第182話 ソノラとお買い物デート
今日は孤児院のちびっ子たちに無理やり命じられたソノラとのお買い物デートだ。別にソノラとのデートは嫌ではない。むしろ楽しみだ。ソノラとはお店で会うか孤児院で会うかの二択だった。二人きりで出かけた記憶はほとんどない。
待ち合わせ場所でしばらく待っていると、緊張で顔が強張り、わたわたと慌てたソノラが駆け寄ってきた。特徴の栗色の髪のポニーテールがユラユラと揺れている。
「お、おおおおおお待たせしました」
言葉を噛みながら、ぺこりとお辞儀をするソノラ。普段のソノラは化粧っ気がない美少女だった。しかし、今日はちゃんとオシャレをした美少女になっている。
耳には、俺がプレゼントしたイヤリングがつけられている。キラキラと光を反射して輝いている。
周囲の男性から注目を集めているが、ソノラは全く気付いていないようだ。そんな余裕もないらしい。
「ほ、ほほほほ本日はよ、よよよよよろしくお願い、しししし……」
緊張でガチガチに固まっている彼女を見て、俺は思わず吹き出してしまう。そんなに緊張しなくてもいいのに。
ソノラは何故か顔を真っ青にしてショックを受ける。
顔を強張らせたり、真っ赤にしたり、今度は真っ青にしてショックを受けてたり、今日は大変だな。
「ど、どこか変ですか!?」
「変じゃないさ。ソノラが緊張しているのがおかしくて」
「で、殿下とデートなんですよ! 緊張するに決まっていますよー!」
「そんなに意識してくれているのか。なら俺も、オシャレしていつもより可愛くなっているソノラをちゃんとエスコートしないとな」
「ふぇっ!?」
「じゃあ、デートに行くか!」
俺はソノラの手を優しく握って、歩き始める。
訳が分かっていないソノラは、されるがままについて来る。
「か、可愛い……ふぇぇえええええええええええ!?」
ソノラの歓喜と羞恥の悲鳴を合図に、俺たちのお買い物デートがスタートした。
耳や首筋まで真っ赤になり、頭からプスプスと蒸気を噴き出しているソノラを連れて、街を歩く。今日の目的は、ちびっ子たちが作るクッキーの材料を買うことだ。
まったく! 人使いが荒いというか、お節介というか……。今も建物の影からこっそりと覗いているし。それで隠れたつもりか?
「尾行されてるな」
「び、尾行!?」
「孤児院の子供たちと、それから近衛騎士団から」
近衛騎士団は仕方がない。昨日、デートが決まった時には、ランタナが傍にいて聞いていたのだ。有無を言わせぬ笑顔で『護衛しますね』って言われたら、俺は逆らうことが出来ない。ランタナのお説教は嫌なのです! 今日は気配を消さないようにしよう。
騎士たちは、見事に冒険者に変装している。誰も近衛騎士だとはわからないだろう。
尾行と聞いてキョロキョロしていたソノラは、顔を真っ青にして固まる。赤から急に青に変化するのは見てて楽しい。
「き、騎士団!? やはり私は殺されてしまうのでしょうか? 殿下を誘惑した罪で!?」
「なんだよ、その馬鹿げた罪は……」
「だ、だって、ド平民の私には貴族のことなんかわかりませんからぁー! シュパッと暗殺されて、どこかの森に棄てられたり……ど、どうしよー!? 殿下、今までお世話になりました」
あはは、とソノラは諦めた儚い笑みを浮かべる。今日はテンションがおかしくて、妄想が激しいご様子。元気なのはいつものことだが。
「大丈夫だ。そんなことは滅多にないから!」
「時々はあるんじゃないですかー! 貴族って怖い……」
おっと。ついソノラを揶揄ってしまった。反応がとても可愛いから、つい揶揄ってしまいたくなる。会話をしていると、次第に調子を取り戻してきたようだ。緊張が解れて、笑顔が増えてくる。やはり、ソノラは元気な笑顔が良く似合う。
「冗談は置いといて」
「冗談!?」
「そろそろ落ち着いてきたか?」
「ふぇっ?」
ソノラは、素っ頓狂な声をあげる。今まで自分が緊張していたことにすら気づいていなかったらしい。片手を頬に当て、恥ずかしそうに顔を伏せる。
「す、少しは……。心臓はバクバクしてますけど」
「そうか」
「殿下は余裕があり過ぎですよー!」
「俺は女好きの夜遊び王子だからな! 女性とのデートは慣れている!」
「得意げに言うことじゃないですよー! 最低です。女の敵です!」
女の敵と言いつつも、ソノラは繋いでいる手を振り解こうとはしない。むしろ、ぎゅっと握ってくる。少し逡巡したソノラは、覚悟を決めて、俺の腕に抱きついてきた。腕にソノラの胸の感触が伝わってくる。
「ソ、ソノラ!?」
「ふふっ。少し動揺しましたねー! 女の子は時に大胆になるのです!」
「…………今にも気絶しそうなくらい顔が真っ赤だぞ」
「指摘しないでください! 自分でもわかっていますからー! ほらほら! 行きますよ」
ソノラにグイグイ引っ張られる。
急激に上昇しているソノラの体温が伝わってくるぞ、と告げて揶揄おうと思ったが、止めておいた。ソノラが気絶しそうな気がしたから。
折角のデートだ。楽しまないとな。
「まずは、食料品店を見に行きますよ! 良いのが見つかっても、すぐには買いません。いくつかのお店を回って、値段を確認しなければなりませんから!」
「……そっか。それは考えていなかった」
材料を使うのは俺じゃなくて孤児院の子供たちだ。なるべく値段は安いものを買わなければならないのか。でも、品質も重要だ。それに、店によって量も違うはず。
こういう目利きに慣れているのは俺よりもソノラだろう。頼りにしてるぞ!
「今日は歩きまわりますよー! 私がいいって言うまで殿下を帰しませんから!」
「お手柔らかに」
俺たちは手を繋いだまま、一番近い食料品店に足を踏み入れた。
お読みいただきありがとうございました。
 




