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第180話 天使の言葉

 

 トタトタと小さな人影が屋敷の廊下を歩いている。母と手を繋いで笑い合っている親子だ。その後ろを丁度通りかかったら、親子が猫耳をピクピク動かし、同時に振り返った。

 テイアさんがおっとりと微笑み、セレネちゃんがにぱぁっと笑顔を浮かべる。手を離し、タタタッと走ってくる。


「にぃにぃ!」

「うおっ! 危ないだろ!」

「うきゃー!」


 飛び掛かってきたセレネちゃんを抱きしめ、お仕置きとばかりに撫でまわす。セレネちゃんは気持ちよさそう。ゴロゴロと喉を鳴らしている。


「ごめんなさい、シランさん。何度も言い聞かせているのですが」

「別にいいさ」


 母親のテイアさんは申し訳なさそう。住み込みで働き始めてから、テイアさんは俺のことをさん付けで呼ぶようになった。というか、そうお願いした。さん付けはちょっと新鮮で嬉しい。

 まだ軽く痩せてはいるが、テイアさんは日常生活を送れるようになった。今は、屋敷の掃除や料理の手伝いなど、雑用を行ってくれ、今まで通りアクセサリーなどの小物も作っているようだ。セレネちゃんがデザインし、テイアさんが作る。ウチの女性陣からも人気が高い。

 猫の獣人の幼女が、俺の頬をぺちっと両手で挟み込んできた。


「セレネね、今からね、ママとね、レナのところに行くの!」

「レナちゃんのところ? 孤児院に遊びに行くのか?」

「うん!」

「そうかそうか。それは楽しみだな」

「にぃにぃも一緒に行く?」


 ウルウルと潤んだ青みがかった銀色の瞳、月長石(ムーンストーン)の瞳で上目遣いされたら、断れない。幸い、今日の予定は何もない。

 俺は、セレネちゃんを抱っこしたままクルクルと回る。


「俺も一緒に行くぞー!」

「きゃー!」


 というわけで、俺はセレネちゃんとテイアさんを連れて、孤児院に行くことにした。

 馬車を用意して、あっという間にたどり着く。馬車から降りて、軽く伸びをする。そして、ある人物たちに声をかけた。


「……何故ここにいる?」

「女の勘よ!」

「女の勘です!」

「女の勘ですね」


 紫水晶(アメジスト)の瞳のジャスミンと、蒼玉(サファイア)の瞳のリリアーネと、琥珀(アンバー)の瞳のランタナが軽く俺を睨んでいる。おぉー怖い。

 孤児院には近衛騎士たちも集まっていた。子供に抱きつかれて、あたふたしている騎士もいる。


「私たち近衛騎士団が殿下のお屋敷に向かったところ、丁度出発されたと聞きまして、半分は追いかけ、残りの半分は先回りさせていただきました」


 なるほど。流石ランタナだな。ジャスミンやリリアーネも着いて行くと言ったのだろう。俺にピッタリとくっつかせれば、動きを封じられると考えているらしいし。勝手に外出したことに怒ってる? 怒ってるよね? またお説教かなぁ……。

 そこに、馬車の中から小さな影が飛び出してくる。


「にぃにぃ!」

「おっと! はしゃぐ気持ちはわかるが、危ないぞ」

「ごめんなさーい」

「テイアさん、手を」

「あら、ありがとうございます」


 片手でセレネちゃんを抱っこし、片手を差し出して、馬車から降りるテイアさんを支える。意外と高さがあるからな。猫の獣人だから、身体能力が高くてバランス感覚は鋭いと思うが、男は女性をエスコートしなければ。

 馬車から降りて寄り添って立つテイアさん。他の女性陣から半眼のジト目が突き刺さる。もちろん、俺に。


「その姿、夫婦と子供にしか見えないわ」

「羨ましいです」

「…………」


 そうか? 普通だと思うけど。テイアさんは見るからに母親だけど、俺は夫とか父親には見えないだろ? 見えたらちょっとショックかも。そんなに年取ってるように見える? おっさん三人とお風呂に入ったからか?

 何気にランタナが無言なのがちょっと怖い。表情が読めない。何を考えているのだろう。


「取り敢えず皆様。孤児院の中へ。外は危険です」


 騎士団の部隊長として、周囲を警戒しながら、俺たちを建物の中に誘導する。

 孤児院では、院長の初老の女性センカさんに出迎えられ、テンションが高い子供たちが飛び掛かってくる。


「ようこそいらっしゃいました」

「あぁー! 兄ちゃんだ! 殿下の兄ちゃんだ!」

「皆の者! かかれー!」

「「「 おぉー! 」」」

「あっ! ちょっ! 登るな! 俺は木じゃないぞ! お前らは猿か!?」


 ちびっ子たちに群がられる。いつの間にか、セレネちゃんは腕から消えている。

 奥からタタタッと五歳くらいの幼女が駆けてきた。


「セレネ!」

「レナ!」

「「 むぎゅー! 」」


 癒しの天使が二人、仲良く抱き合っている。それだけでほのぼの癒される。平和な光景だ。

 女性陣もほんわかと優しい笑顔を浮かべて、癒しの天使を見つめている。

 両肩から、ちびっ子たちが顔をヒョイッと覗かせる。


「なあ兄ちゃん。来るたびに新しい姉ちゃんを連れてないか?」

「前に見たことあるけどな。ソノラ姉ちゃんが働いてる店に連れて来てたな」

「猫の姉ちゃんとはどんな関係だ? 兄ちゃんの女か?」


 猫の姉ちゃん。テイアさんのことか。確かに、姉ちゃんと呼ぶくらい若い。

 俺とテイアさんとの関係。従業員と雇用主?


「誰か私の名前を呼んだー?」


 奥から、エプロン姿の少女がやって来た。鳶色の瞳に栗色の長髪はポニーテール。明るい笑顔が特徴のソノラだ。今日は孤児院にやってきていたらしい。

 俺たちを見てギョッと目を見開く。


「で、殿下ぁ!? 何故ここに!? (ど、どうしよ。油断してた。今日はいろいろな準備が整ってない……。今日の下着は……全然色気がないベージュだ。あはは……終わった……)」


 バッと背を向け、何やらブツブツと呟いている。絶望のオーラを感じるのは気のせいか?

 これは声をかけたほうがいいのだろうか。

 しかし、ここには空気を読めないちびっ子たちが大勢いる。


「なあなあ兄ちゃん! どうなんだ?」

「教えろー!」

「ヤッたのか? 人妻とヤッたのかぁ~!?」

「あのなぁ。テイアさんはシングルマザーだぞ」


 ちびっ子たちが顔を見合わせて一斉に言い放った。


「「「 シングルマザーか! なら襲ったな! 」」」

「襲ってねぇーよ!」


 本当にこのちびっ子たちは! 俺はテイアさんは襲ってない。女性なら誰でも襲うと思うな!

 孤児院ば相変わらず騒がしい。けれど、セレネちゃんの可愛らしい声が鮮明に響き渡る。どうやら、他の女の子たちとも仲良くなったらしい。


「にぃにぃはね、セレネのにぃにぃなの! それでねぇ、ママはね、にぃにぃのアイジンなの!」


 その瞬間、孤児院が極寒の地獄と化した。命の危険を感じる。死の気配がする。恐怖で身体がガタガタと震え、歯がカチカチとぶつかり合う。

 いち早く危険を察知したちびっ子たちは、光の速さで俺から距離を取った。

 あははー。セレネちゃんは何を言っているのかなぁ。癒しの天使がそんなはしたない言葉を使ったらダメですよー。

 そう言えば、リタボック金融で愛人って言葉が出たけど、それには理由があってですね……。ほら、テイアさんも状況が理解できずに首をかしげているでしょ。テイアさんは愛人なんかじゃありません。

 説明をすればちゃんとわかってくれるはず。でも、命の危険を感じる。逃げ出そうとしたら、ガシッといろいろなところが掴まれた。


「シ~ラ~ン~? 私、そんなこと聞いてないんだけどぉ~? テイアさんが愛人ってどういうこと?」

「シラン様? 何故愛人なのですか? ちゃんと責任を取って婚約してください! 無責任です!」

「殿下? 私にも詳しく説明してください! (愛人を作るなら私にも手を出してくれればいいのに。でも、今日はちょっと……。あっ、替えの下着はここに置いているんだっけ?)」

「シランさん? 娘になんという言葉を教えているのですか? 母親として看過できません」


 俺は冷たい怒気を放つ女性陣によって孤児院の奥へと引きずられていく。呆れ顔のランタナもついて来る。


「だ、誰か助けてくれ~!」


 助けを求めるが、俺の味方は誰もいない。

 やれやれ、自業自得だぜ、と肩をすくめるちびっ子たちに見送られ、俺は孤児院の奥に連れ去られた。


お読みいただきありがとうございました。

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