おい! ちょっと待て! おねしょならジャスミンもしてただろ! 一緒にお昼寝した時とか! というか、ジャスミンのほうがおねしょしてた期間が長かったぞ!」
「ち、違う! なに嘘言ってるのよ!」
ジャスミンが顔を真っ赤にして俺の胸ぐらを掴み上げる。
く、苦しい。死んじゃうから離して! ブンブンしないで! 首が取れる!
リリアーネ嬢のクスクス笑いと、ジャスミンは必死で否定。
ギブアップをアピールしていたら、突如どこからか甲高い声が聞こえてきた。
「わたくしを入れなさい! あぁっ! シラン・ドラゴニア! 丁度良いところに!」
聞き覚えのある声。もう聞きたくなかった傲慢な声
公爵家の門の前に乗りつけられた馬車の窓から覗く、豪華なフリフリのドレスを着た金髪ドリルの少女。
高飛車で高圧的で感情的なヒステリック少女。俺の元婚約者のリデル・フィニウム嬢だ。
近くにいた公爵家の従者に事情を問いかけてみると、リデル嬢はこのお茶会に招待されていないにも関わらず押し掛けてきたそうだ。
頭の中はお花畑なのだろうか?
「無礼者! 汚らわしい平民風情が! 高貴なわたくしの命令に従いなさい!」
先ほどからずっとこの調子らしいです。
対応している皆さん、お疲れ様です。
選民思想に染まっているリデル嬢は、怒りの矛先が俺に向く。
「シラン・ドラゴニア! あれはどういうことですの!? 何故わたくしのダンデがダリア侯爵家から追放ですの!? それに、我がフィニウム家にも莫大な罰金なんて! 全てあなたの仕業ですわね!?」
今にも俺に飛び掛かってきそうなリデル・フィニウム嬢。
いや、王族との婚約を望んでいながら自ら不貞を働いたんだから普通でしょ。処刑されないだけでありがたいと思うべき。
ダンデサカム・ダリア、いやダリア侯爵家から追放されたから、ただのダンデサカムか。彼の追放は侯爵家当主で騎士団長のレペンス・ダリア侯が決めた。
罰金に関しても父上と宰相の仕業だから俺は何も知らない。
馬車から降りたリデル嬢は颯爽と近づいてくる。片手を大きく振り上げた。
「この!」
次の瞬間―――リデル嬢は動きを止めた。何故なら首に、銀色に輝く剣の刃が突き付けられたからだ。
俺を密かに護衛していた近衛騎士団がどこからともなく出現し、リデル嬢を取り囲んでいる。
「それ以上シラン王子殿下に近づいたら首を刎ねます。これは最後の警告です」
部隊長の殺気の籠った眼光がリデル嬢を射抜く。
本気だということを示すために、剣の先でリデル嬢の首を軽く突いた。薄く切られた首から真っ赤な血が滲み始める。
顔を青ざめながらも、リデル嬢は高圧的な態度を変えない。
「い、一体何ですの!? 侯爵家の娘であるわたくしに剣を向けて!? 無礼者!」
「無礼者はどちらでしょうか? 今、貴女は王族に何をしようとしましたか? 我らは近衛騎士。例え貴族の当主であろうが、王族に害をなすと判断したら殺します」
冷え冷えとした声。近衛騎士は最強の騎士たちだ。任務に忠実な彼らは、瞬きすらせずに危険人物の首を刎ね飛ばすだろう。
リデル嬢は近衛騎士の威圧に気圧されて、よろよろと後退りする。
でも、リデル嬢はプライドが傷つけられたようだ。
「ですが、その王子はこの国のゴミですわ! 近衛騎士が守る価値などありません!」
「……何も知らない癖に」
俺を庇っているジャスミンが小さく小さく呟いた。多分、聞こえたのは俺だけだろう。
ジャスミンの気配がどんどん静まっていく。怒りや殺気も全て掻き消え、彼女から静謐な気配が漂い始める。本気で激怒したようだ。
そろそろジャスミンは限界かな。今にもリデル嬢に飛び掛かりそうだ。
念のため手を握っておこう。
「近衛騎士たちよ。ドラゴニア王国第三王子である俺が命じる。剣を下ろせ」
「はっ!」
滅多に使わない俺の命令。近衛騎士たちは即座に応じる。
剣を下ろせとは言ったけど、鞘に戻せとは言っていない。何かがあれば即座に斬り殺せ、という合図だ。
さて、久しぶりに出会った元婚約者と楽しいお喋りでもしようかな。
お読みいただきありがとうございました。




