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第206話 祖父母

 

 たどり着いた部屋のドアをノックする。すぐにドアが開いて、メイドが顔を覗かせた。一度引っ込んで、中にいる人たちに許可を取る。

 突然来てしまったからな。最初からアポイントを取っておけばよかったか。

 無事に許可が出たようなので、部屋の中に入る。


「シランです。お久しぶりです。お元気でしたか?」

「シランか。儂は見ての通り元気じゃぞぉ~。身体も心も息子もピンピンしておるわい。今だ現役じゃ」


 あっはっは、と機嫌よく笑い、真っ先に下ネタを言ったのが先代国王であり、俺の祖父であるカエサル・ドラゴニアお爺様だ。

 白髪頭で笑い皺が目立つ好々爺。若い頃はさぞモテたであろうイケメンの面影が残っている。顔の皺には威厳が刻まれ、目の奥には力強い輝きが放っている。普通の初老の男性だが、先代国王としての威厳や覇気は失われていない。

 退位した後は、聖域に一番近い街セレスティアでのんびりと隠居生活を送っている。


「アンタは孫に向かって開口一番に何言ってんだい!」

「うごっ!?」


 お爺様に容赦なく肘を撃ち込んだのは、隣に座った女性。カルプルニアお婆様だ。元第二王妃であり、父上の実の母親であり、俺の血の繋がったお婆様。実年齢は70歳を超えているはずなのに、40代ほどの美しさを保っている。遠い先祖のエルフの血が若干強く発露しているという噂だ。


「すまないねぇ、シラン。こんなエロ(じじい)で」

「あはは。お爺様らしいので」


 諦めの苦笑いを浮かべるしかない。お爺様は偉大な王だったらしいが、俺たち親族はセクハラエロ爺の印象が強いから。

 カルプルニアお婆様の肘撃ちが良いところに入ったのか、お爺様はあまりの痛みに呻き声を上げながら悶絶している。でも、誰も心配していない。これがいつものことだからだ。


「シラン、少し見ない間に大きくなったね」

「そうですか? 身長とかほとんど伸びてないはずなんですけど」

「見た目じゃなくて精神的に、かな。前会った時よりも落ち着いてるというか、余裕がある感じ?」


 答えたのはカルプルニアお婆様ではなく、もっと若々しくて元気な声の女性だった。頭に垂れたウサギ耳が生えた獣人の女性。元第一王妃ポンペイアお婆様だ。お婆様と言っても、見た目は二十代。高位の獣人は死ぬまで若かったり、寿命が長かったりするから、今もなお美しさを保っている。


「良い婚約者が出来たからだと思いますよ。ジャスミン、あの子はとてもいい子です」


 ティーカップを優雅に傾けながら、歌うような美しい声で述べたのは、元第三王妃のコルネリアお婆様だ。コルネリアお婆様も若々しい姿だ。普通の人間の姿だが、実際は人魚である。水辺では足が魚の尾になる。


「聞いた聞いたー。シランちゃんは《神龍の蒼玉(サファイア)》とも婚約したんでしょ? その子も良い子らしいじゃん。あとは皇国の皇女と大公令嬢とも婚約したとか?」

「今度連れてきな。私たちが見極める」

「見極める必要はないと思いますがね。ですが、連れてくることには賛成です。孫の妻となる方々とお茶をするのは楽しそうです」


 お婆様たちのご要望だ。ジャスミン、リリアーネ、ヒース、エリカ、ごめん。親龍祭の期間中にお婆様たちとお茶会をすることになりそうだ。


「四人も娶るとはな。流石儂の孫! どれ、お小遣いをあげようではないか」


 いつの間にか復活していたお爺様が、ニコニコ笑顔で財布を取り出す。先代国王のお爺様と現王子の俺だけど、こうなるとただの祖父と孫だ。


「い、いえ、そんな……」

「ほれほれ、遠慮はせんでよい」

「俺は大丈夫ですよ」

「そ、そんなに要らないのか……しょぼーん」


 申し訳なくて断っていたら、お爺様が落ち込んでしまった。顔を俯かせ、捨てられた子犬のような瞳でチラッチラッと視線を向けてくる。

 思わずお婆様たちに助けを求めると、ポンペイアお婆様とコルネリアお婆様は華麗に無視。カルプルニアお婆様は深くため息をつき、無言で、貰ってやりな、と言っている。


「あぁー。そう言えば、親龍祭の前にお小遣いが欲しかったんです。お爺様、お小遣いくださーい」

「そうじゃろそうじゃろ! よし、爺ちゃんがあげちゃうぞー!」


 急に元気になったお爺様がお小遣いをくれた。ありがたく使わせてもらおう。

 以前、お婆様たちが言っていた。孫を可愛がることが老後最大の楽しみなんだと。

 今度プレゼントでも贈るか。兄上や姉上たちにも相談しよう。


「シランよ、夜の生活はどうじゃ?」

「アンタは何を言ってるんだい!? それにさりげなく胸を揉むんじゃないよ!」

「ぐはっ!?」


 再びお爺様がカルプルニアお婆様に撃墜された。極々自然な動作でお婆様を抱き寄せ、さりげなく胸を揉んでいたとは流石お爺様だ。

 お爺様の特技は華麗にさりげなく女性の胸やお尻を触ること。セクハラの被害報告は数知れない。それに、お爺様はお尻や巨乳が大好きである。お婆様たちの体形もグラマラス。ボンキュッボンなのだ。


「本当に、この男は!」

「カル、諦めなさい。カエサルはエロ猿です」


 物静かなコルネリアお婆様が美しい声で毒を吐いた。カルプルニアお婆様は頭を抱えた。


「孫たちがこの男に似なければいいが」

「何を言う、カルプルニア! 性欲は三大欲求の一つ! 人はエロがなければ生きていけないのじゃ! 性欲こそが生きる原動力! 男は性欲の塊じゃー!」

「アンタは異常なんだよ、このエロ爺! 何度侍女たちに泣きつかれたと思っている!? 手当たり次第にセクハラをして!」

「儂はフリーな女性しか触っておらぬも~ん!」


 ブチッ!


 何かが切れる音が聞こえた。

 どこからともなく荒縄を取り出したカルプルニアお婆様が、こめかみに青筋を浮かべてお爺様を縛り上げる。お爺様は悲鳴をあげるが、すぐに荒縄で猿轡をされた。少し嬉しそうなのは気のせいだと思いたい。

 誰も止めようとしない。これが日常なのだ。やはり、お爺様はこうじゃないとな。


「私は性欲が強い男性が好きだけどなぁ。シランちゃん、沢山の女性とやっちゃえ! キャハッ!」

「万年発情兎の婆! アンタも何を言っている! 歳を考えな!」

「いや~ん! カルちゃん怖~い!」


 ブチッ!


 再び、何かが切れる音がした。

 カルプルニアお婆様がポンペイアお婆様をギチギチに縛り上げる。そして、お爺様の横にポイっと投げ捨てた。

 もごもごと呻く、荒縄に縛られた先代国王と元第一王妃。

 これだよ。これがお爺様とお婆様たちだよな。一度はこれを見ないとお爺様たちと会った気がしないんだよ。

 年齢は70代なのにまだ若々しいなぁ。


「シラン、本当にすまないねぇ。この馬鹿たちにはあとでお説教をしておくから。お詫びに私からもお小遣いをあげよう」


 カルプルニアお婆様からもお小遣いをもらってしまった。大切に使わせていただきます。


「なら、私もあげましょうか」


 今の出来事を華麗に無視(スルー)して、ずっと一人だけ優雅なティータイムを過ごしていたコルネリアお婆様からもお小遣いをもらってしまった。本当にありがとうございます。

 って、あれ? 何故もう一つ財布を取り出すんですか?

 もう一つの財布からお札を全部抜き取って渡されたんだけど。


「ポンペイア。貴女の分もシランに渡しておきますね」

「んぅ~! んぅ~!」

「そ、それって、ポンペイアお婆様の財布ですか? それも全額?」

「良いのです。迷惑料です。ほら、ポンペイアも首を振っているでしょう?」


 明らかに首を横に振っているけど。涙目だし。

 今は貰っておいて、あとでこそっと返しに来よう。

 久しぶりに会ってお喋りをしたお爺様とお婆様たちは、とても元気そうで全然変わっていなかった。


お読みいただきありがとうございました。

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