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第219話 服従する猫

 

 王国の貴族やその従者が引き起こした問題に割り込んで、強制的に解決すること7件。他国の貴族が引き起こした問題を解決すること4件。冒険者の喧嘩が5件。目の前でスリやひったくりが行われたこと10件以上。そして、人混みに紛れてテイアさんを痴漢しようとした犯人の手をひねり上げること4件。

 お祭り騒ぎで浮かれてはしゃいで興奮しているのか、問題を起こしすぎ。自重してくれ!

 折角テイアさんセレネちゃん親子とのデートなのに、邪魔されてばっかりだ。

 父上からお願いされて俺が自分で選んだ役割なんだけど、予想以上に多すぎる。まだ初日だぞ。これが10日間続くんだ。これから起こるであろう問題の件数は考えたくない。


「シランさん、お疲れ様です」

「セレネがナデナデしてあげりゅ~」


 奇跡的に誰も座っていないベンチを見つけて休憩していると、親子が労ってくれた。とても癒される。セレネちゃんの頭ナデナデが気持ち良すぎ。

 でも、ランタナたち近衛騎士団が俺以上に疲れているに違いない。絶対にお礼しておこう。


「飲み物をどうぞ。お茶です」

「ありがと、テイアさん」

「セレネにはさっき買ったチョコバナナね」

「きゃー!」


 チョコバナナをテイアさんから受け取って、月長石(ムーンストーン)の瞳を輝かせたセレネちゃんはペロペロ、カジカジ、ハムハム、モグモグと食べ始める。あまりの美味しさに猫耳と尻尾がピーンと伸びて、へにゃりと幸せそうに表情が崩れる。可愛すぎる。

 セレネちゃんはちょこっと齧って、チョコバナナをテイアさんに渡す。ありがとう、と受け取って、テイアさんもペロペロハムハムと上品に舐めて齧りつく。

 なんかエロい。超エロい。これが大人の色香か。一児の母だからか、大人の女性とはさらに違った独特な魅力を感じる。心が癒されるというか、穏やかで和むというか……。安心感が凄い。

 思わず凝視していたら、テイアさんがチョコバナナを俺の口元に差し出した。


「シランさんもどうぞ」

「あ、ああ。ありがと。んっ、美味しい」


 極々自然にあ~んされて、間接キスをしてしまった。食べた後に気づいた。でも、テイアさんは全然気にしてない。俺は息子のように思われてるのかもしれない。

 テイアさんは、はしゃいで強請(ねだ)るセレネちゃんを甲斐甲斐しく世話をしている。

 俺はふと気づいた。


「あれっ? 二人は猫の獣人だけどチョコは大丈夫なのか? 猫には毒だった気がするけど」

「普通に大丈夫ですよ。ダメなら食べてません」

「そりゃそうか」

「セレネはピーマンみたいな苦いものは嫌いですけどね」


 子供だなぁ。

 ほのぼのとしてセレネちゃんを撫でていると、純真無垢な幼女が超機密事項を暴露する。


「ママはお魚が嫌~い」

「セ、セレネ!?」


 ほう? 頬を赤らめて動揺する辺り、本当のことらしい。猫の獣人なのに魚が嫌いなのか。なんか意外。そして、慌てふためくテイアさんが可愛い。

 誤魔化しきれないと理解したテイアさんは、拗ねたように唇を尖らせ、顔を背ける。


「……いいじゃないですか。私は山育ちなんです。昔から魚のギョロッとした目がダメなんです」

「加工してあったもダメなのか?」

「原型がわからなければ大丈夫ですけど……はい! もうこの話は終わりです!」


 折角可愛かったのに。まあ、テイアさんの新たな一面を見ることが出来たので良しとしますか。


「セレネ、おててやお口をふきふきしましょうね」

「んみゅっ」


 いつの間にかチョコで汚れてチュパチュパペロペロ舐めていたセレネちゃんをテイアさんが拭い始めた。

 チョコバナナも食べ終わり、休憩は終わり。再び親龍祭を楽しむことにする。

 俺だと即座に頷いてしまいそうなセレネちゃんのウルウルのおねだりも、テイアさんはあっさりと拒否する。娘が拗ねても母親には効かない。

 本当にすごいと思う。将来の参考になる。俺にできるかな……? 甘やかしそう……。

 そんなことを考えながら歩いていると、目の前に騎士服が見えた。大勢の騎士を引き連れて歩いているどこぞの貴族。

 その顔を見た瞬間、俺はテイアさんの腰を抱いて即座に方向転換をする。


「えっ? ど、どうしたんですか?」

「面倒臭い奴が来た。逃げるぞ」


 セレネちゃんを抱っこしているテイアさんは、訳がわからずとも素直に従ってくれる。

 上手く人混みに紛れたと思ったけど、男が立ち止まる気配がした。嫌な視線を感じる。

 そして、俺たちは瞬く間に包囲された。俺たちを守るようにランタナたち近衛騎士団が立ち塞がり、その周囲を別の騎士が囲っている。紋章は獅子。デザティーヌ公国の騎士たちだ。


「シランさん」

「大丈夫だ。何とかする」


 赤黒い髪の獣人の大男が現れた。リアトリス・デザティーヌ。デザティーヌ公国の公子だ。

 俺を無視して、テイアさんだけを凝視している。


「捕らえろ。気に入った。オレの奴隷にする」


 王国の近衛騎士が素早く抜刀した。対抗して公国の騎士も武器を構える。

 怯えるテイアさんとセレネちゃんを背中に隠す。


「リアトリス公子。王国では奴隷は禁止されている」


 こんな無礼な奴には敬称とか敬語とか必要ない。


「……んっ? お前は……王国の王子だったか。こんなところで何をしている?」

「それはこっちのセリフだ」

「オレはそこの猫の女が気に入った。だからオレのモノにする。良い女が手に入らなくてむしゃくしゃしてたから丁度いい」

「残念ながらこの親子は俺の大切な人たちなんだ。諦めろ。女を漁るなら自分の国で勝手にしていろ!」


 いい加減俺も頭に来てるんだ。ジャスミンとリリアーネに言い寄られたときも内心では怒り狂っていたんだ。今度はテイアさんだと? ふざけるな!

 歯を剥きだしながらリアトリス公子が唸る。激怒したようだ。


「……そう言えば、あの女たちもお前の女だったな。口に気を付けろ、雑魚が」

「そっくりそのまま返してやる」

「女に守られている奴がよく咆える!」


 リアトリスから爆発的な魔力や殺気がまき散らされた。耐性のない一般人が気絶していく。


「シラン殿下!」

「ランタナ。先に手を出すなよ。でも、相手が動いたら遠慮せずぶっ飛ばせ」

「はい!」

「何をごちゃごちゃ言っている? 大人しくオレに差し出せ」


 うるさいなぁ。黙って欲しい。

 自尊心が高い傲慢な笑みがとてもムカつく。ぶん殴りたい。


「お前たちは耐えられても、そこの猫の女は耐えられるかな? 獣人は強い者に従う。さっさとオレに服従しろ!」


 言われてから思い出した。俺は大丈夫だけど、テイアさんたちは猫の獣人だ。服従のポーズを取ったら大変だ。相手は猫・獅子系の最上位種である黒獅子の血筋。テイアさんたちの獣の本能が……。

 振り返ると、しっかりと立ち、毅然とした瞳でキッとリアトリス公子を睨んでいるテイアさんがいた。娘のセレネちゃんを庇っている。セレネちゃんは不思議そうに首をかしげているだけ。

 公子の威圧はこの親子に効いていない。


「な、何故だ!? 早く服従しろ!」

「お断りします。貴方を見ていると、どこぞの男を思い出すので嫌な気分になるんです」

「オレはデザティーヌ公国の公子だぞ! 次期公王だぞ!」

「それが何か?」

「くっ!」


 テイアさん容赦ない。母は強し。リアトリス公子の顔が屈辱的に歪んだ。

 このままだと実力行使に出るだろう。応戦する理由になるからそれでもいいんだけど、テイアさんとセレネちゃんが巻き込まれる可能性が物凄く高い。なら、さっさと終わらせた方がいい。

 俺は普段抑えている力を解放する。リアトリス公子よりも何倍も強く威圧する。


「ひぅっ!?」

「殿下!?」

「おぉー! にぃにぃすごーい!」


 テイアさんとランタナが、ビクッと身体を震わせた気配がした。セレネちゃんは呑気にはしゃいでいる。動じないなんて将来は大物になるぞ。


「ちっ! な、何なんだ!」


 自分勝手な馬鹿が地面に片膝をつく。侮っていた相手に膝をつくなんてどんな気持ちだろうか。

 魔法で重力を強くする。地面に罅が広がる。

 両膝がついた。そして、ゆっくりと手も地面について四つん這いになる。更に威圧を増すと、伏せの姿勢になった。耳がペタンと垂れている。

 猫の服従のポーズの一つだ。


「へぇ? 俺なんかに服従してくれるのか」

「ぐぅ……」


 喋ることすらできないらしい。憎々しげに睨まれるが全然怖くない。


「目撃者は多いぞ。お前の国の騎士たちもちゃんと見てる。遠巻きに多くの人も見てる。噂がすぐに広まるだろうな」

「……」

「今回はこれで許してやる。次はない」


 超上から目線で言って、威圧や重力魔法を解いた。自尊心が強いコイツにはよく効くだろう。一般人も見ているし、口封じは出来ない。例え行ったとしてもここは王国。自分を守ってくれる公国ではない。

 息を荒げながらリアトリス公子が立ち上がる。瞳に宿るのは明確な殺意。

 わざと興味ないと言うように背を向けた。テイアさんたちが心配だったし。

 すると、予想通りキレて襲い掛かってきた。獣人種の瞬発力で地面を蹴り、猛然と殴りかかってくる。本気で殴られたら俺の身体なんか簡単に弾け飛ぶだろう。

 当たればだが。


「殿下には指一本触れさせません」


 風よりも速く駆け抜けたランタナが獣人のリアトリス公子よりも速く動き、上空に吹き飛ばす。

 全ては一瞬のことだった。が、俺は見えたぞ。ランタナがリアトリス公子の股間を思いっきり蹴り上げて、さらに細剣(レイピア)で腹を一突きしたところを。

 カチャン、とランタナが剣を鞘に納める。

 周囲が揺れるほど勢いよく地面に叩きつけられたリアトリス公子は、白目をむいて気絶していた。


お読みいただきありがとうございました。

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