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第222話 お礼

 

 ふぅ。今日もいろいろなことがあって疲れた。これで親龍祭の一日目か。濃厚な一日だった気がする。

 テイアさんセレネちゃん親子とのデート。冒険者の喧嘩。貴族のごたごた。そして、ソノラ。

 まだテイアさんにはソノラが治ったことを言ってなかったな。とても心配そうにしてたから、後で説明しに行こう。起きてるといいけど。寝てたら明日でいいか。

 身体の汚れを落とし、疲れを癒すためにお風呂に入る。まずは身体を洗って……。

 その時、浴室のドアが音を立てて開いた。楽しげな声とピチャピチャとした足音が聞こえる。


「おっふろ~おっふろ~。あっ! にぃにぃ!」

「あら。ご一緒させてくださいね」


 振り返った先にいたのは、仲良く手を繋いだ一糸まとわぬ猫の獣人の親子。猫耳はピョコピョコ、尻尾はユラユラと動いている。

 何故身体を隠していないの? いや、お風呂だからそれが正解だけど。セレネちゃんはともかく、何故テイアさんは隠そうとしない? 前回は恥ずかしがっていたのに。

 予想以上に大きな胸。ふっくらとほとんど健康体になった大人の身体。全体的にしなやかな体つき。

 これが子持ちの母親の身体なのかっ!?


「な、なんで……」


 声がかすれて上手く声が出てこない。


「セレネですか? 少し寝たようですが、目が覚めてしまったようです。なのでお風呂に」

「ママとにぃにぃとおふろっ!」


 元気いっぱいのセレネちゃんがにぱぁっと微笑む。この嬉しそうな笑顔を見ていたら、仕方がないなぁと思ってしまう。一緒に入るか。

 セレネちゃんはたどたどしい手つきで自分の身体を洗っていく。テイアさんも自分の身体を洗いながらセレネちゃんにチラチラと視線を向けていた。

 二人はあまりにも自然すぎて、俺は呆然と見つめ続けていた。

 男の俺がいること忘れてない? 特にテイアさん。男は皆、獣なんだぞ。

 楽しげに身体を洗う親子。そうかぁ。セレネちゃんもテイアさんも頭から洗うのかぁ。

 最後に顔を振って猫のように水を飛ばすのもそっくり。テイアさんはお胸もプルンプルン揺れていたけど。

 くっ! これ以上はダメだ! 落ち着くんだ!


「シランさん」

「は、はいっ!」


 思わず声が裏返ってしまった。


「ソノラさんという方は大丈夫でしたか?」

「あ、ああ。ちゃんと治ったよ。原因はわからなかったけど。今は寝てる。ご飯を食べたら一気に気が抜けたみたいで」

「そうですか。それは良かったです」


 テイアさんは泡まみれ。セレネちゃんも泡まみれ。泡を胸に盛って『ママと一緒!』とはしゃいでいる。可愛い。そしてテイアさん。貴女はさらに盛らなくても十分な大きさですよ。


「シランさんの大事な方なのでしょうね」

「まあ、そうだな。ソノラは昔からの付き合いだ。でも、それを言うならテイアさんもセレネちゃんも俺の大事な人だぞ」


 何故意外そうに日長石(サンストーン)の瞳をパチクリと瞬かせているのだろう。知りあったら大事な人の範疇に入るだろ。ひょっとして引かれた?


「……そうですか。そうですね。娘とキスしてましたし」

「うぐっ!?」


 あ、あれは事故というか、子供がしたことですから……。

 ニコッと美しく微笑んだテイアさんが自分の娘に話しかける。


「セレネ。今日、にぃにぃはすっごくかっこよかったよね?」

「うん! ブワァーってゴォーって」

「お礼ににぃにぃの身体を洗ってあげよっか」

「すりゅ!」


 えっ? えぇっ? えぇー!?

 泡まみれの親子が近づいてくる! それって自分の身体を洗ってたタオルだよね!? いいの!?

 見ないようにしても、目の前の鏡に女性の裸体が映っている。


「テイアさん! 全部見えてるけど良いんですかっ!?」

「んー、シランさんならいいですよ」


 可愛らしく首をかしげて数秒悩んだテイアさんはあっさりと許した。

 俺は息子のように思われているのだろう。何とも言えない不思議な気持ちだ。


「ママー! にぃにぃにセレネにもママにも無いものがありゅ!」


 そこはじーっと観察しないで! セレネちゃんの綺麗な瞳も心も穢れちゃうから!


「それはね……」


 親子に洗われながら、俺は男と女の違いについて娘に教える母親の説明をじっと聞いていた。

 セレネちゃんが大きくなって、性教育の時にはどうなってしまうのだろうと一瞬思ったが、すぐさま忘れることにした。



 ▼▼▼



 物置として使われていた地下室から物が運び出され、錆びた鉄のようなおぞましい臭いが充満していた。濃密な血の臭いだ。

 部屋の中央には祭壇のようなものが設置され、それを中心に、床に血で緻密な魔法陣が描かれているのだ。供物である魔石から魔力が流れ出し、血の魔法陣に魔力が注ぎ込まれていく。

 赤黒い色のほのかな光が輝いている。

 数人の男が魔法陣を描き上げ、ゆっくりと立ち上がる。顔は真っ青。手からは刃物で切った傷から血が滴り落ちている。

 自らの血を魔法陣に捧げたのだ。


「さあ同志たちよ! これで準備は整った! あとは時が満ちるのを待つのみ!」


 リーダーの男が今にも倒れそうになりながら、満足げに声を張り上げる。男たちは全員ニヤリと笑みを浮かべながら頷いた。

 その目に宿るのは敬虔さと執念と狂気に満ちた不気味な光。自分のすることこそが正しい、と信じて疑わない危険な光だ。


「あぁ神よ! 我ら忠実な信徒に力を! 世界を正す力を!」


 男たちが跪き、祭壇に向かって一心に祈り始める。

 祭壇に描かれているのは黒い紋様。蝙蝠のような二枚一対の黒い翼のマーク。

 それを見て、部屋の隅で気配を殺して佇んでいた歪な少女が、周囲の景色に溶け込んで消えていく。主の下へと向かったのだ。

 そして彼女はこう報告するだろう。

 

 ―――実験は順調に進んでいる、と。


お読みいただきありがとうございました。

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