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第161話 甘い物

 

 隠れ家レストラン『こもれびの森』。お店の中は、ちびっ子で溢れていた。ちょっと騒がしい。そして、バターの甘い香りと焼け焦げた匂いが充満している。

 空いていた席に座る。日蝕狼(スコル)月蝕狼(ハティ)も俺の肩や頭から降り、セレネちゃんに近寄って行った。セレネちゃんは目を輝かせ、仔狼をモフモフし始める。

 ソノラがお水とメニュー表を持って来た。


「メニュー表です。ですが、今日は提供できるお料理は少ないですね。子供たちのお料理教室をしてましたから。それで殿下? 人妻に手を出すのはいけないと思いますよ~。不倫は流石に引きます……」


 鳶色の瞳でキッと睨まれた。ちょっと不満げな表情なのは気のせいだろうか?


「手は出してない! 不倫でもない! さっき迷惑をかけたから、それのお詫びだ!」

「ふぅ~ん?」


 反論したのだが、ソノラはあまり信じていなさそうだ。俺ってそこまで信用がないのだろうか?


「はぁ…デザートはあるか?」

「四種類のプリンならありますよー。スタンダードなプリン、焼きプリン、抹茶プリン、チョコレートプリンです」

「プリン!? ママ! プリン! プリン!」

「はいはい。どれが食べたい?」

「ぜんぶっ!」


 青みがかった銀色の月長石(ムーンストーン)のような瞳を輝かせ、猫耳と尻尾をピーンとさせたセレネちゃんが興奮してはしゃいでいる。それを日長石(サンストーン)の瞳の母親が優しく落ち着かせている。


「全部はダメよ。セレネはスタンダードなプリンにしましょうか」

「セレネちゃんのお母さんは何にしますか?」

「あら。名前を言っていませんでしたね。私はテイアです。娘の分だけでいいですよ、シラン王子殿下」


 おや。どうやら俺の正体がバレていたらしい。そりゃそうか。有名だし、ソノラは俺のことを殿下って言ったし。口調は元に戻すか。

 それにしても、テイアさんは頭の回転が早そうだな。


「バレてたか。俺はシラン。彼女はファナ。俺の愛しい妻だ」

「「 つ、妻っ!? 」」


 二人分の驚きの声。ソノラとファナだ。ファナが動揺して驚きの声を上げるのは珍しいな。顔が真っ赤。可愛い姿を見ることが出来て、俺は満足です。


「さっきのお返しで揶揄っただけだ。テイアさん、気にしないで好きなものを選んでくれ」

「では……抹茶プリンを」

「ファナはどうする?」

「焼きプリン。あとで私を揶揄ったことを後悔しなさい!」

「へーい。じゃあ、俺はチョコレートプリンにするか。ソノラ。四種類のプリンを一つずつ頼む。それと、ソノラをお持ち帰りで」

「かしこまりましたぁー! 四種類のプリンがお一つずつと、私をお持ち帰りですね! もう! 殿下ったらぁ~」


 バッコーンという鈍い音が響き、俺の後頭部に猛烈な痛みが走った。

 そうだった…。ソノラはお盆を持った時に照れると、俺を叩く癖があるんだった。痛い。

 ご機嫌なソノラは、栗色のポニーテールをユラユラと揺らしながら厨房に消えていった。すぐにプリンをお盆に乗せて戻ってくる。


「お待たせしました~」


 美味しそうなプリンだ。スプーンで掬って一口。うん! 美味しい!

 セレネちゃんの顔が幸せそうに蕩けた。娘の様子を気にかけながらテイアさんも一口。セレネちゃんと似たような表情になる。流石親子だ。


「兄ちゃ~ん! 俺たちにも一口ちょ~だい!」

「くれ! くれくれ!」

「ソノラ姉ちゃんをやるから! それともクッキー喰うか?」

「あげねぇーよ!」


 わらわらと集まってくる孤児院のちびっ子たち。全員に食べさせたら俺の分が無くなるだろ! 人数を考えろ!

 俺の膝にヒョイッと座ってくる幼女が、透き通った藍玉(アクアマリン)の瞳をキラキラさせる。


「おにいたん?」

「レナちゃんにはあげよう! はい、あ~ん」


 ずりーぞ、子供差別はんたーい、ロリコン、とちびっ子たちに罵倒されるが気にしない。食べたければ、この癒しの天使を見習え!


「じーーっ」


 猫耳幼女がにぱぁっと微笑んでいる癒しの天使を瞬きもせずに見つめている。その視線に気づいたレナちゃんもセレネちゃんを見つめ出した。

 二人の天使が見つめ合う。


「じーーっ。セレネはセレネ」

「じーーっ。レナはレナ」

「レナ」

「セレネ」

「「 んっ! 」」


 何やら気が合ったらしい。小さなおててでサムズアップをした。とても可愛い。

 レナちゃんは俺の膝からヒョイッと降り、トトトッとセレネちゃんに近づいたかと思うと、椅子によじ登った。ニコニコ笑顔の幼女が、二人で一つの椅子を共有している。あらあら、とテイアさんがレナちゃんまでも自分の娘のように可愛がり始める。

 天使二人が仲良くするなんて……。何という癒しだ!

 って、おいコラちびっ子ども! どさくさに紛れて俺のプリンを食べようとするな!


「殿下。一つ聞きたいことがあるんですけど……」

「んっ? 何だ?」

「今日はどうかされましたか? なんかこう、言い表せない何かを殿下から感じるんですけど。お疲れですか?」


 ほら、とファナに睨まれ、日蝕狼(スコル)月蝕狼(ハティ)が駆け寄って肉球ペチペチを…。もうわかったから! 三度目だから!


「んっ? 何言ってんのソノラ姉ちゃん。兄ちゃんは変わんねぇーぞ」

「そうそう。人妻に手を出す生粋の女誑し。流石だぜ! そこに憧れるぅ~!」

「いつもと同じだぞー! 幼女もイケるロリコンマスター! よっ! 女の敵! いや、男の敵か。兄ちゃんには美女美少女が集まるからな!」

「「「 あはははは! 隙あり! 」」」

「隙なんて無い!」


 ヒョイッと伸びてきたスプーンを、俺は手に持ったスプーンで撃墜する。俺のプリンは渡さんぞ!

 キンキンキンキン、とスプーンがぶつかり合い、俺とちびっ子たちはお行儀悪く激闘を繰り広げる。

 熾烈を極めた戦いは、ポニーテール少女によって強制的に終戦させられた。


「いい加減にしなさい! お行儀が悪い!」

「「「 ぐぇっ!? 」」」


 ちびっ子たちにはソノラの拳骨が落ち、俺には金属製のお盆が降ってきた。頭に猛烈な痛みが襲う俺たちは、涙目でしゃがんで痛みに耐える。


「もう! 殿下まで何やってるんですかぁ!」

「す、すまん!」

「心配してるんですから!」


 本当に心から心配しているソノラ。そんなに俺はおかしいか? ちびっ子たちは普通だって言ってるぞ?


「ソノラお姉ちゃん? 私にはお兄ちゃんは普通に見える。どこもおかしくない。ストライクゾーンは異常だけど」


 真面目に本を読んでいた少女が、チラッと顔を上げて冷静に言った。

 そうだろそうだろ? 俺は普通に見えるだろ? 最後の言葉は余計だけど。


「殿下のことを見ている私にはわかるの! 乙女の勘!」

「ほうほう。そんなに俺のことを見てるのか。知らなかったなぁ」

「ふぇっ!? ち、違っ!? いや、違わなくはないですけどぉ~! 殿下のばかぁああああああ!」

「痛っ!? 痛い! お盆で叩くな! バコンバコン叩くなぁ!」


 俺のことを叩きすぎて金属製のお盆が変形してない? それくらい威力あったぞ。

 うぅ…。頭が痛い。

 ちびっ子たちよ、ニヤニヤしながら『もっとやれ』って口パクするのは何故だ? サムズアップがなんかムカつく。


「ふふっ。仲がよろしいのですね」


 テイアさんがセレネちゃんとレナちゃんを膝に乗せて、二人を撫でながらおっとりと微笑んでいる。


「違わなくないですけど……うぅ~」

「結構付き合い長いからな」

「テイアさん、でしたっけ? 旦那さんとは……あっいえ。すみません」


 真っ赤に照れたソノラが恥ずかしさに耐えられなくて話題を変えようとしたが、テイアさんの痩せた身体や疲れた瞳から何かを察して途中で言葉を切り、謝った。


「いえいえ。夫…と言っていいのでしょうかね? 結婚はしていませんでしたから。セレネの父親はもう何年も前に亡くなりました」

「そ、それは……」


『殿下! この空気をどうにかしてください!』と無言で訴えてこないでくださいよ、ソノラさん。地雷を踏み抜いたのはソノラだろう? 俺だって気まずいんだから。

 こういう時、何も気にしないで素直に言うちびっ子たちに憧れる。尊敬する。


「んじゃ、兄ちゃんが手を出しても問題ねぇーな。ウマウマ」

「おねーさん、この兄ちゃんを頼ったら? オレたちのことも助けてくれるし。ムカつくことに顔はいいし金持ちだぞ。女癖は悪いけど。チョコレートプリンうめぇ~!」

「お兄ちゃんサイテー。でも、プリンありがと」

「ちょっと! 何言ってんの!? 空気読んで!? って、俺のプリンがぁ~!」


 いつの間にか俺のチョコレートプリンがちびっ子たちの胃袋に消え去っていた。

 ちびっ子たちは、うきゃー、と楽しげに逃げていく。俺のプリンが…。

 でも、ちびっ子たちのおかげで、気まずい雰囲気がどこかに吹き飛んでしまった。テイアさんもソノラもクスクスと笑っている。やっぱり女性の笑顔は素敵だ。

 逃げ去ったちびっ子たちはすぐにトコトコと戻ってきた。手にお皿を抱えている。


「兄ちゃんにお詫びだ」

「クッキー! オレたちが作ったんだぜ」

「親龍祭で売るために練習中。味見してくれ」


 クッキーの味見ねぇ。皿の上には真っ黒な炭しか乗っていないんだけど。クッキーはどこ? まさか(コレ)じゃないよね?

 一枚手に取って食べるが、シャリシャリして焦げた炭の味しかしない。


「中まで炭だな」

「だよなぁ。クッキー作りは難しいぜ」

「もっと簡単だと思ってたのに。不覚…」

「こんなの食べさせちゃってすみません。炭だけに。なんつって!」

「全然面白くない。お兄ちゃん、これが本当のお詫びね」


 少女が差し出してきたのは、黄金色に焼き色がついた美味しそうなクッキーだった。バターの良い香りが漂い、見ただけで美味しいことがわかる。

 やればできるじゃないか!


「あっ、それは…」


 ソノラが何かを言いかけたが、俺はクッキーの魅力に抗えなくてパクっと食べてしまう。


「うわっ。滅茶苦茶美味しい。もっと食べたいんだけど」

「「「 どーぞどーぞ 」」」


 ニヤッと笑ったちびっ子たちがササッと大量のクッキーが入ったお皿を出してくれる。

 ファナやセレネちゃんとレナちゃんの二人の天使、そして、テイアさんまで誘われるように手に取ってパクリと食べる。サクッと良い音が響いた。


「美味しいわね。これ売れるわよ」

「おいしい! レナもおいしい?」

「おいしー! セレネもおいしい?」

「「 おいしい! 」」

「美味しいですね。あらあら。二人とも、ゆっくり食べなさい」


 手が止まらないな。ちびっ子たちも手を伸ばしてクッキーを食べている。焦げた炭には一切手を伸ばそうとしない。


「美味しいなぁ。やるじゃないか! 見直したぞ」

「残念ながらー、オレたちが作ったクッキーじゃないんだなぁー」

「だってよ、姉ちゃん。よかったな」

「これからも頑張って、ソノラお姉ちゃん」

「ちょっとみんな!」

「えっ? これってソノラが作ったのか?」


 あぅあぅ、と可愛い声を漏らして、真っ赤な顔を金属製のお盆で隠したソノラに代わって、ちびっ子たちがニヤッと笑って頷いた。だから、そのサムズアップがなんかムカつく。

 ソノラが作ったクッキーなのか。なんか納得。このお店の店長から料理を習っているらしいから。


「ソノラ。美味しいぞ」

「そ、それは……良かったです…」


 金属製のお盆から潤んだ瞳だけを覗かせたソノラは、消え入りそうな声で呟いた。

 隠れて見えなかったけど、彼女が嬉しそうなことはよくわかった。


お読みいただきありがとうございました。

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