第199話 様々な報告
一夜明け、再び《パンドラ》の衣装を着て、アルスを連れて迷宮都市ラビュリントスに戻っていた。目的は冒険者ギルドに報告するため。
一応、アルスの隙を見て報告書をパパっとまとめ、父上に送っておいた。この後はすぐに城に行かないといけないだろう。
神龍が降臨した迷宮都市は、朝を迎えてもお祭り騒ぎだ。
ギルドに入ると、目の下に隈ができたシャルがユラリとどこからともなく現れた。
「おはようございます、シャルさん」
「……こっちに来てください」
地獄の底から響いて来るかのような低い声。ガシッと痛いくらい腕を掴まれ、奥の部屋に引きずり込まれた。
こそっと逃げようとしたアルスは俺が捕獲している。
いつも通り、シャルは日蝕狼と月蝕狼の間に挟まるが、今日は二人を気にする余裕はないらしい。血走った瞳で睨んでくる。
「あいたたた……。腰痛ったぁ~い!」
少し涙目になりつつ、腰を撫でながら、よっこいしょ、とアルスがソファに座った。
アルスの腰が痛い……何故だろうねぇー。心当たりがあるような無いような……。
「アルスさん、大丈夫ですかぁー?」
「うん、シャルさん大丈夫。筋肉痛みたいなものだから」
「そんなに激しい戦闘をしたんですか?」
「あはは……まあ、そんなところ」
「ポーション要ります?」
「ううん。これはこれで心地いいから、自然と治るまで楽しんどく」
訝しむ視線をシャルはアルスに送っている。シャルの中でアルスのM疑惑が沸き起こっているらしい。今のアルスは幸せそうだし。
気を取り直して、シャルは受付嬢の顔になり、俺をキッと睨んでくる。
「今日という今日は詳しく聞くまで帰しませんからね! さあ、全部白状してください!」
全部言うつもりだからそんなに睨まないでください。魔力を纏うのも止めてください。
俺は、ダンジョンの中で起きたことを説明し始める。ダンジョンの構造のこと、最下層のボスが呪魂だったこと、ダンジョンモンスターじゃなかったこと、倒したら外に排出され、堕魂したこと、などなど。アルスも横から補足してくれた。
全部話し終わった後、シャルは真剣な表情で腕を組んでいた。
「お二人は、ダンジョンの監視者を殺して中に入った人が、死んで不死者モンスターになり、進化しながら最下層にたどり着いた、とお考えなのですね?」
「そうですね。そう考えました」
俺とアルスは顔を見合わせて頷いた。シャルは首をかしげる。
「可能性としてはゼロではありません。しかし、野良モンスターがボスの扉を開けることはできないんですよね。使役されたモンスターは出来るのですが」
えっ? そうなの? それは聞いたことが無かった。ダンジョンは相変わらず謎空間だ。
ということは、使役されたモンスターだったのか? でも、そんな感じはしなかったぞ。
「『亡霊の迷宮』は例外かもしれませんけど……」
「元人間だったから通れたとか? でも、モンスター化しちゃってるから違うか」
考えられる可能性はいくつかある。
最下層までたどり着き、ボス部屋で死んでモンスター化してしまった場合。でも、髑髏が再出現して倒されるはずだ。モンスター化して勝てるような相手ではない。
他に考えられるとすると……。
「「 誰かがボス部屋に閉じ込めた 」」
俺とアルスが全く同じタイミングで同じ考えを言った。
あり得ないと誰もが考えることだが、可能性はゼロではない。そうなると、その誰かはダンジョンを踏破する力を持っているということだ。
なんかモヤモヤする。直感が反応してモヤモヤしている。
でも、ダンジョンが今のタイミングで外に排出してくれて助かった。親龍祭の期間中だったら、対応が遅れて大変なことになっていただろう。
あちこち探りを入れておくか。
その後、冒険者ギルドの各地や他のダンジョンにも注意を送ってもらうことで意見はまとまった。
父上にも追加で報告しておかないと。
ギルドを後にした俺とアルスは、転移で王都に戻ってきた。アルスはフウロさんとラティさんに会いに行くらしい。病院で一時お別れだ。
「報酬は本当に要らないの?」
俺は依頼の報酬である1000万イェンをアルスに返したのだ。追加報酬を貰ったし、それだけで十分だ。
「全財産ですよね? アルスさんたちが使ってください」
「……その口調胡散臭い」
うっさい! 誰が聞いているのかわからないから、敬語口調で話すしかないんだよ!
「親龍祭の間は依頼は受けないつもり。フウロやラティと一緒にお祭りを回るの」
「そうですか。ゆっくり楽しんでくださいね」
「うん。それでね……暇だったら遊びに来て! 宿は変えないから」
「わかりました。会いに行きますね」
うん、と嬉しそうに微笑んだアルスは、キョロキョロと周りを見渡して、誰もいないことを確認すると、素早く俺の唇にキスをしてきた。一瞬で離れると、じゃあね、と手を振って病室のドアを開けて消えていった。
フウロさんとラティさんの大声が聞こえる。フウロさんも目覚めたようだな。
しばらく、仮面の下で微笑みながら病室から漏れる声を聞いていた。
『あたし、呪いが解けちゃった』
『『 えぇっ!? 』』
『それと、彼氏ができた』
『『 はぁっ!? アルス様っ!? 』』
おっと。これ以上長居しては巻き込まれそうだ。
詳しく説明してください、と二人が問い詰める声と、楽しげなアルスの笑い声を背中に受けて、俺は病院から歩き去った。
▼▼▼
歪な少女が馬車の中に乗り込んだ。透明な髪を持つ少女。顔は感情がない無表情。身体が右に傾いている。傾いているのは、左右の足の長さが違うせいだった。足のだけじゃない。腕の長さも違っていた。
服で隠れているが、身体のあちこちに縫合の跡があった。肌の色も違う。まるで、身体の部位を継ぎ接ぎして作られたかのよう。
床に跪いて、無言で主人に手に持っていた紙を渡す。
それは新聞だった。日付は数日前。ドラゴニア王国の迷宮都市に堕魂が出現し、Sランク冒険者パーティ《パンドラ》と神龍が討伐したという内容だ。
少女の主人である男は興味深そうに口元を吊り上げる。
「ほう。実験は成功したというわけですか。私の理論は間違ってなかったようですね」
顔に浮かぶのは、実験が上手くいったことによる満足げな笑みだけだった。
「堕魂しましたか。予想より遙かに早いですね。また作ってみましょう。しかし、被害はゼロですか。勿体ない。実に勿体ない。《パンドラ》に神龍。厄介ですね」
しばらくの間、深い思考の海に沈む男。考えをまとめた男は顔を上げる。
「そこは彼らに任せましょう。私は出来ることをすればいい。そういう契約です」
傍に控えていた人形のように無表情の女性から飲み物を受け取り、美味しそうにカップを傾ける。
「親龍祭。現在向かっていますし、いろいろと準備は整えていますが、一体どうなることやら。臨機応変に動くしかないですかね。その時は、貴女にも動いてもらいますからね、出来損ない」
出来損ないと呼ばれた跪く少女は、透明な瞳を瞬きすらせずに、無表情で小さく頷いた。
《第六章 呪われた赤い魔女 編 完》
お読みいただきありがとうございました。
次回は人物紹介です。
そして、頑張れば第七章の一話目を投稿します。
タイトルは『第七章 黄金の悪魔の禁術 編』です。




