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第171話 違法と賭け

 

 セレネちゃんを助け出した直後に駆け付けた男に案内されて、俺たちはある建物にたどり着いた。事務所のような場所だ。しかし、部屋の中は空き巣にあったかのように荒れに荒れている。一部の家具は壊れている。

 部屋には、すでに一人の人物がいた。包帯でグルグル巻きでミイラのよう。たぶん男だ。車椅子に座っている。


「兄貴……見つかったんだじぇ……? よかったじぇ……」

「ボック。無理はしなくていい。皆さん、どうぞおかけになってください」


 壊れていないソファに、俺はセレネちゃんを抱きかかえたまま警戒して座った。

 俺たちを案内した男を、改めて観察する。口調は知的そうだが、顔は大きく腫れあがっている。青くもなっている。身体のあちこちも痛めているようだ。少し動くたびに苦痛の光が瞳に浮かぶ。

 膝の上のセレネちゃんが、クンクンと部屋の空気を嗅いだ。


「……ママの匂いがする」


 獣人の嗅覚は鋭い。匂いが残っているということは、つい最近テイアさんはここを訪れたのだろう。


「シラン殿下。リタボック金融へようこそ。私はリタ、彼はボックと申します。まずは、おもてなしが出来ないことをお許しください。本来ならばお茶を出すところなのですが、ご覧の有様で」

「そんなことはどうでもいい。俺を連れて来た理由を述べろ」

「はい。最初にお聞きしたいのですが、殿下はテイアさん、そこのセレネさんのお母上とどういったご関係で?」


 どういった関係か。露店の店主と客? ただの知り合い? それくらいの関係だ。

 でも、リタという男は、瞳で何かを訴えている。何かを察しろと無言の圧力をかけてくる。


「俺と彼女の関係? そんなのわかりきったことだろう?」


 受け取り方を相手に任せてみた。夜遊び王子からこんな言葉を言われたら、誤解するだろう。リタはそれを望んでいる気がした。


「そうですか! 知りませんでしたよ。まさかテイアさんが殿下の愛人だなんて! 私もまだまだです」


 少し大げさな物言い。演技だとはわかる。この男は、俺とテイアさんがそんな関係ではないと明らかに知っている。


「テイアさんが愛人であるなら、殿下にも彼女の個人情報を聞く権利がありますね。関係者なので」

「そうだな。早く聞かせろ」


 そういうことか。守秘義務があるけど、俺が関係者だということにすれば、話しても問題ないのか。変なところで律儀な男だ。

 真剣な眼差しでリタが言う。


「単刀直入に言います。テイアさんは攫われました」

「なにっ?」

「ママ!?」

「焦る気持ちもわかりますが、少し話を聞いてください。これは正式な取引によるものです」


 そう言って差し出してきたのは一枚の紙。書いてある内容も、サインも何ら間違いはない。テイアさんの借金を肩代わりしました、という正式な書類だ。

 察するに、お金を払う人の下へ連れ去られたのだろう。正式な取引と言えばそうだな。グレーゾーンだけど。


「我々はこんなことを望んでいませんでした。抵抗しましたが、このザマです。用心棒を雇うべきでしたね」

「相手はあの獣人二人組か?」

「おや。運び屋をご存知でしたか」

「奴等は何者だ?」


 ほぼ情報がない獣人の二人組。宿を貸していたということは、彼らが何者か知っているはずだ。


「金さえ払えばどんなものでも運ぶ運び屋です。私も彼らの名前は知りませんね。彼らは宿がないそうなので泊めただけですよ。こういう仕事をしていると顔が広い方が役に立つのです」

「顔見知り程度なのか?」

「ええ。あと知っているのは、あの二人は主に、帝国に物を運んでいるということでしょうか」


 帝国。それを示すのは一カ国だけ。ヴァルヴォッセ帝国だ。帝国は奴隷制度があるからな。


「テイアさんはいつ攫われた?」

「今朝早くですよ。一人でいらっしゃいました。娘には手を出すな、自分ならどうなってもいいから、と。どうやら運び屋がセレネさんの名前を出して脅したようです」


 それでセレネちゃんを今日は孤児院に預けたのか。最悪の場合は、そこでずっと預かってもらえるように。


「まあ、正直に言いますと、私どもも軽く脅したことがあります。借金返済を催促しなければならないので。職も案内するつもりでしたし」


 リタがテーブルの上に乱雑に置かれた書類の一つに視線を落とした。店の名前が書かれている。『パパのパン屋』。王都でも人気のパン屋の一つだ。娘が『パン屋さんってかっこいいよね』と言ったことがきっかけで、父親が冒険者を止めてパン屋を開いたらしい。店主自身が自慢しているから有名だ。

 書類にはいろいろ書いてある。店主の奥さんが妊娠したため従業員を募集していること、日給は一万イェン、余ったパンは持ち帰りオーケー、など。とても好条件だ。


「テイアさんが露店を開いていることは知っています。しかし、材料費を差し引くと、一日生活するだけで精一杯。デザインはいいんですけどね。彼女が日々やせ細っていくのを見てはいられませんでした」


 はぁ、とため息をつくリタ。俺も何度かテイアさんの露店にお邪魔したが、同じ気持ちだ。デザインもいい。細かく作り込んである。でも、安すぎる。

 軽く前のめりになりながら、リタが真剣な瞳で俺をじっと見つめる。


「殿下にお聞きします。テイアさんは攫われてから長い時間が経っています。殿下のお力で彼女を助けることは出来ますか? 助けるおつもりはありますか?」


 テイアさんのことが心配で、不安がって泣きはじめたセレネちゃんをを撫でる。縋るように見上げなくても、俺の答えはもう決まっている。


「もちろんだ。俺を誰だと思ってる? 気に入った女性なら手放さない夜遊び王子だぞ?」

「彼女の借金、残り5010万イェンもご用意できますか?」

「これでいいか?」


 ドンッとテーブルに5010万イェンを出現させる。大量の札束が山になった。リタの目が点になる。


「そ、即金ですか。これは予想していませんでしたが、いいでしょう」


 リタは、運び屋たちの正式な書類を目の前でビリビリに破った。そして、新たな紙を取り出し、スラスラと書き始める。


「書類の偽造は違法です。目を瞑ってくださると助かります」

「何のことだ? 俺はセレネちゃんをなだめるのに忙しくて何も見えないな」


 俺の目にはリタがしていることなど見えない。書類の偽造? 何のことだ?

 ふふっ、と笑い、リタは何枚かの書類を書き上げた。その一枚を俺に差し出してくる。


「シラン殿下が借金を肩代わりしたという書類です。日付は昨日にしておきました。私が出来るのはここまでです。あとはお任せします」

「わかった。助かる」


 これで違法なことをしているのは運び屋たちということになる。こそっと動いて処理するつもりだったが、これで大義名分は俺たちにある。

 もともと、運び屋たちの書類は正式なものだったとしても、やり方は卑劣だ。

 俺たちの話は終わり。一刻も早くテイアさんを助けなければ。

 部屋から出る直前、振り返らずに男たちに告げた。


「助かったよ、『お人好し金融』」


 リタボック金融。市民の間に密かに広がっている有名な金融業者。悪人からは無情に冷徹に全てを奪うが、弱き人にはお金を与え、職を斡旋する優しい金融。

 俺はセレネちゃんを抱きかかえ、テイアさんの救出のためにお人好し金融を後にした。
















 シランたちが立ち去った後には、怪我をした男二人が残される。リタは、ふぅ~、と深い息を吐いてソファにもたれかかった。腫れた顔が苦痛で更に歪む。


「『お人好し金融』ですか。金融業者にあるまじき二つ名ですね。イタタ……」

「でも、リタの兄貴……嬉しそうだじぇ~」

「ボック? 何のことですか?」


 否定はしつつもリタの声音は満更でもなさそうだ。

 運び屋たちに暴行され、持っていたポーションで辛うじて動けるようになったリタは、一日中テイアの娘セレネを探していた。我慢していた怪我の痛みや疲れが一気に襲ってくる。


「今日は遅いですが病院に行きますか。一晩中痛いのは勘弁です。ボックもそう思うでしょう?」

「そうだじぇ……。でも、リタの兄貴の後でいいじぇ~」

「まったく。私より酷いんですから、我慢しなくていいんですよ」


 イタタ、と体に走る痛みを我慢しながらリタはソファから立ち上がった。

 テイアを助けられるかどうかは不安だ。手遅れかもしれない。でも、あとはシランに任せることしかできない。信じることしかできない。

 シランが出て行ったドアに視線を向ける。


「お人好しと言うのは、シラン殿下、貴方のような人のことですよ」


 夜遊びを繰り返し、悪い噂も流れる国民からの嫌われ者、第三王子シラン・ドラゴニア。

 でも、リタは何度も孤児院の子供たちと戯れる彼の姿を目にしていた。店の店員と気軽に笑い合う姿も見たことがあった。

 大多数が嫌う中で、極々少数だけど彼を慕う人がいる。彼らは口をそろえて言う。シランは本当は良い人だよ、と。

 リタはシランの笑顔とその情報に賭けたのだ。テイアのことをどうにかしてくれるのではないかと。


「頼みましたよ」


 一度目の賭けに勝ったお人好し(リタ)は、二度目もお人好し(シラン)に賭ける。

 全て上手くいきますように、と。


お読みいただきありがとうございました。

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