第197話 生い立ち
「嫌ぁ! 止めて!」
アルスは身をよじり、手足をばたつかせて抵抗するが、俺は容赦なく襲い掛かる。彼女の手を振りはらい、服に手をかけた。
敵わないと判断したのか、アルスは服を掴んで脱がされないようにする。でも、その力は弱々しい。身体に力が入っていない。
俺はアルスの服を一気に服をまくり上げた。
「……やはりそういうことですか」
彼女の身体を見下ろし、咎める視線を向ける。悪戯がバレた子供のような表情で、アルスは俺と目を合わせようとしない。
もう抵抗を止めていた。全てバレたアルスは大人しくしている。
「髑髏・呪魂に呪われましたね?」
「あはは……バレちゃってたか」
ペロッと舌を出して弱々しく微笑むアルス。その彼女の身体は呪いが蝕んでいた。
殴打されたように紫色のシミが肌に浮かんでいる。それも多数。大小は様々。特に下腹部が酷く、紫から黒に染まっている。まるで身体が腐っているかのよう。
アルスは一度、髑髏・呪魂の呪いの闇に包まれた。龍化して吹き飛ばしたと思っていたが、やはり呪われていたようだ。
必死で隠していたようだが、明らかに様子がおかしかった。彼女の身体を包む呪いの靄が強くなっていたし。
全てバレたアルスは、隠す必要が無くなったので、身体から力を抜いた。
「元から持っていた呪いと混ざり合って酷くなっちゃったみたい。多分、体内から腐らせる系の呪いだと思う。流石不死者モンスター。陰険だね」
今思えば、堕魂を見上げた時、アルスは嘔吐していた。それは気持ち悪いものを見ただけではなかったのだろう。体内で呪いが蝕んでいたのだ。
そして、先ほどの病院での出血。女の子の日のせいではない。呪いが臓器を腐らせたせいだ。
「あたしはね、生まれた時から呪われていたの……」
唐突に、アルスが喋り出した。
「あたしはこう……こう見えて帝国の貴族の家の出身なの。それも上級貴族。おかげで後継者問題でドロッドロよ。何人もいる母親たちも兄弟姉妹もいがみ合ってるの。全員じゃないけどね」
「お父上は何も言わないのですか?」
「ええ。帝国は超実力主義。『死んだやつが悪い。死んだのは弱いからだ』って考え方なの。実際、優しかったニンファ異母姉様は暗殺されちゃった。お父様は顔色一つ変えなかったわ……」
アルスの紅榴石の瞳から、一筋の透明な涙が零れ落ちた。
暗殺された姉とは仲が良かったのだろう。はぁ、と息を吐いたアルスは悲しそうだ。
「あたしのお母様は、お父様の第一子を産んだ。そして数年後、次はあたし。《龍殺し》の末裔は、ただでさえ子供ができにくいのに、二人も身ごもってしまった。他の母親たちは良い気持ちしなかったでしょうね」
子供を産んで後継者にしたい母親たちは怨んだだろうな。子供が継いだら、自分や家の地位や権力が強くなる可能性が高い。上位貴族になればなるほど影響力が強くなる。
今聞いた帝国の考え方なら、他の母親たちは真っ先に暗殺を考えるだろう。
「だから呪われたのですか」
「実際に呪われたのは妊娠中のお母様だったけどね。死産の呪いよ」
死産の呪い。文字通り子供が産めなくなる呪いだ。もし子供ができたとしても、流産してしまう。
でも、アルスは今目の前にいる。
「お母様は、気合と根性と愛情で呪いに抗って、あたしを産んだの。自らの命さえ削って。あたしを産んだと同時に死んじゃったんだって」
「そして、アルストリアさんに呪いが引き継がれてしまったと」
「そういうこと。子供ができなくなって、時々痛みの発作が出るくらいで、命に関わる呪いじゃなかったんだけどね」
だけど、髑髏・呪魂からも呪いを受けて、複雑に絡み合い、アルスは死にそうになっている。
「あんまりあたしに触らない方が良いかも。感染する可能性が高いから」
感染する呪いは禁呪に相当する。『髑髏の心臓』では解呪できなかっただろう。
今この瞬間にも、アルスの身体を呪いが蝕み、紫や黒のシミが広がっている。
紅榴石の瞳が俺を捉えた。懇願するような力強い光が宿っている。
「ねえ、お願いがあるんだけど」
「なんでしょう」
「最期まで一緒に居て? あたしは今夜死ぬ。長く持たない。ごめん。一人は寂しくなっちゃった」
この口ぶりからすると、アルスは一人で死ぬつもりだったようだ。覚悟は決めていたのだろうが、病室を出た直後に俺に声をかけられ、ここまで運ばれた。最後の最後になって、一人は嫌になったのだ。
「アルストリアさん……」
「メリア」
「えっ?」
「あたしのことはメリアって呼んで。メリアール。それがあたしの本当の名前だから」
アルスは偽名だったのか? いや、たぶんアルストリアも本名だろう。
「あたしが死んだら、フウロとラティをお願い。好きにしていいから。あたしの荷物もあげる。必要なかったら捨ててね。でも、このネックレスだけは貴方が持ってて」
真剣な表情で、懸命に腕を動かし、胸元の赤い百合水仙のネックレスを握る。俺がアルスに贈ったネックレスだ。
言いたいことを言い終わったアルスは、虚ろな瞳を天井に向ける。首や手足にもシミが広がっていた。
「あぁ……シランとのデート、楽しかったなぁ……」
多分、アルスは呟いていることに気づいていないのだろう。
楽しい記憶を思い出したアルスは、乾いた唇を舐める。
「喋り過ぎて喉乾いちゃった。飲み物持ってない?」
「ありますよ」
「最後に飲むやつだから、とびっきり美味しいのを頂戴ね」
悪戯っぽい笑顔でのおねだり。仕方がないなぁ。
俺は虚空からとびっきり美味しい果実のジュースを取り出した。
彼女の身体を優し起こし、飲みやすいように支える。
「どうぞ、メリア」
「ふふっ。ありがと」
ストローに口をつけて、ゆっくり味わうように飲んでいく。
コクコクと喉が動く。途中で止まらなかったのか、アルスは時間をかけて全部飲み干した。
満足げな笑顔を浮かべる。
「はぁ……美味しかっ……きゃっ!?」
美味しかった、と言おうとしたのだろう。しかし、突然彼女の身体が光を放ち、小さな悲鳴をあげた。光を放ったのはほんの数秒。光が消えた時には、顔色が良くなったアルスがキョトンと目を見開いていた。
「よかったですね、メリア。呪いが解けましたよ」
「……はい?」
訳がわからず首をかしげるアルスの間抜けな声が、宿の一室に静かに消えていった。
お読みいただきありがとうございました。
アルストリアは龍人という種族なので、帝国で『龍の呪い』と呼ぶ力は消えていません。
 




