第191話 髑髏・呪魂
「覚悟は良いですか?」
「ええ、もちろん」
俺たちは頷き合い、亡霊の迷宮の最下層、第70階層のボス部屋の扉に手をかけた。触れると、音もなく静かに開いて行く。そして、奥からこれまでとは比べ物にならない威圧感と魔力と死の気配が漂ってくる。
数百メートルもある広大な空間。そこにおぞましい怪物が鎮座していた。
何と言えばいいのだろう。骨で出来たムカデが一番近いかもしれない。上半身は人間の骨そのもの。肋骨と頭蓋骨。しかし、腰から下が違う。背骨から生えた大量の人間の骨の腕と手がムカデの足のようだ。全長は五十メートルを軽く超えているだろう。
他に身体を構成しているのは黒い靄。靄が淀んで、苦痛に悶える人間の顔のようなものが沢山浮かぶ。今にも悲痛な叫び声が聞こえてきそうだ。
吐き気を催す醜悪な化け物。死に抗う邪悪な怪物。この世のものとは思えない不死者モンスターの最上位種。髑髏だ。
こんなものが地上をうようよされたら困る。
「……うわ~きもぉっ」
アルスは盛大に顔をしかめている。生理的に受け付けないらしい。
俺も無理。気持ち悪い。近寄りたくない。だから髑髏は嫌なんだ。
ふと、俺は違和感を感じる。前に戦ったことがある髑髏とは何かが違う。
「うっへぇー。あれが髑髏かぁ。キモい。本当に気持ち悪い」
「……待ってください。何かがおかしいです。あの髑髏は骨が黒い? 普通は白いはずなのに」
髑髏の巨大な骨が真っ黒に染まっていた。口に出すと違和感がはっきりとわかった。やはり骨の色が違う。そして、威圧感と死の気配が圧倒的にこっちのほうが強い。
あの髑髏は何かがおかしい。
その時、頭の中に声が響き渡った。心の中にいる使い魔からの念話だ。
『上様! あの髑髏、呪魂化してマス!』
「呪魂だとっ!?」
死を司る女帝リッチのニュクスが言うなら間違いないのだろう。
呪魂とは、恨みや憎悪が集まり、凝縮して、何倍も力を増したモンスターのことだ。比べ物にならなくらい強くなる。更に堕ちると堕魂というただ暴れまわる厄災そのものになり果てるらしい。
俺も呪魂化したモンスターに出会うのは初めてだ。
「呪魂!? 嘘でしょ!?」
ギョッとアルスが髑髏を見上げた。その顔にははっきりと恐怖が刻まれていた。髑髏でさえ恐ろしいのに、呪魂化していたら絶望するだろう。
アルスの叫び声に反応して、髑髏・呪魂が目覚めた。
眼窩には何もない。ただ光さえ呑みこみそうな闇があるだけ。でも、しっかりと俺たちを睥睨しているのを感じる。
『……ア……カ』
「これは……念話? 思念を飛ばしているのでしょうか?」
「思念というより怨念なんだけど。背筋が寒くなる」
髑髏・呪魂から意志を感じる。好意はない。明らかに濃密な敵意と殺意。
俺も背筋が寒くなってきた。冷や汗も流れている。アルスは小刻みに震え、歯をカチカチと鳴らしている。
闇の視線がはっきりと狙いを定めた。更に闇が濃くなり、憎悪が深まる。
『……アカ……アカアカアカアカアカアカアカァァァアアアア!』
漆黒の魔力が放出された。俺はアルスを背中に庇い、同じく魔力を放出して対抗する。
なんておぞましい魔力なんだ。量もすさまじい。背後のアルスが膨大な魔力に耐えられず、膝をつく気配がした。
はっきりとは聞こえないボソボソと囁く不快な声が聞こえる。あれは、闇に浮かんだ顔が呪詛を吐いているのか。憎々しげに俺たちを睨んでいる。
それと同時に直接伝わってくる甲高い髑髏・呪魂の怨念。
『アカガミィィィイイイイイイイイイ!』
巨体に似合わない素早い動きで襲い掛かってきた。動きはムカデそのもの。足である腕と手の骨がカシャカシャと気持ち悪い動きをしている。
そして、肩から生える巨大な腕と手で殴りつけてきた。
「アルストリアさん!?」
「きゃぁっ!?」
間一髪、俺は狙われたアルスを抱き上げて、髑髏・呪魂の攻撃を回避した。風圧で更に吹き飛ばされる。
髑髏・呪魂は素早く追撃する。狙いはやはりアルスだ。
『アカ、コロス、アカ、コロス、アカ、コロス、アカ、コロス!』
「アルストリアさん、貴女何かしましたか? 狙われてるのはアルストリアさんのようなのですが」
「知らない! あたしは何も知らないって!」
「赤いものに恨みがあるのでしょうか? アルストリアさんの髪は綺麗な赤ですし、瞳も紅榴石ですから」
「勝手に恨まないでよー! 生まれつきなんだから仕方がないでしょー!」
攻撃を掻い潜る俺の腕の中でお姫様抱っこされたアルスが、理不尽な思いを大声で叫ぶ。叫んだとしても髑髏・呪魂の攻撃は止まらない。余計に激しくなるだけだ。
一度距離を取りたい。蹴り飛ばすか。
「よっと!」
髑髏・呪魂の肋骨の辺りを全力で蹴りつけた。骨は頑丈で、折れることも砕くことも出来なかった。欠けてもいない。
骨の巨体が吹き飛んでいくと同時に、蹴りつけた足に灼熱の熱を感じた。黒い靄が纏わりついている。呪いだ。
今の一瞬で、身体の内側を構成する髑髏・呪魂の闇からいくつもの手が伸びてきて、俺の足に触れたのだ。触れるだけじゃない。掴んで引きずり込もうとした。
地面に降り立ち、呪いを浄化する。一瞬にして呪いの熱は消えた。
「アルストリアさん。絶対に触れてはいけませんよ。触れるだけで呪われます」
「嘘ぉ……。じゃあ、聖属性の攻撃で……」
俺は離れた骨の巨体に向かって聖属性の光を放つ。不死者にはよく効くはずだ。
しかし、光が晴れた時には、全くダメージを受けていない髑髏・呪魂の姿があった。
何となく予想はしてたけど、最悪なパターンだな、これは。
「聖属性への耐性があるみたいですね」
「それってありなの? 不死者モンスターが聖属性に耐性がある? それじゃあ、光や炎は……」
今度は灼熱の炎と極太の光線で攻撃する。瞬く間に燃え上がり、光に撃ち抜かれるが、全く効いている様子はない。鬱陶しそうにあっさりと炎を消された。
今の攻撃で怒りや怨みや憎しみが深まった気がする。
もしかして、ダメージを受ければ受けるほど強くなるパターン?
「光や炎への耐性もありますね」
「もうそれって不死者じゃないじゃん。別のモンスターよ……」
アルスが絶望で声を震わせた。倒すしか方法はない。しかし、攻略法が見つからない。
俺もここまでとは思わなかった。少しも油断できない。
『アカアカアカアカアカアカアカアカァァァアアアアアアアア!?』
髑髏・呪魂は呪詛の言葉を吐きながら、赤い魔女に攻撃を仕掛けた。
お読みいただきありがとうございました。
髑髏スカルのモデルは、妖怪『がしゃどくろ』とか、SA〇のスカルリーパーです。
一番近いイメージは、『SA〇のスカルリーパー』+『千と千尋のカ〇ナシの大食いの姿』=髑髏・呪魂でしょうか。




