第224話 再発
親龍祭二日目の朝は気持ちよく目が覚めることが出来た。ソラの膝枕はやはり最高だ。
今日も街中では問題が起きるんだろうなぁ。現在進行形で起きているかも。
考えただけで憂鬱だ。だから、考えないようにしよう。現実逃避が一番!
「……いやぁああああああああああ!」
着替えて屋敷の中を歩いていたら、突如、甲高い悲鳴が屋敷を揺さぶった。
でも、使い魔たちは全然焦らない。悲鳴が上がったにもかかわらず、むしろ平然としている。何故なら、この屋敷では悲鳴や嬌声なんか当たり前だから。特に、どこかの世界樹の雌豚とか。
「おほぉぉおおおおお! わらしぃはご主人しゃまの雌豚ですぅ~! ブヒィ~!」
そうそう。こんな感じ。
丁度目の前を歩いていたケレナが突如快感に体を震わせ、床に倒れてビックンビックンし始めた。目や口や、とある場所からぶしゃぶしゃと体液……ではなく、樹液を放出している。
俺は口に出していないのに……。もう手が付けられないドМだ。あっ、更に酷くなった。
ビュティがどこからともなく出現して、そっと瓶を床に置く。とろ~りとしたとろみのある透明な液体が、糸を引きながら瓶に入っていく。
言っておくが、これは世界樹の樹液である。何度も言うが樹液なのだ。
「えーっと、悲鳴が上がったのはこの部屋か」
ここはソノラを寝かせた部屋だ。悲鳴もソノラの声だった。誰か使い魔が悪戯でもしたのだろうか? もしそうだったら、お説教をしてやらないとな。
「ソノラ、入るぞー」
ノックしたけど反応がなかったので、一応声をかけてからドアを開けた。
すると、目覚めたソノラが床に座り込んでいた。
ソノラは下着姿だったが、今はどうでもいい。ゆっくりと振り返ったソノラの顔は、昨日と同じように赤く爛れていた。
「ソノラ!? 大丈夫か!?」
「でん……か……」
腕やお腹や足も皮膚がドロドロと焼け爛れたように変質していた。呆然とするソノラの瞳からポロポロと透明な涙が零れ落ちる。
「ビュティ! ケレナ! インピュ……」
「なによ」
「早っ!?」
言葉が言い終わる前に、インピュアが俺の隣に出現していた。再発したソノラに気づいて、すぐさま診断を始める。
近くに居たビュティとケレナも合流し、三人でソノラの身体を隈なく調べる。
「体内には何もないわね」
「呪いや毒の反応もありません」
「……足邪魔。広げて。診察できない」
「ちょっ! そこはダメですぅ!」
俺の背後で虚しい抵抗をするソノラの格闘音が聞こえた。パチン、と誰かが指を鳴らし、ソノラの声がくぐもった呻き声に変わった。手足と口を拘束されたらしい。
「んぅ~! んぅ~!」
「……じっとしてて」
「ちょっとケレナ。縛るだけなら変態的に縛らなくてもいいじゃない」
「私の趣味です!」
えっ。ソノラは変態的に縛られてるの? 見てみたいんだけど。でも、紳士の俺は必死に欲望を抑えて我慢する。
「……んっ。抵抗するから何事かと思ったけど、ちゃんと純潔。問題なし」
「んぅ~! んぅ~!」
「……シラン。このまま純潔奪う?」
「奪いません!」
俺を何だと思ってるんだ。インピュアから『えっ? 奪わないの?』と驚愕した雰囲気が伝わってくるのは気のせいだろうか。あとでお仕置き。
ソノラの拘束が解かれたようだ。全部見られた、とシクシク泣いている。
これは診察だから、そこまで恥ずかしがることではないと思うぞ。
「原因は分かったのか?」
振り返り、ちゃんと下着をつけたソノラの身体をじーっと観察する。まだ治癒をさせていないので肌は赤く爛れたままだ。痛みはなさそう。
診断をした三人が首を横に振る。
「わからないのか」
「……生物の身体は複雑。わからないことの方が多い。蕁麻疹だって原因は不明」
「そりゃそうか。魔法も万能ではないし」
インピュアが治癒魔法を発動させ、ソノラの肌を元通りに癒す。すぐに綺麗な肌になった。
「……でも、一つだけわかったことがある」
「なんだ?」
「……先天的に子宮と卵巣に問題がある。このままだと子供は絶望的」
「ふぇっ!?」
衝撃の告白を受け、涙目でキョトンとしたソノラが自分の下腹部に手を置く。サァーっと血の気が引き、顔面蒼白となったソノラは絶望を浮かべる。
「赤ちゃん……私の赤ちゃんは……」
縋るように俺を見上げるソノラ。大丈夫。使い魔たちに任せろ。
ビュティが眠そうに瞼をショボショボさせながら、指をパチンと鳴らそうとして、スカッと間抜けな音が鳴る。
「……というわけで、インピュア」
「はいはい、と言いたいところだけど、シランがやった方が良いでしょ。任せるわ」
「なんで俺が? インピュアに比べたら精度は落ちるぞ」
「100も99.9も変わらないでしょ。シランがやった方がこの子も喜ぶ。ただそれだけのことよ」
ソノラの下腹部に手を伸ばし、その温かな素肌に触れた。ピクッと身体を震わせたソノラは懇願する。
「……お願いします」
「わかった。痛かったら即座に言ってくれ」
「はい」
「じゃあ、行くぞ」
意識を集中し、魔力を放ってソノラの体内を探る。あぅ、と小さく声を漏らしたソノラは何かを感じているらしい。軽く身を捩って、太ももをもじもじと擦り合わせている。
自分の体内に別の人物の魔力が入ってきたのだ。違和感を感じるのは仕方がない。
ソノラの卵巣と子宮を確認。高密度の魔力で覆う。
「あぁっ!?」
「大丈夫か?」
「は、はい。でも……何というか、くすぐったいというか、もぞもぞするというか、ジンジンするというか」
「……キュンキュンする?」
「そう! その通りです! あぁん」
的確に言い当てたビュティをビシッと指をさしたソノラ。嬌声のような艶やかな声が漏れ、ピクピクと身体を震わせる。
女性陣が『わかる。わかるよ、その気持ち』みたいな表情で深く頷いている。男の俺には全然わからない。
治療に集中しよう。
「うくぅ……あぅ……んんっ!」
確か、先天的な異常に関しては、普通の治癒魔法は効かなかったはず。詳しいことはわかっていないが、異常な状態を身体が普通と認識しているから、治癒魔法をかけてもその普通の状態に戻ろうとする、と考えられているらしい。
ならば、身体の普通を書き換えてやればいい。
「あっあっあっあぁああっ……! だめぇぇええええええ!」
一気に変化させると身体に支障が出る可能性が高い。ゆっくりと子宮と卵巣を治していくようにしよう。ほんのちょっとした問題のようだから、数日でちゃんと良くなるはずだ。
ビックンビックンしているソノラの最終的な確認を専門家に任せる。
「インピュア確認してくれ」
「そうね……ええ。これでオーケーよ」
「うぅ……お腹が熱いです」
「それが無くなったらよくなった証拠よ。赤ちゃん欲しいでしょ?」
インピュアさん。何故俺を指さす?
「欲しいです……」
ソノラさん。何故頬を赤らめて恥ずかしそうに顔を俯ける?
「我慢しなさい」
「はいです」
熱っぽく瞳を潤ませて、息を荒げたソノラが起き上がった。そして、熱を放っているであろう下腹部を優しく撫でる。ちょっと嬉しそうに微笑んだ顔が突如凍り付いた。
「……殿下」
「どうした?」
「ひょっとして見ましたか?」
「何を?」
「現在進行形で見てますよね?」
「だから何を?」
プルプルと震え始めたソノラがキッと睨んだ。
「わ、私の下着姿ですよぉ~!」
「なんだ。そんなことか」
原因を思い出したのか、再び肌が変化し始めたのかと思ったぞ。
「そ、そんなこと!? 私の下着姿はそんなことですか!? 最低です。殿下は女性慣れした淫魔ですよぉ~! って、堂々と見ないでください、殿下の馬鹿ぁあああああああああ!」
大きく振りかぶった平手打ちが、俺の頬に炸裂する。燃えるような灼熱の痛みが頬に走った。
ソノラの悲鳴が再び屋敷を揺さぶった。
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