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第158話 魔物の巣

 

 闇の中を影が蠢く。その影は巨体だった。

 俺は目を凝らして崖下を動き回る魔物を観察する。

 巣となっている洞窟を出たり入ったりする。魔物同士の殴り合いが勃発する。ブゥーブゥーと低い鳴き声もする。

 手足は発達した筋肉で太い。胸筋の辺りも分厚いのにぽっちゃりしたお腹。曲がった背中。豚鼻。

 女性の天敵。オークだ。

 メスのオークはほっとんど生まれない。ほぼオスだけの魔物だ。だから、他のメスの魔物を攫って苗床にする。特に人の女性を。魔物のメスより人の女性のほうが繁殖力が強く、強い個体が生まれるらしい。

 性欲しか頭にない危険極まりない魔物だ。


『『 ご主人様のほうが… 』』

「何か?」

『『 別に… 』』


 日蝕狼(スコル)月蝕狼(ハティ)がスッと顔を逸らした。

 何を言いたかったのかな? かな? 言いたいことははっきり言いましょう。

 あとで二人に問い詰めるとして、今は目の前のことに集中しよう。

 オークは繁殖力が強いため、爆発的な速度で増殖する。沢山の気配があるということは、この洞窟の奥で繁殖しているのだろう。


日蝕狼(スコル)月蝕狼(ハティ)。どうだ? 気配を読む限り、オークが236体。攫われただろう女性が11人なんだけど」

『私も同じです』

『同じくー』


 ふむふむ。二人も同じか。

 この場所はどちらかというとデザティーヌ公国の領土だ。しかし、一番近い村はドラゴニア王国。狙われるとしたら王国側だ。もしかすると、その村から女性が攫われたのかもしれない。

 放っておけないな。公国側には人の気配はない。ならば、今ここで一匹残らず殲滅しよう。

 日蝕狼(スコル)月蝕狼(ハティ)が黄金と白銀の光を放ち、一瞬で人化した。真面目そうな黄金狼の獣人と、人懐っこい顔の銀狼の獣人の姿だ。


「さぁ~て! ()ってやりますかぁ~!」

月蝕狼(ハティ)。洞窟を崩落させるのは無しですよ」

「わかってるよ~」


 狼の獣人の美女二人が牙を剥き出しにして獰猛に笑っている。好戦的な獣の本能を表に出しているらしい。普段は真面目な日蝕狼(スコル)でさえも、オークたちを睨んで爪を鋭く尖らせている。


「目標は殲滅だ」

「了解です」

「さあ! 狩りの時間だ~!」


 俺たちは一斉に崖下へ飛び降りた。重力に引かれ、ふわっとした浮遊感の後、音もなく着地する。同時に、洞窟の外にいたオークたちを一瞬で消し飛ばす。塵一つ残っていない。

 そのまま洞窟の中に正面から乗り込んだ。オークはすぐに侵入者の俺たちに気づいた。警戒の鳴き声を上げ、雄たけびを上げながら突進してくる。

 それをことごとく消滅させる。俺は炎の魔法で灰も残らず燃やし尽くし、氷の魔法で凍らせて砕く。二人は爪から魔力の刃を飛ばして斬り裂いて行く。

 洞窟の奥から次々と襲ってくるが、俺たちは一歩も足を止めることなく突き進む。

 巣を広げるために洞窟を掘ったらしい。途中で分かれ道にぶつかった。丁度三つの穴が開いている。このままここで待ち構えてもいいけれど、さっさと片付けるために分かれることにした。


「気をつけろよ」

「わかっています」

「触れさせるつもりはないから安心して~。でも、あとでご褒美を要求する」

「わかった。全部終わったらな」

「よしっ! ご主人様を貪り喰うぞ~!」


 うわぁ。あとで俺が喰われてしまう。返り討ちにしなければ!


「「 《獣の爪撃(ビースト・クロウ)》! 」」


 日蝕狼(スコル)月蝕狼(ハティ)が爪撃を放ってオークを消し飛ばしながら、別の道に進んでいった。俺も一人で奥へと進む。

 いくつか小部屋があった。オークの寝床や食糧庫だ。俺は中の物も全て消滅させる。

 今回は洞窟の中で助かった。オークたちの動きが制限されて倒しやすい。廃村に住み着いたり、独自に村をつくったりしたときは、遮る障害物もないため、四方八方から集団で襲ってくるから面倒なのだ。討伐難易度も跳ね上がる。

 オークたちを倒しながら進むと、最奥にたどり着いた。一番広い部屋だ。取り巻きの奥に、今までのオークより一回り体が大きい上位種が武装して俺を待ち構えていた。刃こぼれしてボロボロの大剣を持っている。どこからか奪ってきたのだろう。

 王種でも皇帝種でもない。ある程度統率されていたところから将軍(ジェネラル)オークだろう。


『ニンゲン…』

「そういうのはいいから。消えろ」


 将軍オークが動き出す前に、俺は魔法を発動させて、取り巻きごと灼熱の炎で燃やし尽くした。赤い炎が消え去った時には、骨すら焼き尽くされて消滅していた。

 気配を探るが、周囲にはオークはいない。

 横穴から日蝕狼(スコル)月蝕狼(ハティ)が入ってきた。


「あれ~? 終わっちゃった?」

「ご主人様。殲滅を完了しました。オークは一匹も残っていません」

「二人ともお疲れ様」

「……これから向かうおつもりですか?」


 日蝕狼(スコル)が静かな声で問いかけてきた。月蝕狼(ハティ)も心配そうな表情をしている。

 俺は何も答えず、無言のまま、気配を感じるとある場所へと向かう。二人は黙ってついてきた。

 向かった場所は、将軍オークがいた場所の近くの部屋。そこには、囚われてオークに陵辱されていた11人もの女性たちが横になっていた。

 服は来ていない。体中オークの分泌物で汚れている。お腹が膨らんでいる女性も多い。

 オークは女性の身体を作り変える。体液にはそういう効果があるらしい。自殺もできない。生命活動に必要な栄養はオークの体液から摂取する。繁殖のための、オークを産むためだけの存在になってしまう。


「ご主人様? 大丈夫ですか?」

「………ああ。大丈夫だ」


 俺は言葉を絞り出すように答えた。自分の声ではないような無感情で冷たく、とても低い声だった。

 月蝕狼(ハティ)が両手でそっと俺の手を包み込んできた。

 いつの間にか拳を固く握りしめていたようだ。爪が突き刺さって血が出ている。口にも血の味がする。

 魔法を発動させて、オークの痕跡を消滅させる。女性の身体も魔法で綺麗にした。


「インピュア。彼女たちを治すことは可能か?」

『それは可能だけど…』


 心に響くのはインピュアの歯切れの悪い声だ。

 その時、別の使い魔の声が聞こえてきた。夢魔のイルの声だ。


主様(ぬしさま)よ。無駄だ。完全に心が壊れている。早く楽にしてやれ』


 オークの陵辱に人間の心が耐えられるわけがない。彼女たちの目を見ればわかっていたことだった。彼女たちの瞳には何も映っていない。光がない。生気がない。言葉も発さない。

 身体は生命活動をしていても、心が死んでいる。


「くそっ!」


 湧き上がるオークへの怒りと殺意。彼女たちを助けることができなかった悔しさや後悔。言葉にはできない感情。

 今までに何度も似たような光景を目にしてきた。覚悟はしていたが、慣れることはない。慣れるべきではない。慣れてはいけない。


「ここは私が」

「いや、俺がする」

「しかし!」

「俺がしなければならないことだ。二人は何もするな」


 冷たくて低い声で命令し、日蝕狼(スコル)の提案を退け、俺は魔法を発動させた。


「《鎮魂華》」


 幻想的な白銀の蓮の花が宙に漂い、ゆっくりと舞い降りて、女性たちの身体に触れると、一瞬で命を奪った。痛みも苦しみも一切ない。安らかな死だ。


「遅くなってすまなかった。安らかに眠ってくれ」


 静かに黙祷を捧げる。

 俺はこの光景を、自ら命を奪った彼女たちを、二度と忘れない。


お読みいただきありがとうございました。


前話の国の配置図を簡略化してみました。



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