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第185話 迷宮都市ラビュリントス

 

 朝一番の馬車に乗り、俺たち《パンドラ》と依頼主のアルストリアは迷宮都市ラビュリントスに向かっている。迷宮都市は王都から二つ離れた街だ。着くまでに半日ほどかかる。

 ジャスミンやリリアーネ、エリカやヒースなど、婚約者たちに数日会えないことを告げ、説得するのは大変だった。あの手この手で誘惑し、引き留めようとしてきて、本当に辛かった。何とか納得してくれたけど。

 馬車を引けないので、ピュアとインピュアから念話でブツブツと文句を言われている。仕方がないじゃないか。一角獣(ユニコーン)二角獣(バイコーン)が引く馬車は、王子の馬車だと有名なんだから。


『私たちじゃなくて、どこぞの雌馬が引いた馬車に乗るなんて最低よ!』

『うわきものー!』


 二人は俺の騎獣として誇りを持っている。他の馬に乗ると、このように機嫌が悪くなる。嫉妬だ。とても可愛らしい。


『べ、別にシランに乗って欲しいなんて思っていないんだけど。思っていないんだけどー!』

『出た、インピュアのツンデレー』

『うるさい!』

『喧嘩は後でしましょうね。乗ってる人が怯えてるし、馬も怯えているから』


 ウチの子たちが本当に申し訳ございません。すぐに大人しくさせますから。


『ふんっ! どこぞの雌馬なんて恐怖すればいいのよ』

『それはさんせー。はっ!? 気絶すれば、私たちが引く可能性が……』

『ないから! あとでたっぷり乗らせてもらうから、その殺気を抑えてください』

『『 なら許す! 』』


 イライラと陰鬱なオーラをまき散らしていた二人が、突如ご機嫌オーラを放ち始める。仮面の下はニコニコ笑顔だろう。見えている口元は、嬉しそうに緩んでいる。

 他の使い魔たちからも、ピュアとインピュアだけズルい、と抗議の声が上がったため、次々にご機嫌取りの約束を行う。

 単純にズルいという気持ちもあるだろうが、何となく結託している感じがする。ハーレムは大変だ。

 ため息をつきたいのを堪えて、馬車に乗ってから一言も喋らないアルスを観察する。

 彼女はずっと赤い百合水仙のネックレスを片手で触っている。もう片方の手は、膝の上に乗せて固く拳を握っている。あまりに力を入れすぎているため、血流が滞っているようだ。青白くなっている。

 表情は硬く強張り、僅かに唇を噛んでいる。必死に抑え込んでいるようだが、焦りを隠しきれていない。

 アルスの連れの女性二人、フウロさんとラティさんがいないことも気になる。

 今はまだ《パンドラ》の俺を信用してくれていない。質問したとしても答えてくれないだろう。はぐらかされるだけだ。まずはアルスの信用を勝ち取り、それから聞いてみるか。

 馬車に揺られること数時間、俺たちは迷宮都市ラビュリントスに到着した。ここは、いくつものダンジョンが集まり、冒険者が多く住んでいる都市だ。王都よりも若干劣るが、大都市の一つである。


「早くダンジョンに潜りましょう!」


 馬車から降りた瞬間、アルスはダンジョンに向かって駆けだそうとする。それを何とか引き留めた。


「ちょっと待ってください。まずは冒険者ギルドに寄らなければ」

「なんでよ! あたしは今すぐ行かなくちゃいけないの!」


 素のアルスが表に出た。焦りすぎだ。この状態でダンジョンに潜るのは危険だ。

 俺たちは、立ち止まっているアルスの真横を歩いて通り過ぎる。


「ちょっと! 無視しないで!」

「では、落ち着いてください。貴女は『亡霊の迷宮』の場所を知っていますか? 何階層あって、どんなモンスターが出るのか把握していますか?」

「そ、それは……」

「今の貴女ではダンジョンに潜っても死ぬだけです。依頼を破棄してもいいのですよ?」

「……ごめんなさい。落ち着きます」


 スゥーハァー、と何度か深呼吸して、何とか落ち着きを取り戻したアルスは、紅榴石(ガーネット)の瞳を燃やしながらついて来る。

 迷宮都市の冒険者ギルドに入ると、一人の受付嬢が即座に近寄ってきた。


「こんにちはー! お待ちしてましたよ。奥へどうぞー」


 黒いフェンリルの獣人のシャル。俺たちの専属受付嬢だ。

 何故ここにいるんだ、と疑問に思ったけど、きっと上から命令されたのだろう。ローザの街の時もそうだったし。

 ギルドに設けられた奥の部屋に入り、ソファに座る。もちろん、シャルは日蝕狼(スコル)月蝕狼(ハティ)に挟まれる。今にも泣きそうだ。


「くぅ~ん……『亡霊の迷宮』の情報をお聞きしたいんですよね?」

「ええ。お願いします」


 日蝕狼(スコル)月蝕狼(ハティ)にナデナデされて、身体を小さくさせたシャルが、狼耳を垂れさせながら説明してくれる。


「はいですぅ。『亡霊の迷宮』は文字通り不死者(アンデッド)モンスターしか出てこないダンジョンです。全70階層。基本的にAランク冒険者以上でないと立ち入りが認められません。普通ならBランクのアルストリアさんは入れませんが、今回はSランクの《パンドラ》のリーダーさんがいらっしゃるので許可します」


 Aランク冒険者以上、という言葉に顔を青ざめたアルスが、許可されてホッと安堵の息を吐いた。

 シャルが階層の地図を見せながらモンスターの分布を教えてくれる。10層ごとにボスモンスターが存在する。ただし、これは絶対ではない。時々、内装が変わる。『ダンジョンは生きている』という言葉があるくらい、謎に包まれた場所なのだ。神が創り出したと言う人もいるらしい。

 俺も詳しいことは知らない。長い時を生きた使い魔でさえも知っていることは少ない。


「それでですね、最下層のボスは『髑髏(スカル)』ですね」


 スケルトンの最上位種が『髑髏(スカル)』だ。巨大な骨のモンスター。

 ローザの街で遭遇した皇帝(エンペラー)リッチが魔法系のモンスターなら、髑髏(スカル)は物理攻撃系のモンスターだ。防御にも魔法抵抗にも優れ、攻撃には呪いが付与される。

 正直に言うなら戦いたくない。

 シャルの丁寧でわかりやすい説明が終わった。


「ダンジョンについてはこんな感じでしょうか? あと、これはリーダーさんとアルストリアさんの許可証です。ダンジョンの入り口に立っているギルドの監視者に必ず渡してください」


 受け取った許可証をじっと観察する。ただの木の板だ。


「気を付けてくださいね。つい5ヶ月程前に『亡霊の迷宮』の監視者が殺されたらしいです。犯人はまだ捕まっていません。ダンジョンに入って死んだのかもしれませんが」


 なるほど。気をつけよう。


「では、頑張ってくださいねー」


 シャルに見送られ、俺たちはギルドを後にする。

 移動で疲れがたまっているから、ダンジョン探索は明日からだ。

 今日はしっかりと休もう。


お読みいただきありがとうございました。

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