第193話 禁忌の力
「アルスッ!」
懸命に近づくが、髑髏・呪魂の闇の腕が鬱陶しい。俺は早くアルスの下に行かなきゃならないんだ!
「退け! 邪魔だ!」
大鎌を振り回して、闇を斬り裂いて行く。
アルスは闇に呑まれてしまっている。大量の手が伸びてきて、手足を拘束され、覆い尽くされてしまったのだ。一刻も早く救出しなければ命を落としてしまう。
彼女へと延びる闇の腕を斬って斬って斬りはらう。よし、あとはアルスを覆い隠す闇の球体を斬り裂けば……。
行動に移そうとした途端、闇の中から赤い光が漏れた。漏れ出す光がどんどん増えていき、突如、熱風と共に弾け飛んだ。陽炎が揺らぐ。物凄い熱だ。
燃える赤いオーラを纏ったアルスと思しき人影が、危なげなく地面に着地した。
その姿を見て、俺は呆然と目を見開いた。
「……龍? 赤い龍? いや、これは龍人と言えばいいのか?」
全身に浮かぶ赤い鱗。鋼鉄さえも斬り裂けそうな鋭い爪。頭から生えた二本の龍の角。お尻には龍の尾。赤い髪は燃え盛るように輝き、紅榴石の瞳は縦長になっている。龍眼だ。
人型を保った赤い龍。それが今のアルスの姿だった。
龍人が額を拭う仕草をする。
「ふぅー。全力でやって何とか吹き飛ばせた。危なかったぁー」
仕草も声もアルスそのもの。若干声は低くて、腹に響く力強さがある。
龍眼が俺を捉え、アルスは親しげに片手をあげた。
「やっほー。無事?」
「私が聞きたいのですが」
「あたしはこの通り無事です。あっ、この姿? びっくりしたでしょ」
はい、猛烈にびっくりしています。俺は《龍殺し》の末裔って聞いてたんだけど、どういうこと?
アルスは自虐的に微笑んだ。片手を髑髏・呪魂に向け、真っ赤な炎を噴き出し、吹き飛ばしながら説明を始める。
「遥か昔、あたしのご先祖様は、帝国の領土に棲む赤い龍を殺した。そして、龍の血を浴びて強大な力と頑丈な身体を手に入れた……って、一般には伝わっている。でも、全然違うの。これは呪い。龍の呪いなの」
「龍の呪い……」
「天敵の龍を殺したら、その天敵の力を受け継いだって、笑えない話だよね。代々 《龍殺し》の末裔には龍の力が受け継がれている。血族の末端は身体が頑丈なだけだけど、本家に生まれたあたしは龍の力を操ることが出来る」
その結果が、今の龍人の姿か。龍の力を受け継いだ人間。そりゃ身体は頑丈で、力は強いはずだ。
「本当は、この力を使うことは禁じられてるの。禁忌の力。でも、あたしは姉様みたいに強くないから、この力に頼らなくちゃいけないの。まあ、禁じているのはヴァルヴォッセ帝国だけだから、ドラゴニア王国では使ってもいいんだけどね! バレなきゃいいの!」
悪戯っぽく、茶目っ気たっぷりに舌をペロッと出して笑うアルス。赤い舌先が蛇、いや龍のように二つに分かれていた。
今のアルスの周囲は、空間が揺らぐほど熱いのだろう。彼女の身体に触れたら灰になってしまいそうだ。圧倒的な力を放っている。
じーっと観察している俺の視線に気づいたアルスが、自分の身体を見下ろして苦笑した。
「あはは。醜いよね、この姿」
「えっ? どこがですか? とても綺麗じゃないですか! 美しいですよ!」
「えっ? あれっ?」
「格好いいです。惚れ惚れします。羨ましいですよ!」
龍の姿になれるなんて超羨ましい! 醜い? どこが!? アルスは滅茶苦茶綺麗だろ!
「あぁー。この国は龍が大好きなんだった。ということは……」
「信仰の対象になるかもしれませんね。跪かれてお祈りされるかも」
「うへー。絶対に人前で使うの止めよ」
「そのほうがいいと思います。……私もお祈りしましょうか?」
「絶対に止めて!」
想像したのか、ものすっごく嫌そうな声で拒否された。
冗談だってば。だから、睨まないで。熱が襲ってくるから。
さて、そろそろお喋りも止めて戦闘に戻るか。会話の最中にも魔法を放ってぶっ飛ばしたりしてたけど。
アルスもやる気だ。紅榴石の龍眼で髑髏・呪魂を睨みつけている。
髑髏・呪魂が闇の砲弾を撃ち出した。呪いの塊だ。
弾き飛ばそうとしたが、アルスが行動するほうが早かった。大きく息を吸って、叫ぶ。
『ガァァアアアアアアアアアア!』
熱と魔力と轟音と衝撃波が放たれ、ビリビリと空間が揺れた。
《龍の咆哮》だ。闇の砲弾は全て弾き飛び、燃え尽きた。
咆哮は髑髏・呪魂まで吹き飛ばすほどの威力があった。流石、龍の咆哮だ。
「うっわぁー。びっくりしたぁー」
な、なんでアルスは自分でも驚いているのかな? 自分の大声がうるさくて耳を塞いでるし。
髑髏・呪魂が怯んだ。今がチャンス。
「《狐火の神舞》」
篝火のような白焔がいくつも浮かび、髑髏・呪魂を燃え上がらせる。
「《溶岩の滝》」
ねっとりとした灼熱の溶岩が上から降り注ぎ、髑髏・呪魂に絡みつく。溶岩が焼き、冷えると固まり、動きを阻害する。
動きが鈍った髑髏・呪魂に長い槍を突き刺した。その槍を通して、体内で魔法を発動させる。
「《聖域》」
神聖な光が髑髏・呪魂の内側から浄化し、邪悪な力を焼き払う。内部からの攻撃は流石に効くだろう。というか、効いてもらわないと困る。
「《屠龍の光焔》!」
灼熱の赤い光線が髑髏・呪魂を貫いた。ジュージューと闇が焼ける音がする。形容し難いおぞましい匂いもする。
確実に効いている。動きが弱まっている。でも、髑髏・呪魂はまだ倒れない。更に憎悪を募らせた。
『アカ……アカァァアアアア! コロスゥゥウウウウウウウウウ!』
巨大な腕が肩から外れた。勢いよくアルスに向かって飛んでいく。腕と肩は闇で繋がっていた。
「えぇっ!? それってありっ!?」
「逃げろアルス!」
「わかってるってば! ふぎゃっ!」
咄嗟に横に飛んで避けたアルスは、猛スピードで壁にぶつかった。今、自分からぶつかりに行ったよな? なにをしてるんだ?
何というか、自分の身体能力がわかっていないというか、制御できていない気がする。
「あいたたた……」
「もしかして、初めて使ったとか……?」
「えーっと、その……うん。その通り。完全に龍化したのは初めて。だって、帝国では使っちゃダメだったから。というか、こんな姿になることすら知らなかった。戻れるよね?」
俺に聞かれても困る。
この土壇場で制御できない力に頼るとは、あまりに無謀すぎるぞ。そうでもしないと戦えないのはわかるけど。
なおも襲い掛かる腕を何とかしようと闇を斬り裂くが、ゴムのように伸びて勢いを吸収し、弾き飛ばされた。
「くっ! すまんアルス!」
「大丈夫!」
鱗が浮かぶ龍の手で、巨大な黒い骨の手を殴り飛ばした。
「あたしは近接戦闘は苦手なんだけどぉー!」
苦手と叫びつつも、龍の力が勝った。巨大な骨のほうが吹き飛ばされていく。
グッと呻いたアルスが片膝をついた。大きく息を荒げている。
「《宝石の糸》」
強靭な硬さを誇る宝石の極細の糸が髑髏・呪魂を雁字搦めに拘束した。その隙に、アルスの下に駆け寄った。
強大な力に身体がついていかないのだろう。消耗も激しいはず。
「アルス、大丈夫か?」
「うん、何とか。まだいける」
片手でお腹を押さえつつ、ゆっくりと立ち上がるアルス。顔は険しい。疲労や痛みに耐えているのだろう。そして、お腹から漏れ出る黒い靄。
「気にしないで。これは別のやつだから。いろいろと呪われてると大変だねぇー」
しっかりと立ち、自虐的に笑ったアルスは髑髏・呪魂を見据えた。
体内に力を溜めていく。温度が更に急上昇した。
「本気も本気」
大きく口を開けて息を吸い、口の中に赤い力が集まっていく。
これは龍の最強最大の攻撃。《龍の息吹》かっ!
『ガァァアアアアアアアアアアアアアアアア!』
今までとは比べ物にならない極大な光線が放たれた。制御できない荒れ狂う力も全て息吹として放ったようだ。髑髏・呪魂は必死に耐えているが、闇が次々に呑み込まれて消えていく。
でも、まだ倒れない。まだ足りない。
アルスは限界に近い。女性が頑張っているんだ。俺も頑張らないと。
俺は片手を髑髏・呪魂に向けた。白銀の光が集まっていく。
「《龍の白銀》」
赤い龍の力と白銀の龍の力に撃ち抜かれ、髑髏・呪魂の憎々しげな叫び声が響き渡る。世界を呪う断末魔。身の毛もよだつ囁くような甲高い声だ。
赤と白銀の光が空間を満たし、声が徐々に途切れ途切れになる。
光が晴れた時、そこには、闇が消え、動かなくなった黒い骨が横たわっていた。
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