第236話 働くソノラ
第七章のあらすじ
親龍祭前日・・・各国から来賓が集まる。
一日目・・・テイア&セレネ親子とデート。そして、肌が爛れたソノラを保護。
二日目・・・ソノラの再発と治癒。そして、メリアール(アルストリア)とデート。
三日目・・・女性陣を連れてデート。働く女性コンテスト開幕 ←今ここ!
シラン爆発四散しろー! おっと失礼。つい本音が。
では、続きをどうぞ!
『ソノラちゃん頑張って!』
『儂らも応援しておるぞい』
『くぅ……ソノラちゃんも大きくなって……おっちゃんたちは嬉しいぞ。野郎ども! 買うのは一人一個だぞ! 買占め厳禁! ソノラちゃんに迷惑をかけるな!』
『『『 そんなことわかってる! だからさっさと退け! 』』』
おうおう。列の前のほうは賑やかだなぁ。
おばさま達が買い物のついでにソノラに笑いかけ、老人会のおじいちゃんおばあちゃんが歳を重ねたシワシワの手でソノラの手を握り、商店街のおっちゃんたちがお互いに言い争っている。
「皆さーん! 落ち着いてくださーい!」
流石、商店街のアイドル。対応は慣れたものだ。
しかし、自分の娘のようなソノラにデレッデレのおっちゃんたちは、更に熱狂的に盛り上がる。
あっ、おっちゃんたちが奥さんたちに殴られて撃沈した。やっぱり女性には敵わないよね。
思わず近くにいる女性陣を眺めてしまう。
「「「「 なにか? 」」」」
「いえ、何でもございません」
ジャスミン、リリアーネ、エリカ、そしてテイアさん。何故バッチリと目が合ってしまうのだろう? 心を読まれてる?
抱っこされているレナちゃんとセレネちゃん、そして読心の能力を持っているはずのヒースは訳が分からず首をかしげていた。
現在、俺たちは列に並んでいる。
働く女性コンテスト、という名のお店の宣伝なので、出場者はお店の物を売ってアピール。『こもれびの森』は飲食店なので、当然食品。ウェイトレス姿のソノラが元気よく売っている。
慣れた様子で順調にお客を捌いていき、とうとう俺たちの番になった。
「やあ、ソノラ。頑張ってるな」
「あっ、殿下! いらっしゃいませ。ジャスミン様やリリアーネ様もこんにちは!」
「こんにちは」
「ごきげんよう」
「テイアさんとセレネちゃんも来てくれたんですねー! む? レナまでいる? もしかしてレナやあの子たちが我儘言いました?」
俺、ジャスミン、リリアーネはソノラと仲が良く、テイアさんとセレネちゃんはほんの少し面識がある程度。
順番に挨拶をしていってレナちゃんに気付き、ソノラが訝しんでムッと顔をしかめた。
「いえいえ。忙しそうなので預かっているだけですよ。子供たちはよく働いていました。そうよね?」
「「 ねー! 」」
テイアさんの問いかけに二人の幼女が仲良く頷いた。とても可愛らしい。天使だ。
それなら良いですけど、と納得し、ソノラは敢えて見ないようにしていた初対面の女性二人に目を向ける。
「それで……殿下? 新たな女性ですか。流石夜遊び王子。性欲の権化。殿下のバカやろー!」
「よく言ったわ! もっと言ってやりなさい!」
「ソノラ!? ジャスミン!?」
エリカ並み……とまでは言わないが、若干呆れの籠ったソノラの罵倒。
あはは……なんかごめんなさい。でも、性欲の権化まではないと思う、たぶん。
それとジャスミンさん。よく言ったって何ですか……。これ以上は聞きたくありません。
むむむ、と警戒心を露わにしたヒースが綺麗な所作で皇女らしく一礼する。それに合わせてエリカもクールに美しく一礼。
「お初にお目にかかります、フェアリア皇国第二皇女ヒース・フェアリアと申します」
「ヒース様の専属メイド兼フェアリア皇国ウィスプ大公家長女エリカ・ウィスプです。以後お見知りおきを」
「わわっ!? フェアリア皇国のお姫様にお貴族様!? あの、えっと、ソノラです。昔、殿下に命を助けてもらった、ただただド平民のソノラです! その、お二人ともお綺麗ですね!」
あたふたと顔を青ざめ盛大に慌てながら自己紹介をしたソノラは、俺の服をクイクイっと掴んで耳打ちした。
「ど、どうしましょう殿下。私、無礼なことしましたよね? 失礼なこと言っちゃいましたよね? 不敬罪ですか? 打ち首ですか? 死刑で処刑されちゃいますか!?」
「落ち着けソノラ」
「落ち着いてなんかいられませんよ! 土下座! 土下座しなきゃ! いや、それよりも五体投地っ!?」
「だから落ち着けって。俺たちは公爵令嬢と王子なんだから今更二人増えたところで変わらないだろ?」
「……おぉ! ジャスミン様もリリアーネ様もお貴族様でしたね! でも……王子って?」
おいコラ。首をかしげるな。
ほらここ! 目の前にいるだろうが。耳打ちしてるだろうが。殿下って呼んでるのに忘れるな!
くっ! こうなったら……。
「……自己紹介、最後、噛んだだろ」
「うぐっ!? しょ、しょうがないじゃないですか! こんなに人が多いなんて思ってなかったんですよぉ~! もう頭が真っ白で最後に噛んだことしか覚えてないんです!」
「可愛かったぞ。『よろしくお願いしまっしゅ』」
「ぐはっ!? 殿下のばかぁ~! 止めて! お願いだからもう止めてぇ! 忘れてぇ~!」
涙目のソノラにポコポコと叩かれる。
忘れてって言われてもなぁ。無理! あっはっは。いやぁ~弄って揶揄うのって楽しい!
ソノラで遊んでいたら、ジャスミンにバコンと頭を叩かれた。痛い。
「いい加減にしなさい。後ろに大勢並んでいるんだから」
おぉ。そうだったそうだった。喋り過ぎたら後ろのソノラファンから殺されてしまう。さっきからビシバシと殺気を感じるのはそのせいか。『ソノラちゃんを泣かせたら殺す』とブツブツと呪文のように呟いているのが不気味で恐ろしい。
ハッと気を取り直したソノラが元気よくニッコリと笑顔を浮かべた。
「改めましていらっしゃいませ! 出張『こもれびの森』です! まあ、残念ながらメニューは一種類しかないんですけどね」
そうなのか。まあ、メニュー表もあるし、商品が並んでいるからわかってたけど。これは焼き菓子か?
注文しようと口を開けた。しかしその直前、微かな風が吹いた。
「シラン殿下。少しお待ちを」
「んっ? ランタナ?」
冒険者を装ったランタナがいつの間にか横に現れ、とある方向を向いている。何かが起こったらしい。でも、武器を抜かず、殺気も放っていないことから、緊急事態ではないようだ。
振り向くと、人垣が割れた。
現れたのは統率のとれた騎士服の集団。ドラゴニア王国の近衛騎士団だ。
ランタナの第十部隊とは部隊が違う。あれは第五部隊?
一体何事かと思ったら、国民たちが跪いたり、頭を下げたり、歓声をあげたりし始める。そして、騎士たちに守られながら威風堂々歩いてきたのは俺の良く知る人物。
「むっ? シランか。ここで何をしている?」
『働く女性コンテスト』の審査員の一人であり、ドラゴニア王国の王太子エルネスト兄上だった。
≪本編には関係ないショートストーリー≫
『深紅の女王の微笑み』 その1
―――退屈。
一人の女性が玉座の肘掛けに頬杖をついて深いため息をついた。
ドラゴニア王国の北西。フェアリア皇国とユグシール樹国との国境近くの深い森。通称『不帰の森』と呼ばれて恐れられている森の奥の更に奥に古びた城が建っていた。
いや、城というよりも洋館に近い。
鬱蒼と茂る木々に囲まれ、壁に蔦が巻き付いている。
中からは冷え冷えとした空気が溢れ出し、威圧感と不気味さで背筋が凍る恐怖の館。
その玉座の間に座る女性は何度も何度もため息をつく。その度に、傍に控える従者たちが身体をビクつかせる。
「女王。お飲み物です」
恐る恐る差し出されたのは盃に並々と注がれた深紅の液体。照明が反射して紅玉のように輝いている。漂うのはワインの芳醇な葡萄の香り……ではなく、錆びた鉄の臭い。血だ。
血よりも紅いドレスで着飾った女性は、盃の中の匂いを嗅いで顔をしかめた。
「……臭い。さげてちょうだい」
「申し訳ございません。すぐに新鮮な血液をお持ちします」
「いいえ。いらないわ」
手でシッシッと従者を下げる。そして彼女は再度ため息をつく。
古城の主は金髪紅眼の美しき吸血鬼。最も古き血族の始祖。真祖。
人を魅了し、首筋に牙を這わせ、血を啜る。日光にも耐え、首を斬られても心臓を突かれても死ぬことはない、否、死ねない不老不死の化け物。
永遠に美しい姿を保ったまま、世界の終りまで生き続けるのだ。これは最早呪いと言ってもいい。
「……つまらない」
女王の呟きに従者の半吸血鬼たちが震える。
もう何年生きているだろう? 数百年? 数千年? わからない。
百年は軽く超えている。百年を超えてから数えるのをやめた。
もううんざり。生きるのに疲れた。退屈。暇。
生きて生きて生き続けて、あらゆることをやってみて、吸血鬼の彼女は生に飽きていた。
「……いえ、恋愛はやったことないわね…………恋愛? この私が? はっ! 馬鹿馬鹿しい。こんな化け物を好きになる奴なんているわけないじゃない」
自虐的に笑って吐き捨てる。
恋を夢見て、愛を夢見て、始める前から諦めたのはもう何万回目だろう。
そう。自分は化け物。不老不死であり、人間なんか簡単に引き裂けるほどの怪力を持つ魔物以上の怪物。
夢なんか見ても意味がない。もし恋愛をしたとしても、愛する人は自分を残して死んでしまう。そんなことは嫌だ。
『―――私の夢はね、将来はね、○○○さん!』
彼女がまだ少女で、家族がいて、化け物と恐れられ捨てられる前の記憶。もう朧げで霞んで摩耗して擦り切れてほとんど覚えていない記憶。
「はぁ……夢ねぇ。将来ねぇ。小さな頃の私はなんて綺麗で純粋で可愛らしかったこと。呆れるわ」
そして、ふと彼女は悩む。
「私は、昔、何になりたかったのかしら?」
大事なところだけ覚えていない。何かになりたいと小さな頃には思っていた。でも、肝心のところが思い出せない。
悶々とした気持ちを持て余す。思い出せないのが酷くもどかしい。
ふぅ、と肺の中の空気を全て吐き出し、彼女は玉座から立ち上がった。
「女王。如何なさいました?」
「夜風に当たってくる。一人にして」
「かしこまりました」
半吸血鬼の従者たちに頭を下げられながら、彼女は屋敷の外に出る。
外は真夜中。明かりは木々の葉の間から覗く夜空の星と煌々と輝く大きな満月のみ。
彼女を恐れて獣や魔物、虫さえもこの一帯には近づかない。不気味で異様な静けさに包まれた月夜。
孤高で孤独で冷たい女王は紅い双眸を輝かせ、闇の中に溶け込む。
いつものように。そう、いつものように。
今宵、ある少年と出会い、運命が変わるとは思わずに―――
<つづく>
お読みいただきありがとうございました。




