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第220話 ウェイトレスがいない店

 

 デザティーヌ公国の公子が絡んできて、ランタナがぶっ飛ばしたのはいいけれど、死んでないよね? 地面に倒れて動かないんだけど。辛うじて息はあるらしい。公国の騎士たちが慌てて介抱を始めた。

 一仕事終えた感のあるランタナが、涼しげな表情でスタスタと戻ってくる。


「お疲れ、ランタナ。殺してないよね?」

「ええ、殺していませんよ。安静にしていたら10日ほどで治ると思います。一応寸止めしましたし」


 細剣(レイピア)は寸止めしたのかもしれないけど、股間蹴りは直撃させていたぞ。俺もヒェッとしてしまったではないか。

 ランタナを怒らせるのは止めておこう……と思ったが、何度か怒らせたことがあったな。お説教だけで済んでよかった。


「その10日で治るというのは一般人の10日か? それとも、回復能力に長けた獣人の10日か?」

「獣人の10日ですね」


 ……それって超重症で瀕死だと思うんだけど。一般人は全治数か月くらいの大怪我だ。少なくとも骨は粉砕骨折しているだろう。寸止めでこの怪我って、ランタナ強すぎ。


「殿下の命を狙ったのです。殺されなかったことに感謝して欲しいです」


 そうだよな。あの勢いで殴られたら大怪我を負っていた。

 よく考えなくても立派な外交問題だ。美しい女性を口説く気持ちはわかるから、ジャスミンたちが言い寄られたときはお酒の席ということで我慢したけど、今回はそうはいかない。何しろ目撃者が多い。なかったことにはできない。

 面倒だから全部父上と宰相に丸投げしよう。あの二人なら何とかしてくれるだろう。裏で取引して多額の賠償金かなぁ。

 取り敢えず、この場から移動しよう。一度落ち着きたい。


「テイアさん、セレネちゃん、大丈夫だったか?」

「はい、私たちは大丈夫です」

「にゃぅ~」


 良かった。巻き込んでしまって申し訳ない。いや、バカ猫がテイアさんを見初めたのが原因か? まあ、怖い思いをさせてしまったのには変わらない。

 セレネちゃんを抱っこする。安心しきった表情で、ゴロゴロと喉を鳴らして擦り寄ってくる。まるで子猫みたいだ。

 あっ、子猫の獣人だったか。


「怖かったよな? どこかのお店に入って休もうか」

「はい」

「にゃぁ~」


 丁度良くここから隠れ家レストラン『こもれびの森』に近い。そこで休もう。

 ランタナ達が周囲を警戒し、テイアさんがピトッと寄り添う。

 心なしかテイアさんの距離がさっきよりも近い。今までは手を添えるだけだったのに、今はむぎゅっと腕に抱きついている。思ったよりも豊かな胸がふにょんと押し当てられて気持ちがいい。

 猫耳はピョコピョコ動く。時折鼻をスンスンさせて何かの匂いを嗅いでいる。

 やはり怖かったのか、日長石(サンストーン)の瞳がウルウルと潤んでいた。

 すぐに王都では珍しいログハウス風の建物が見えてきた。ドアをくぐると温かみのある穏やかな内装。美味しそうな香りが漂っている。

 しかし、予想していた栗色の髪をポニーテールにした元気な少女はおらず、出迎えてくれたのはいつも厨房に引っ込んでいる店長だった。


「いらっしゃいませ」

「あれっ? ソノラは?」

「ソノラちゃんは今日はお休みです。多分、明後日のコンテストで忙しいのかと。無断欠勤なのが少々不安ですが」

「無断欠勤? ソノラが?」


 珍しいこともあるもんだ。緊張で体調でも崩したのか?

 空いている席に案内されて座る。変装した近衛騎士たちも次々に入店して座った。


「すまん、お手洗いに行ってくる。俺の分も頼んでおいてくれ。俺は……抹茶ケーキ」

「わかりました。セレネは何を食べたい?」

「んみゅ?」


 可愛いセレネちゃんの頭を軽く撫でて、俺はお手洗いに向かった。

 ちゃんと鍵をかけて念のため結界を施す。そして、衣装を暗部のものに変えて転移した。

 転移した場所はもちろん王城。公子に絡まれたことを父上に報告しなければならないのだ。ランタナが近衛騎士の数名に報告に行くように指示していたけど、この情報は早ければ早いほど有利になる。

 隠密で真っ直ぐ父上に向かって突き進む。他国の王たちと会談中だったらしい。

 父上と宰相と近衛騎士団長には見えるように細工をしているからすぐに気づくだろう。あっ、気づいた。

 会談をしていた父上が、休憩を宣言して一度席を立つ。別室に向かうようだ。

 後を追いかけていたら、無意識に身体が動いて振り返った。

 自分でもよくわからない。でも、何故か振り返った。

 その先にいたのは帝国の軍服を着た紅の美女。ブーゲンビリア・ヴァルヴォッセ元帥。


 視線が合った。


 俺の隠密は完璧。なのに視線が合ったと感じた。まあ、仮面で目も隠しているけど。

 ブーゲンビリア元帥が小さく獰猛にニヤッと笑ったから、彼女だけが確実に俺の存在に気付いている。

 もしかして、彼女は化け物級の存在なのでは……?

 帝国の警戒レベルを数段引き上げなければ。俺に気づくということは、他の隠密を送ったとしてもあっさりと看破されるだろう。

 俺たちの視線が合ったのはほんの一瞬。刹那の時間だ。

 すぐに人に遮られてお互いの姿が見えなくなる。その隙に、俺は部屋から出て父上が待つ部屋に入った。

 結界を張ったのを確認してから、やっと父上が口を開く。


「どうした?」

「至急報告しなければならないことが二つ。一つ目は、今、帝国のブーゲンビリア元帥に隠密を看破されました」

「なにっ? それは本当か?」

「多分。俺のほうを見て笑ってました」

「ふむ。危険だな。隠密で見張るのは止めておいて正解だったか」


 父上が宰相や騎士団長と相談を始める。俺はそれが終わるまで待つ。


「そして、二つ目は?」

「はい。それが……」


 俺はデザティーヌ公国の公子とのやり取りを細かく説明した。絡まれたこと、服従のポーズをさせたこと、目撃者が多いこと、ぶっ飛ばしたことなど。

 黙って聞いていた父上と宰相は話が終わった途端悪い笑みを浮かべる。

 何を考えているのやら。


「よし。ナイスだシラン。これで公国より有利に立ち回ることが出来る」

「後はお任せしますねー」

「ふっ。任せろ」


 おぉー。父上が珍しく頼もしい。普段からこうしていればいいのに。

 家族の前では馬鹿になるから呆れられるんですよ。

 再び、父上と宰相が悪い顔をしながら話し合う。政治って大変だ。

 さてと、報告も終わったし、テイアさんたちを待たせているから戻るか。

 こっちは悪い人に任せて、俺はこもれびの森のトイレに転移した。


お読みいただきありがとうございました。

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